その世界に摂理はある…かな?
前回の続き、というか主人公が裏で画策し始めております。
色々内容が飛んでいるので、読みづらいと思いますがご容赦ください。
屍累々…違った、巻き藁と青竹が無残な状態で床に散らばっている。
修練場の真ん中で座り込んで息を切らしている相手に近づくと、気配に気づいたのか顔を上げる。
「干菓子の良いものが手に入りましたの。よろしければ、一服いかがですか?」
「そうだな、頂こう。シャワーをお借りしても?」
どうぞ、と微笑み隅に控えていた霜苗に目配せすると、着替え一式が入った籠を持ってやってくる。それに礼を言い、更衣室に向かう後姿を見送った。
修練場の掃除を使用人に頼む。ねぎらいの言葉も忘れない。だって、本当に酷い有様なんだもの。
「礼を言えるくらいには復活したみたいね」
「荒れておいででしたから。申し訳ございませんが、夜に少々抜けさせていただいてもよろしいでしょうか?」
あー、あちらも荒れていらっしゃるのね。
内容をぼかして通じる主従の会話、ぶらぼー。
「…お嬢様。お心がお口から洩れていらっしゃいます」
ぶらぼーじゃないかもしれない。
客の姿がないことを幸いに、作法を無視してお茶をたてる。微妙な気配が末席からするけど、まぁ、いいじゃない?茶席に誘ったわけじゃないんだからと、心に中で言い訳をしていると、タイミングを見計らったように、躙口が開いた。
「正式な席ではございませんから、御御足は崩していただいて大丈夫ですわ。…霜苗、貴方も」
軽く頭を下げる気配と、ほっとした気配。どっちがどっちのものなんて、敢えて言いませんけれどね。
「お心は静まりました?」
「ああ、すまないな。…ふむ、嵯峨野か」
「お流石ですわ。まだ試作だそうですが、店に出しても遜色なき物かと思い添えさせていただきました」
干菓子を口に入れて作った店の名前まで当てる。どこのグルメレポーターだよ、との突っ込みは心の中で。
関係ないけれど、嵯峨野とは、霜降家御用達の和菓子屋である。王室御用達でもあるが、何でも紹介したのが家のご先祖で、その恩をいまだ忘れず新作は一番早く持ってきてくれるのだ。律儀だなぁ、と思うけど、それも我が家がそういった付き合いをきちんとしてきたからこそだよね。
「あそこの次代が好みそうな形だからな。旨かった、礼を言う」
「お粗末さまでございました」
きちんと指を付いて頭を下げると、小さく息を吐く音が聞こえた。
「何も訊かぬのだな?」
「お話になって心の澱が少しでもなくなるのであれば」
攻略対象の一人、宰相の甥は薔子の従兄にあたる。アニメでは冷静沈着な皇太子の腹心、ゲームにはそれに若干ドS要素が付け加えられたが、実際の彼は、アニメの設定に近い。ただ、アニメのように清廉潔白を絵にかいたようなタイプではない。世の中の清も濁も飲み込んで育ってきた…とはいえ、国に仇成す相手を容赦する性格でもない。
「久しぶりに懐かしい顔にあった」
気を利かして下がろうとした霜苗を制し、彼は口を開く。
年頃の男女が密室で二人きり、というのは親兄弟を除いてタブーなのは、どこの国の上流階級でも同じですから。それが、外部に漏れるはずがない私邸の中でも…でも、さっきまで私と霜苗が二人きりだったって突っ込みは無の方向で、割と従者って性別関係なしの扱いになっているんです、この国じゃ。…これも、ゲーム補正かしら。
「懐かしくはあったが、それまでだ。前にあった時も一歩引いた礼儀正しい娘ではあったが、どこか媚を含んだ態度が不快で、だからこそ印象に残っていたのだが」
茶碗を引いて代わりに差し出すのは紅茶。このお茶室、兄妹みんな好き勝手なものを持ち込んでお互い自由に使っていいってことになっているので、種類は豊富だ。コーヒーでも良いのだけど、従兄殿は紅茶党、だから事前に近くにティーセットを用意しておいたんだよね。…ドリップの手間が面倒とか、そういった理由では無い。無いんだって。
「周防殿か、相変わらず趣味がいい」
紅茶集めは二番目の兄上のご趣味。本当に集めるのが趣味みたいなもので、賞味期限内に消費するのは、もっぱら屋敷の者かお客様。
「礼儀作法はきちんとしているのだが、殿下に対しての態度が気安すぎるのだ。注意をしても、当の殿下が構わないとおっしゃる」
「殿下は、もともと身分というものをお気になさいませんもの。それに、お口ぶりですと学園の中での事でございましょう。ならば尚のこと」
「だが、俺に対して礼儀正しくできるのであれば、殿下にもできよう」
いや、それは好感度の問題だと思います。そういう仕様だもん。
「殿下が身分を問わないお付き合いを望まれるのであれば、私たちが申し上げる事はございません。それに、礼法は出来ていらっしゃるのでしょう?」
頷く相手ににっこり笑顔を見せる。
「鴻様がお認めになっているお作法の持ち主であれば、よほど厳しい躾をお受けになっていらっしゃるのでしょうから、どこに出しても恥ずかしく無い方なのでしょう?」
「薔子…何を呑気な…。いや…」
「鴻様?」
急に眉間に皺を寄せて黙り込んだ相手に、声をかける。
「すまん、用事を思い出した。これで失礼する」
慌てて、それでも紅茶を飲み干していくあたり流石紅茶党…呆気にとられていた霜苗が我に返り、ティーカップを片付ける為に立ち上がる。
「あら、痺れは治った?」
「なんとか…じゃ、なくて、桐華様はどうされたのですか?途中からのお嬢様との会話が謎かけみたいで、何が何だか」
うふふ、と含み笑いする私を気味悪そうな表情で見る従者に、明日のお楽しみよと返しておいた。
アニメのヒロインの礼儀作法は、物心付くかつかないかの頃の周囲の動きの記憶、といかにもご都合主義的な設定によるものだ。攫われた年齢が、一歳に満たない赤ちゃんがそんな記憶を持つわけない、という酷評はアニメに無理設定はつきものという、訳のわからない結論に押し切られた。確かに、いくらなんでもとも思ったけど、アニメだから、と言われてしまえばそれまでだ。流石にゲームの時点では、旅芸人の一座の一人が元貴族の侍女、という設定に代わっていたけれど、現実として無理がある。ヒロインがやってのけたのは「貴族側」の上位者への礼儀作法であって、「侍女」の「主人」に対する作法ではない。
現実の壁ってこんな形で現れるのね、としみじみ。
アニメで再現されていた「作法」は、どちらかというとヨーロッパのソレに近い和装アレンジであったけど…まぁ、確かに見栄えはするわよね、うん。母様が自ら教えてくださったマナーに「必要ないわね、どこで覚えたの」と、言われた時には笑顔で「母様」と答えたのは、他に答えようがなかったからだ。今でも、あの時の母様の笑顔を思い出すと胸が痛い。
「おはよう…今日はお休みをあげたのだから、ゆっくりしていればいいのに」
侍女に手伝ってもらって着替えを終えると…一人で着付け位できます、念のため…霜苗が朝食の支度をして居間で控えていた。自分の分まで用意しているってことは、腰を据えて話をする意思表示。基本、使用人が主人と同じテーブルで食事をする、ということはしないのだけど、家は月に二回、使用人側は月に一回の交代制で朝食を共にする。マナー?家の使用人をバカにしないでくれる?新人教育の第一歩は、挨拶と食事の作法です。…家令と侍女頭厳しいからな、気の毒に。
「おはようございます。昨日、鯵の良いものが入ったので一夜干しにしてみたと料理長が申しておりました。だし巻き卵は奥様のお手製でございます」
椅子を引いて私が座ると(卓袱台でも、お膳でもありませんよ、洋間ですし)ご飯とお味噌汁を二人分よそう。いい嫁になるよ、君。
「お嬢様」
不穏な考えを読み取ったのか、少々低い声が聞こえる。
「あいつの話もですが、それ以上にお嬢様のお話が気になって落ち着きませんでしたから」
「食事の後にね」
鰹のお出汁のいい香りに、うっとりする。母様の出汁巻きも最高。朝ご飯がおいしいと幸せな一日になりそうな気がするよね。デザートの苺も大変おいしゅうございました。
「結論から言えば、私なりに鴻様に疑問を植え付けただけなのよ」
緑茶にお茶請けは「鳩サブレー」存在を知った時小躍りしました。味は同じ――パッケージは少し違うけど――私の好物と知られてから、お土産にと買ってきてくれるのは、霜苗の友人。彼曰く「貴族のお嬢様にいいのか?」らしいけど、好きなものは好きなんです。ただ、家の者に知られると、買ってくる規模が違いそうなので内緒にしています。たまにちまちまといただくのが至福。お金を払うというと「恩人にそんなことできるか…っていうか、友達だろ?」アニメとは相当キャラが変わってしまったのは、多分家のせい。別の意味で申し訳ない。
「鴻様は基本的な性格は変わらないの、真面目で実直。考え方が多少古いところもあるけれど、それは彼の家が礼節を重んじるお家柄だから当然のこと。あの家では進歩的な方よ?なんといっても貴方との同席を厭わないから」
「それは存じておりますし、感謝しておりますが。それが?」
「ヒロイン嬢の礼節は、貴族サイトの作法。普通に考えればおかしいでしょう?」
「彼女の生まれを考えればおかしくはないのでは?」
君、探偵にはむかないね。わはははは。
「お嬢様?」
考えを読むのは上手いけどさ。
「お嬢様が漏れすぎるだけです」
「コホン。…現時点では、それはおかしいのよ。確かに、彼女のいる一座には、元貴族の侍女がいるから、その人に教えてもらった、と言い訳にはなるけれど、見るものが見れば『作法』そものもが違うから」
元将軍家の侍女。でも、将軍といってもどこかの御紋のご一族とは違い血筋では選ばれない、先代将軍の指名と、各部隊の隊長の承認。慣例として、部隊長の誰かから選ばれることが多い。
因みに家は武門の一族でも、「個」で、隊を仕切るのは興味がないので「部隊」には所属していません。
「現将軍は子爵家。そこのメイドが教えたにしては不自然じゃない?」
アニメ設定ではもっと不自然だ。誰が一歳児の記憶なんて信じるか…殿下なら信じそうだけど。
「鴻様の思慮深さは原作では表に現れない部分があるの」
それこそが、ここでの『現実』
「宰相閣下には跡継ぎがいらっしゃらない。現時点で一番の候補といわれているのが…」
「桐華 鴻慈様」
鴻様は桐華家のご次男。兄上さまが家の跡目を継がれるから、伯父上の宰相閣下の所にいずれ養子として迎えられるだろう、といわれている。そこの辺りはお家の事情でどうなるか分からないけれどね。
「そう。そしてね、お小さいころから同い年ということもあって、殿下のお側にいたがために自覚も強い。だから、その思慮深さは方向によっては猜疑心となる」
鴻様の思慮深さは深い、なんてレベルじゃない。どこまで裏を探るんだよ、ってカンジだ。ある程度親しくなれば、違ってくるけど、そこまでが長い。例え身内といえども、いや身内だからこそ厳しいところがある。
「お嬢様が悪党だということは分かりました」
「しっつれいな。私はただ褒めていただけよ?素晴らしい礼儀作法のお嬢さんなら、殿下の側にいても問題ないですね、って」
「相手の背後に『何かいる』って思わせたともいいますよね」
いるとしたら、私やヒロインをこの世界に『落とした』何かでしょう。
「あら、彼女の本当の生まれが早くわかる可能性だってあるでしょう?」
そうしたら、王子様と庶民のシンデレラストーリーじゃなくなって、貴族の枠組みの中での今以上の身分の格差としきたりと、その他諸々の世界が待っている、ということで。
頑張れ、ヒロイン。
けれど。
霜苗にも言わなかった、気にかかる事が一つ。
多分、鴻様は言葉を交わした『彼女』に惹かれた。だからこそ、あそこまで荒れたのだろう。殿下と自分へと彼女の向ける『気温差』に。
それも『仕様』なんだけどね。最初から馴れ馴れしく振る舞うと、好感度下がる一方の相手と、遠慮のないものの言い方が好感度を上げる相手じゃ、ヒロインの対応も変わってくる。実際、その通りに行動していらっしゃるご様子ですし。
気に入らないという第一印象も、舞台が学園になれば『補正』が働くのかしらね。当事者たちは気にならないかもしれないけど、周囲から見たら異様な光景だと、少なくとも私は思ったぞ。
学園から離れて会話をすれば、鴻様のように『現実』の対応になる。怖い『補正』だ。
けれど、ヒロインが誰かとくっついても、逆ハーを狙っても、一番苦労するのは本人だろうと、『現実』を知っている私は嘲うだけだ。
まぁ、頑張ってね。ヒロイン嬢。
桐華 鴻慈
侯爵家次男。現宰相の甥で時期宰相最有力候補。
アニメでもゲームでも清廉潔白でまっすぐな性格。外見は、ドS眼鏡。