リアルピンチです
久し振りに
肝心な事だけ伝えて颯爽と去る事が出来たらよかったのに、と心から思う。
魔法関連についてのレクチャーをした後、去ろうとして俺は気が付いた。
囲まれている、と。
今思えば、さっとログアウトすれば良かっただけの話が、ついリアル準拠で考えてしまって、その事を思いつきもせずに捕まってしまったのだ。
そして、寄せられるわ寄せられるわ、質問の数々。ゲーム内とリアルでは多少の時間間隔のずれがあり、ゲーム内の時間での時間はかなりゆったりと流れているのだが、それでも『残業』と称するにはふさわしい程の時間を拘束される羽目になった。
いや、ね。ロワ マージュがロールアウトしたばかりだけど、もう別の企画とかも上がっている訳ですよ。ハードもソフトも扱う会社なので、ソフト系は大忙しだ。
ウチの会社、営業と技術職は多いけれど、特に技術関連での機密事項が多いのでクリエイターはほぼ固定なんですよ。ただまあ、この中の人をやる事で、ある程度は免除はされたけれど、それでも俺の割り当て分がどうしても残ってしまうんだ。
あと、ロワ マージュの新たなイベントのシナリオとだね……うん、企画資料は見ない事にした。分厚いから。ロワ マージュ資料をふんだんに盛り込んだムックの件?ハハッ!首を洗って出直して来い。
とりあえずまあ、そこらへんは後回しにして、それでも資料だけ抱えて帰宅し――そして、俺は綺麗に土下座をかましていた。
「ふーん……君は人との約束を忘れて、自分だけ先にゲームを楽しんだばかりか、遅くに帰宅し、私と誘いはお断りするんだ」
プライドも全部かき捨て、深々と下げた頭に、淡々と、だけど確実に追い込む言葉がグサリグサリと突き刺さる。
「まあ、仕事だからゲームを先にやったのは仕方ないとして、だからといって、約束を反故にするのは筋が違うと思わないかい?私もね、スケジュールの調整というものをしたのだよ?」
「い、いや……それはわかってるから、一緒にやるのはいいんだけどな?来実。少し時間を短く……」
「え?」
「あ、はい……」
わたくし、秋山怜央は秋山来実の前に完全敗北です。こういう場合はさっさと投降するに限るのだ。下手にこじらせてしまうと、彼女はなかなか機嫌を直してくれないからな。それはもう、ずっとわかっている事だ。
「さて、それじゃあ、君は夕食をさっさと済ませておいてくれ。今日は君が当番の日だったけど、私が作ったから」
「お前は……?」
「もう7時半だよ。流石に先に済ませたよ」
「いや、そうじゃなくてな」
「ん?ああ。君が食事をしている間に何をするかって?もう1人――おばさんにも苦情を言ってやらないといけないからね。隣に行ってくるよ」
俺たちのマンションの部屋の隣は実はGMが住んでいる。ロワ マージュの開発からVR技術の開発(技術面は主に俺の親父たちの功績だが)にとどまらず、それを商業として軌道に乗せた世界でも随一の女傑である。
超高級マンションでワインを片手に夜景を嗜んでいそうな肩書きだろう?実際は、家事能力ゼロ、塩っ辛い食べ物と缶ビールをこよなく愛する物哀しい三十路独身女性の鑑だ。こちらからのライフラインを切ってしまえば、あの馬鹿は1週間程度で破滅するだろうな……外面はインテリジェンス溢れるキャリアウーマンなのに、もっといい所に住まないのは隣に俺たちが住んでいるからだし。
尚、ウチの親父が海外の大学で研究をしていた頃の後輩でもある。だからなんだって話なんだが、結構な率で俺たちはGMの生命線を握っていると言っても過言ではない。
「止めるかい?」
「んにゃ。念入りにお願いするよ」
「わかった」
今、我が家の最終兵器がその件の世界随一の女傑を仕留めに行った。
さてさて……お、今日は麻婆豆腐か。
□ □ □
はい、というわけで久しぶりという訳でもないけれど、再ログインだ。先ほどまで寝そべってくたばって、そして緊急説明会を行った噴水前に俺はいる。勿論待ち合わせの為だ。来実はキャラメイクの為に少々時間が掛かっている。
しかしまあ、初日終盤とは言っても、やはり初日。ログイン地点の混み様は凄まじい。どれもこれも、初心者のはずなのに、たまに気合の入ったキャラコーディネートをしている奴がいてビビる。大剣担いだ歴戦の傭兵風とか外見設定と初期装備の組み合わせにどれだけ気合入っとんねん。
ただ、やはり周囲を見るに、俺のお仲間は少ないようだ。
実は、初期設定で色々と種族が選べるのだが、レオナルド ダ ピンチは所謂普通の人族ではない。そも、人族ですらない。
この世界はファンタジー設定だが、当然のことながら基本的な種族は押さえてある。
人族系は、ヒューマン、エルフ、ドワーフ、小人族、獣人族、妖精。
人族以外だと、半吸血鬼、半龍人、半蛇人、魔人、等が挙げられる。
レオナルド ダ ピンチはこの中の内、魔人に分類される。まあ、種族固有のステータスは強い方だが、人族以外の為、デメリットがかなり大きい種族だ。お察しの如く、『人族』と括りつけられた種族以外は、異形かつその力が破壊思考な為、迫害対象となっている種族なのだ。
簡単に言うと、人族系住人(NPC)からの好感度がめっちゃマイナス。その具合は、設定した側が言うセリフではないかもしれないが、PCの仲間がいない――ソロ状態だとほぼ詰むレベルだ。当然のことながら、キャラメイクの際に選ぶと、くどい程警告が出る。
どれも半分ほどしか血が混じっていない系統なのは、完全体だとゲームバランスが崩壊するというメタな理由もあるが、そもそも存在するだけで討伐対象にしかならないキャラになりたいというプレイヤーも少ないだろうという理由もある。おそらく、いま、この人外系種族を選んだ人たちは、何故全部半分なのか、その理由を痛感している頃だろう。
どれもこれも、リアルぼっちほど選びたがる種族なのになぁ……。
まあ、まず日の目を見る様なプレイは出来ないと言っていい。裏街道、またはアウトドア&ワイルド路線を突っ走るぜ、って奴には割とおすすめかもしれない。
この種族設定こそが、レオナルド ダ ピンチが魔王街道を突っ走るバックボーンだったりする。魔人とは、いわゆる魔族のハーフ……というか出来損ないだ。
魔族はまあいろんなファンタジーに出てくるから説明も要らないぐらいなのだろうが、魔力との親和性が最も高く、かつ身体能力も人族系と比べると高い。程度にもよるが、中には魔法生物のような個体も予定している。魔人は何らかの理由で、魔力との親和性が低かったり、能力が低くなった存在だ。
魔族から見ると出来損ないで。
人族から見ると迫害対象。
弱小種で魔族社会では生きられないから、人族社会にやってきた存在。それが魔人だ。
……どうよ?
実際にプレイしたいとは思わないけれど、ストーリーテラーとしてはそそられるテーマだと思わないか?実際、俺は気合入れて書いたよ。成り上がりを目指してプレイヤーと競合する男の事を。
正直、このシナリオをぶっ壊してくれた相手に俺の親父が音頭を取って総攻撃した時、「サンキュー パッパ」と思ったよ。ああ、俺のシナリオ通り、オートに進んでくれたらどれだけ良かっただろうか……。
俺は基本、ハッピーエンド主義者だからな!……キャラ視点で。
俺が中に入ると運営としてのアレコレが頭をよぎって、中途半端にしか動けねぇ気がするんだ。
っと、メッセージが入った。来実は無事にキャラメイクを終えてエントリーしたようだ。リアルの俺の姿の髪の色を変え、角が生えた姿だと送り返すと、その送ったかどうかぐらいのタイミングで目の前の女性が振り向いた。
「いた」
ああ、うん。来実だ。髪の色はいじらず黒のまま。ただリアルでは肩ぐらいまでの長さでふんわりとしていのだが、綺麗に真っ直ぐ腰ぐらいまで伸ばされている。彼女が選んだらしき、白い衣装に黒髪が映える。その軽装備っぷりは後衛ビルドだな。両肩をさらけ出したのは少しやり過ぎな気もするけど、艶っぽい。瞳の色はやや赤みを帯びた紫。ちょっと眠たげな眼の形だが、パーツは悔しい程に整っている。そして……髪に隠しきれない二本の角。半龍……じゃないな。肌が鱗っぽくない。俺と同じ魔人だ。
「おまたせ、レオ。ノーチェよ」
「レオナルド ダ ピンチだ。ノーチェ、お前……名前決めに一番時間使ったな?」
「よくおわかりで」
「わからいでか」
「君のそういう察しの良さは好きだよ。苦労は多少は報われて欲しい物だからね」
胡桃をイタリア語読みしただけだがな。高校中退に教養が無いと思うなよ。一応帰国子女だからな、俺。で、俺の名前とはイタリア繋がりだな。レオナルド ダ ヴィンチはイタリア人だから。
「後衛か?」
「移動砲台ビルドかな。一応、遠近どっちでもいい様には作った。後衛寄りだけど、足を止める気は無いんだ。君と組むにはその方が都合が良さそうだったのでね。属性も君に合わせた」
「いきなりそんな組み方して火力が足りるのか?」
「君は拳闘士だろう?君といれば足りるよ。機動力、爆発力、手数という観点から見ればこれ以上無い程だと、計算したからね。その代わり、圧倒的に足りないのは防御力だね。泣く泣く諦めたから」
確かにピーキーなコンビだけど流石に彼女は俺の好みを的確に押さえてくれる。アウトローならば殺すか死ぬかぐらいがちょうどいい。中身が来実じゃなくても、速攻でフレンド送っていたと思う。
「じゃあ、その戦い方に慣れて行かないとな」
「そうだね。街を出る前に買い出し……は出来ないんだった。NPCに嫌われると言うのは厄介だね」
「住人と呼んでやれ。まあ、まず売ってくれないだろうな。PCを当たってみるか……」
「外で現地調達は?」
「出来ない事も無いが、材料揃えた所で、俺に生産系のスキルなんてねぇぞ」
「当然私も。まったく厄介だ」
心底厄介だと言わんばかりに彼女がはぁ、とため息をつく。そういう「やれやれ」と言った仕草がしっくりくるのは、彼女がそういう仕草をしている所ばかり見ているからだろうか。そうでないと信じておきたい。
「レオ。常に外に居ると覚悟して、料理スキルぐらいは考えておくべきかい?」
「それはなんとでもなる。スキルがあった方が美味いが、焼く、煮るぐらいは出来る。それより、ノチェは魔力の補充方法を何とかした方が良い。時間経過以外に回復方法が無いと効率が悪すぎる」
「ノチェじゃない。ノーチェ」
「知ってる。気に入らなかったか?」
「……ん。まあ、たまには愛称で呼ばれるのも悪くは無い」
なんだ?たまに「くーちゃん」とでも呼んでやればいいのか?
「しかし、魔力の補充方法か……そういうアイテムはあるのかい?」
「ある。錬金術の管轄だな」
「正直、パスだよ。いずれならばともかく、インしたばかりの現在のビルドを考えると重すぎる」
ちょっとこの辺りが課題だな。まともに補給が受けられないであろう俺達は継戦能力が求められる。本当にこのままだと短期戦、毎回が最終決戦、日刊最終回、ゼロサムゲーム特化でしか無い。
「それに、レオ。今そんな事言っていたらキリが無い。とりあえず、まずは死に戻り覚悟で限界までやってから、すべての課題を明確にすべきだと思うね」
「そうだな……」
幸いにして死に戻りのペナルティは現在弱い。今の内検証してみる価値はある。
頷き合って立ち上がると、俺達――いや、俺か。結構周囲からの注目を浴びていたらしい。やけに視線がこっちに向いている。お、なんだナツ達もいるじゃないか。
さっきまでここで講釈垂れてやったからかな……釘をさしておかないとまた捕まりそうだ。
「悪いな。今は残念だけど、プライベートだ」
茶目っ気たっぷりに言うと、周りの人間はホッとしながらも笑ってくれた。
「レオさん。私は大体答えがわかってる上に、マナー違反だとはわかってますけど、周りから『フレンドなんだから訊いてくれ』と五月蠅いので一ついいですか?」
「なんだ。ナツ」
「あえて、間違った答えで聞きます――お連れさんは妹さんですか?」
「……え?ノチェの事?」
まあ、確かにナツは知ってそうだし、すげーマナー違反だ。そしてその訊き方はぼかし方が巧いと思った。否定すればいいんだから。
けど、閃いたんだ。ここで一発本当の答を言っておけば後々楽だろう、と。
「俺の嫁だけど?」
「これのリアル嫁。ちなみに歳はお互い19」
そんな事は無い。
何故かこの直後、物凄い勢いで呪われました。いや、ノチェ。お前、周りへのけん制したつもりなんだろうけど、俺へのデッドボールだから、それ。