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乱雑な抽斗  作者: たびー


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黄金の瞳 8

 今なら分かるのに、と思うことが多い。

 あのころ夢とうつつの境目が消え、おれは始終まどろみの中にいた。生きている実感がわかなかった。

 そう、今の状態によく似ている。

 けれど、何故だろう。真っ逆さまに地獄へ行くとしか考えられなかったのに、今もこうしてカナンを見ている。更にはそういうおれを見つめる柔らかな視線を感じる。

 誰なのだろう。その人は促す。おれとカナンの出来事を、優しく『それから?』と問いかける。



「ねえ、おにいちゃん。お友だちがほしいの」

 舌足らずの言葉でねだりながら、妹のアイラはおれの腕をゆする。瞳がちの目も毎朝不器用な手つきで編んでやったみつ編みも生前のままだ。

 耳を貸してはいけない。アイラは十数年も前に死んだのだから。これがほんとであるはずがない。なのに、その小さな手はおれを揺り動かす。

 これは夢なのかも知れない。まだおれは眠っているのだ。でなければありえるはずがない。

 どうか、もう行ってくれ。深い眠りを与えてくれ。

「あのおねえちゃんでいいの」

 だめだ。カナンは……。

「だって隣の村のお友だちとそっくりよ。きっと仲よしになってくれるわ、ねぇ」

 同じ尖耳族だよ、でもカナンは帰るべきところがあるのだからアイラとは遊べない。

「でも、あの人たちは行かなかったじゃない。あたしの友だちだったのに、それなのに!」

 不満げに頬をふくらませ、小さな拳でおれを殴る。もっと遊びたかった、もっと……生きたかった。そんなふうに感じられる。

 アイラ、もう帰るんだ。おまえは死んでいる、ほら体は四才のままだ。だからもう夢でおれを責めないでくれ。

「あ、おねえちゃん」

 アイラはぱっと立ち上がり、カナンの元へと駆け寄る。

「おにいちゃんったらひどいの。あたしの友だちのことみんなとっちゃったのよ」

 カナンは一瞬、顔色を失いおれを見つめる。

「アイラ、やめろ!」

 カナンには言うな!

「トール?」

 カナンはアイラをすりぬけおれに近寄ってくる。思わず両手で顔をふさぐ。カナンをまともに見ることが出来ずに……。

「トール、しっかりして」

 体を強く揺さぶられた。カナンの声だ。これははっきりと分かる。

「誰もいないよ。目をあけてみて、ほら」

 おずおずと目を開くと、カナンがいるだけだった。アイラの姿はどこにもない。けれど、これが夢でないという確証はあるのか。

「ここの場所がわかったよ。ビルカからそう遠くないところだった」

 そうだ、もう出発しなければカナンは迎えの船に乗り遅れる。ここに来てから幾日を無駄に過ごしただろう。

「とても奇麗な場所を見つけた。一緒に見に行かない? トールの気分もきっと晴れると思うし……」

 カナンはおれの返事を待たずに、強引に手をとるとせきたてた。

 幻影に悩まされる。それは日に日にひどくなってきた。いつかカナンを殺してしまうのではないかという不安から、おれはカナンと離れている。だからこれもまた、夢の中かもしれない。

 木漏れ日の中、カナンはとても自由そうに見えた。旅をしてるときよりも軽装で、素足のままだ。きっと飛ぶように森の中を駆け巡っているに違いない。

 暗い亡者を背負ったおれにはあまりにも眩しすぎる存在だ。

 いっそのこと言ってしまおうか。すべてを告白すれば、アイラも現れなくなるような気がする。包み隠さず、すべてを。

「ほら、この中」

 深い木々覆われた廃墟の一点をカナンは指さした。地面にぽかりと空いた穴の中には階段が地下へと続いている。

「中つ国の伝説を知ってる? 三国、ネの国とイの国と中つ国の物語りは?」

 どうも思い出せずにおれは首を振った。わずかに知っていることといえば、コール帝国以前の国ということ。イの国はおれの出自の種族、斎民人(いつきのたみびと)の国で、ネの国は尖耳族(せんじぞく)の国、そしてそれを取り持つ役目を果した要の中つ国。このていどだ。

 カナンはおれの手をしっかりと握り、注意深く階段を降りていった。階段はひとつひとつが巨大だった。ごく緩やかな螺旋を描いて地下へと伸びている。

 しかし、そこは暗闇の世界ではなかった。細い光が壁や天井の隙間から幾条も差し込み、壁が淡い緑色に見えた。それは苔で、日陰にしか咲かない珍しい花さえ咲いていたる。汗ばむ地上とは違い、涼しい風が吹き上げてくる。

 不思議な世界。まるで地下宮殿のようだ。カナンに導かれるまま、ゆっくりと下って行くと、やがて階段は水中に没した。

 湖の水らしい。階段はまだ続いている。弱々しい明かりのもとで、水底を目をこらして見ると箱のようなものが無数に沈んでいるのがわかった。

「女王の奥津城(おくつき)、中つ国の……」

 カナンは語った。遥いにしえの言い伝えを。

 中つ国の女王は湖を治める神、シャトラーの巫女であったこと。女王は五感のうちのいずれかを欠いており、それはそのまま神に預けたものとして皆から敬われていたこと。

 死後は、神のもとで次なる目覚めまで待つのだということ。

「カシャスが教えてくれた。ここからビルカまではそう遠くないって。それから、この霧はシャトラーの張った結界だろう、って」

 そうか、ビルカは近いのか……。不意に決心がついた。

「ここで別れよう」

 カナンの笑顔が凍りついた。それでも、おれは続けるしかないと思った。カナンは両手を堅く握り締め、おれを見つめた。

「どうしていきなりそんなこと言うの……。私、もう我がままも言わない。黙って歩くし、フードもきちんと被るから、だから……!」

「尖耳族の村人を皆殺しにした。十四のときだ」

 それからおれはカナンに打ち明けた。軍にいたときでさえあまり話したことがなかった生まれた村での出来事を。

「山あいの小さな村でおれは幼い妹と暮らしていた。両親は、その数年前に相次いでなくなった。そして、今から十二年前の春先に尖耳族はやって来た。

 村の外れに移動式の家屋が軒を並べ、良く効く薬や手の込んだ細工物と村の作物を交換して暮らし始めた。村の連中は尖耳族を重宝がった。妹のような子どもらは、あっというま尖耳族の子どもと仲よく遊ぶようになった。

 毎晩聞こえる神に捧げる歌声のほかは、おれたちとなんら変わるところもなくお互いにうまくやっていた」

 そう、うまくやっていた。奴らは、もうじき山に登るのだといっていた。誇らしげにそう語る彼らは、気高くみえたものだ。

「それからしばらくして雨が毎日のように降るようになった。いつもなら暑くなる時期がきても雨は降り止まなかった。男たちが山で得る獲物も、ろくなものを食べていないせいか、痩せたものばかりだったし、女たちが丹精して育てる畑の作物も実るどころか根ぐされをおこしはじめた。

 さらにそれに追い討ちをかけるように、流行り病が村を襲った。老人や赤子から死に始めた。それから子どもたち……。

 病に効くといわれて飲んだ尖耳族の薬も功を奏さず、次々と村人は死に絶えた。

 飢えと、病、そして悪天候。俺達は追い詰められた。

 寝ぬれぬ夜、生き残っている村人がひと所に集まり低い声で今後のことについて話し合おうとしていた。けれど、何ができるだろう。山の神にも、天の神にも祈りやいけにえを捧げたが病はくい止めることができない、天候は回復の兆しさえみせない。村人はへる一方だというのに。

 雨の中、響く尖耳族の歌声、祈りの声。

 もしかしたら……。

 だれともなしに口を開いた。

 ……もしかしたら、この災いのすべての元凶は尖耳族がもたらしたものではないか。この天候も病も、奴らが越してきたときからだ。

 それに、これほど病がこの村で猛威を奮っているというのに、奴らが弔いをしている所を見たことがあるか? あの祈りだとてこの村を呪うためのものでないと誰が言える」

 カナンは微動だにせず、話に聴き入っている。おれは続けた。

「熱に浮かされたようにみな手に手に剣を握った。異論を唱える事なく、おれも従った。それが妹への弔いになるのならと。妹はその数日前にわずか四才で死んだから」

 たった一人の肉親を失った衝撃はあまりにも大きかった。そのとき、なにくれとなく面倒をみてくれたのが例のルドヴだったのは今にして思えば皮肉なことだ。

「おれたちは尖耳族の村を襲った。男ばかりではなく、女子どもに至るまですべてを切り殺した。全部で二百は下らない尖耳族を殺した」

 心持ち青ざめたカナンは微かに体を震わせた。同然の反応だ。

「少しでも正気が残ってるうちにお前に詫びでおきたいと思った。もうおれはお前と一緒にいけない。だから……」

 突然カナンは思い切りおれを突き飛ばした。揺らいだ体はあっけないほど簡単に階段から水中に落ちた。膚を刺すような清澄な水が一気に鼻や喉を満たす。

 けれど、不思議と苦しいとは思わなかった。

 いいよ。カナン、おまえにはおれを殺す権利があるのだから。

 体はどんどん沈んでゆく。やがて天地が逆さまになった視界に数多くの女王が映った。みな信じられないほどの美しさだ。けれどその表情は激しく怒っているようにも、また優しくほほ笑んでいるようにも見える。

 長い髪が水中をたなびき、狂おしく表情を変える女王たち。何故はっきりと彼女らが見えるのだろう。もうおれは死んでいて、冥界のとばぐちに差し掛かっているからだろうか。

 ならば、このまま落ちていこう。そう決めると体から力を抜いた。と、鋭いものが頬を掠めた。薄く目を開いてみると、女王が手に手に弓矢を引き絞りおれを狙っているではないか。

 次の瞬間、氷のように透きとおった鋭い幾千もの矢が全身を貫いた。右目に突き刺さった矢はそのまま奥ではぜたかに思えた。

 途端に髪を振り乱し、もがき苦しむ女性が瞼の裏に浮かび上がった。

 タティア! 彼女の名と共に口から最後の一塊の息が吐き出された。

 そうしているうちにも次の矢が襲いくる。けれど今度の矢は体を傷付けることなく後方に飛びすさる。振り向くとそこにはタティアの影をそのまま切り取ったようなものが受けた矢と共に消え去るところだった。

『許すものか!』

 頭に響いた声は紛れもなくタティアのもの。自分は何か重要なことを忘れている。それは……。今までの記憶が一気に頭の中をよぎる。このなかに答えは必ずある。それを捕えなくては。ひときわ鮮明に現れたのは三編みの少女だ。尖耳族の少女が答えを握っている。

 それに向けて伸ばしかけたおれの手をつかむ小さな手。力強くそのまま水面へとおれを引き上げてゆく。

 耳元で誰かが叫んでいる。激しく頬を打たれるとぼやけていた世界が輪郭を取り戻しはっきりと見えた。

「逃げないで、逃げないでトール!」

 カナンはおれの顔を覗き肩を揺すぶった。頭が徐々に正気を取り戻してゆく。体は階段のうえに横たえられている。まだ水に浸かったままの足が冷たさにしびれているのがわかった。

 これは夢ではなく、現実なのだ。くしゃくしゃに顔を歪めたカナンは更に叫んだ。

「分かっていたトールが仲間を殺してきたことくらい、とうの昔に察していた」

 耳を疑った。すべてを承知のうえでおれについてきたというのか。

「でも交わした約束は果されていない、まだ運命は尽きていない。トールは私と行く。たとえそれがビルカまでの短い間だけだとしても、私はトールと行きたいの!」

 顔に水滴が落ちてくる。これはカナンの涙なのかそれとも滴なのか。

 カナンはおれの胸につっぷし、しゃくり上げた。カナンはこんなおれでもいいというのか。許すというのか。

「トールにかかっている術を必ず解いてみせる……」

 カナンは自分に言い聞かせるようにきっぱりと言い放った。おれは震える腕でぎこちなくカナンを抱きしめた。

 降りそそぐ光の粒。清らかな空間。

 亡者たちの幻影がとおのいてゆく。

 カナンを抱きしめて初めてわかった。

 おれはカナンの許しが欲しかったのだということを。



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