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残響  作者: 紫堂 マサキ
2/5

8月23日(水) 1日目

 幽霊を見たと思った睦は急いで逃げようとした時、「待って」と呼び止められた。



『?』



何かがおかしいと思った。



幽霊であれば呼び止める前に姿を消すか、襲ってくるのではないかと思ったがあの子は言葉を発していた。

今の状況から察するに、目の前に居る少女は睦に用があって声を掛けているのだろう。

もしかしたら、困っているのかと思った睦だったがもしも本当に幽霊であった場合にどうしたものかと考えが右往左往していた。



『もうこうなりゃ一か八かだッ』



(まこと)は勇気を振り絞り、少女に尋ねた。



「どうしたの?」



少女はまさか声を掛けてくるとは思っていなかったのだろう。

目を真ん丸に広げ睦の事を注視していた。



「・・・・・・」



沈黙がどれくらい続いただろう。

風に靡く木々と蝉の声が永遠ともとれるほど木霊していた。



このままでは埒が明かないと思った睦だったが、ふと視線を腕時計に落とすと時刻は既に16時を優に回っていた。



「やべえっ、帰らないと母さんに殺される」

そう言って、再び帰路に向かおうとした時に彼女の口が動いたように見えた。

「・・・・・お願い、助けて」



睦はか細い声からそう聞こえたように感じた。



助けを求めている少女が目の前に居ては、助けなければ薄情ではないかと謎の偽善心に苛まれた。

「何を助ければいいの?」



自然と声を出して聞いてしまっていた。

睦は、彼女の大きなパッチリとした目がキラキラと光ったように見えた。

「よかった・・・・」



声は小さいが透き通るような声に、どこか寂しいような物悲しい雰囲気を睦は感じた。

直後、睦は彼女に視線を外せなくなっていた。

それは、彼女の目からは大粒の涙が流れていたからだった。



突然泣き出してしまった少女にどうしたらよいか分からず一人慌てていた。



「ほ、ほら泣くなって」



睦の口から出た言葉は何とも陳家な言葉で睦自身もどうしてこんな言葉しか出ないんだと恥ずかしさと自分自身への不甲斐なさに情けないと感じていた。



だとしても少女は泣き止まず徐々に声が大きくなってきた。



「うわーーーん」



泣いている少女と二人きりなど、先程までは考えてもいなかった。

もともと人付き合いが苦手な睦にとって泣いている同年代の少女など初めての事で段々と大きくなる泣き声と夕闇が迫っていくのに焦りが募るばかり。

もうどうしていいか分からず、睦は少女の隣まで近づき階段の辺りに座った。



「ほら、ここ座りなよ」



睦はポケットから取り出したハンカチを彼女に渡し座るよう促した。

ハンカチを受け取ると涙を拭うべく目元に当てる。

少女は目元にハンカチ当てながら、コクッと頷くと睦の隣に座った。



今までこんな間近に女の子が居ることなどなかった睦はどことなく居心地が悪かった。

嫌なわけではなく、緊張によるものだった。



少女は顔をハンカチに埋めると微動だにせず時間だけが過ぎて行った。



目の前に少女の顔が近くにあることに睦の心臓は何時はち切れてもおかしくなかった。

それほどまでに隣に座る少女が可愛かったのだ。



ひぐっ・・うぐっ・・・ひぐっ・

いつまで泣いているんだろう。

睦は頬杖を突きながら、横目で彼女を見ていた。



彼女のひくついた声に混じりながら蝉の声が変わってゆく。

もう遅くなってきたな。

ふと、そんな事を考えていたら急に視線を感じた。



「ねぇ、」



急に籠った声だが、透き通った声が聞こえてきた。

ん?

彼女は赤く腫れた目を擦りながら声を掛けていた。



どうして・・・まだいるの?



「そりゃあ、女の子一人こんな所で置いてく訳にはいかないだろ」

何故そんな事を言うのか分かっていなかった。



「まぁいいや、俺は睦。よろしく。」

睦は自己紹介を済ますと、なぜ自分がここに来たのかを話した。

彼女は黙って、睦の話を聞いていた。



「おばあちゃんの家にいるんだ。睦君は」



初めて自分の名前を言ってくれたのが嬉しく。恥ずかしさをごまかそうと彼女の事について尋ねた。



「私の名前はかな。 “日暮夏奈(ひぐれかな)”」



彼女は、外で遊んでいて夢中になっていていつのまにか迷子になってしまいここに辿りついた事を話してくれた。

いつの間にか二人で階段を下りていた2人は仲良く話をしていた。



「夏奈は、どの辺に住んでいるの?」

「分からないの」

「分からない?」



うん。



睦は変だと思った。

地元の子だと聞いたのに自分の家が分からない事にだ。



このまま一人にしておく訳にもいかず、困った睦はある提案をした。



「だったら、住んでいる場所を見つかるまで家に来るか?」



え? 君の家に?



突拍子もない提案を言われ、困惑する夏奈だったが、それ以上に睦自身も何を言い出してしまったのか分からないでいた。



「あ、いやその、そう言う意味ではなくって、深い意味とかはなくて」



深い意味って何だ!?



自分の言い出したことの意味を理解したのか、睦は顔を赤くしてどうにか誤解を解こうと狼狽えていた。



ぷふ、アハハハハ。



すると夏奈は涙を流しながら笑っていた。



「そ、そんな笑うほどの事じゃないだろッ」



つい恥ずかしくなってしまい余計に顔が赤くなる。



「ごめん、ごめんついおもしろくって」



夏奈はまだ笑っていた。



「まったく、人が折角人助けをしようとしてるのに」



睦はいじけたように言った。

「なぁどうなんだよ?」



へ?



「へ? じゃねぇよ。どうすんだよ?」



急に夏奈も狼狽えはじめ視線が定まっていなかった。



「うん。じゃあお世話になろうかな」

「よし。決まりだな。」



睦はそう言うと夏奈の手を掴むと階段を駆け下りた。



「ちょ、危ないよっ」

「大丈夫だって! それよりももうこんな日が暮れちゃってんだから、俺の母さん怒るとめっちゃ怖いんだ」



睦はまっすぐ前を見ながら言った。



タンッタンッタンッ



階段を駆け下りる音が一人から二人へ変わる。

階段を駆け下り、林道を抜け夕暮れの向日葵畑を走っていた。



「わぁ綺麗」



夏奈は両脇に咲き誇る向日葵に見とれていた。



「そうだな。でも今は早く帰ろうぜ」

「待ってよ」

「ほら行くぞ」

「あ、」



夏奈は何か言いたげだったが、俺はそれよりも母親の雷が落ちるのを恐れて夏奈の手を取って向日葵畑を走り抜けた。

空には大きな入道雲が浮かんでいたが2人の目には入っていなかった。



はぁ・・・はぁ・・はぁ・・



「睦君は走るの早いね」

「睦でいいよ。」

「じゃあ、睦」



夏奈は少し恥ずかしそうに名前を言った。



「――――ッァ」



睦から見て夏奈の目線は上向きで、恥ずかしさを我慢しているつもりなのだろうが顔が上を向いている以上隠せておらず実質上目使いとなっていた。



それが可愛らしいと思った。



先程まで走っていたこともあり頬を上気しているのがどうも艶めかしく色っぽかった。



いや、落ち着け俺!

なんで、今日初めて会った女の子にドキドキしてんだッ



「どうしたの睦? そっぽ向いて」

「なんでもない、ほらここが俺の婆ちゃん家」

「え? ここが!」



夏奈は驚きを隠せずに、大きな門構えを見上げていた。



「おっきいね~」

「さぁほら、入れよ。」

うん。

「おじゃましま~す」



恐る恐る足を踏み入れる夏奈を尻目に睦はスタスタと先へと急ぐ。



「あ、待ってよ」



その後を追う様に夏奈は小走りで向かった。



すると、大きな声が聞こえてきた。



「こぉ~ら~睦ぉ~!」



大声を上げながら近づく影があった。

もう周りは夕暮れで人の顔など認識できず、ただ影の輪郭しか捉えられないでいた。



「うわッ、じいちゃん」

「うわッ、じゃないわ! この馬鹿がッ」

「イッテェ~」



腰がいくらか曲がって入るが、農作業で農器具を使っているだけあって力には自信があった爺ちゃんの拳骨は凄まじい威力だった。



「あ~イテテテ」



睦は頭を押さえながら涙目で爺ちゃんを見た。



「悪かったよ、でも仕方ないんだ。」

「仕方がないだ? こんな夕暮れまで遊んでおいて心配かけおって」

「悪かったって、でも迷子の女の子と知り合って少しだけでいいから家に泊められないかな?」

「迷子の女の子? どこにおるんじゃ?」



え?



睦は爺ちゃんの言った事が分からなかった。



「冗談だろ? ほらここにいるじゃな」



――――ッ



睦は一瞬目を疑った。

今まで一緒にいたはずの夏奈の姿が何処にもいなかったのだ。



「何寝ぼけておるんだ? ここに来た時からお前1人じゃったよ・・・」



なッ――――



そんなッ



「夢でも見ておったんじゃろう」

「ほら、早ょう入れ」



睦は爺ちゃんにそう言われ、家へと入っていった。


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