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深海ソリティア  作者: 井石 知将
3/11

振り返る

「阿賀!ちょっと……」

「?わかりました」

仕事が終わりかけた時、俺の先輩、那覇(なは)信三(しんぞう)に話しかけられた。


「先輩。これ」

ヒュッという風を切る音がし、缶コーヒーが俺の手から那覇先輩の手に移った。さっきまで持っていた缶コーヒーの温もりはまだ、手に残っている。

「サンキュー」

缶コーヒーを黙って啜る二人。

「正直、お前がここに来るとは思わなかった」

「ま、普通はそうですね。でも……」

「あの時、俺たちはあいつを助けられなかった。本当に悪いと思ってる」

…………一つ気になった。

「俺の親父……死ぬ直前までこんな風にワクワクしてましたか?」

そう。俺の親父は日本深海センターに勤めていたのだ。そしてここで…………


俺が中学生の時だった。

俺と親父は仲が悪かった。いや、話さなかった。というのが正しいか………

普通に学校に行き、普通にダベって、普通に勉強する。それに幸せを感じると同時に退屈さを感じていた。

そんな時、俺の親父は俺を親父の職場へと連れて行った。


「悪いな。急に連れ出して」

親父が車のハンドルをカーステレオから流れる音楽に合わせ、小刻みに指で叩きながら言った。

「いいよ。親父のそういうとこは慣れてるから」

ところで、と話を進めることにした俺はあることを聞いた。

「親父は—————————」

この時の、俺と親父のやりとりは今も鮮明に覚えてる。


「これが……日本深海センター」

一度咳払いをして貯めてから少し照れ臭そうに言った。

「父さんの職場だ」

息を呑む、その意味をその時初めて知った。

「親父は………ここで………潜ってんのか?」

「いや、まぁまだ試験みたいなのの途中だけどな…………」

………この時思ったんだ俺は。

「俺も………ここで………」

変わらない日々。なんてのはその人が創り出す幻想に過ぎない。俺はそう感じ、変わらない日々を閉ざした。


「あなた……なんかあなたの職場に行ってから……あの子、すごい頑張ってるわよ」

晩酌中の親父達の会話が勉強してる俺の耳に入った。

「俺を目指してんだ。あんくらいじゃないと」

でも………子があんなに頑張ってくれると嬉しくなるな……そんな続きを聞き、顔から、目から汗が出てきた。理由は分からなかったが。


「親父、俺もいつかあんたみたいに……!」

こう胸に誓ったのはいつだろう?

あの頃の俺は親父を本気で尊敬し、憧れてた。まぁ今も憧れてはいるが。


「本当に大丈夫なんだな?」

新型の海底探査機・ヒノハタに親父が乗ることが決まった。

その時から俺は那覇先輩の事は知っていた。

だから那覇先輩にも溜め口で話していた。

「ああ。何かあっても俺達が助ける」

「頼んだぜ。那覇さん」


羨ましさ、嬉しさなどが混ざり合い、マーブル色になる自分の心を見ながら、親父の出発を待っていた。

親父達は船に乗りまず、目的地の真上まで行く。その後、深海探査機に乗るのだが、家族はそこまでは行けない。

せいぜい船出を見守るので精一杯だ。

「んじゃ行ってくるな」

俺の頭をクシャクシャと掻き乱す。

「生きて戻って来いよ。その記録を超えてやる!」

ふふっ、と笑った。

「あぁ。楽しみだな、そりゃ!」

それが最後の会話だった。


気が付けばみんな泣いていた。

親父の死体は確認出来なかった。しようにも、深海探査機自体の場所が分からないのだから無理だ。

こっそり俺はトイレに行くと、壁を何度も殴った。手に血が滲むまで。壁が血で汚れるまで。

気がつくと奥歯を噛みしめていたせいで顎が痛かった。口を開くと知らずにこう叫んでいた。

「ふざけんなぁぁあああ!」

最後に壁を殴った時、壁にひびが入ったことに気付いた。


「お父さんから、これを預かってます」

葬式から帰る寸前、日本深海センターの係りの人に手紙を渡された。

俺は家に着き、自分の部屋で一人でそれを読んだ。


博人へ。

これは遺書みたいなもんだ。

なんか………はずいな。こんなの書くのって。

俺はお前に聞きたい。

俺が深海センターに連れて行った時、お前はこう聞いたの覚えてるか?

「親父は、夢を追うのが怖くなかったか?」

って。

あん時はカッコつけて、

「ワクワクしてた」

なんて言ったが本当はすげー怖かった。

本当に自分にそれが出来るのか?

普通に過ごすべきじゃないのか?

周りから『浮き』はしないか?

でも最近になって分かったよ。

夢を怖がってる人はいない。ってことにな。

だって、そうじゃなかったらこの世に『夢に憧れる』なんてないだろう?

だから、胸はって、深呼吸して、思いっきり笑って生きろ!

それが『夢に向かう』ってことだ。

頑張れ!負けんなよ!

最低な親父より、最後のメッセージを込めて。


「あんた…………なに言ってんだよ…………………最低なんかじゃない……さい…………」

もう言葉にならなかった。

泣き喚き、叫び散らし、ひたすら泣いた。

親父が死んで、初めて出た涙だった。


那覇は缶コーヒーを飲み干し、こう言った。

「あんたの親父さんは、『楽しみだな!』なんて笑いながら海に行ったよ」

空になった缶コーヒーを強く握る。

「安心できまし………たっ!」

もう熱は残ってない心配(ごみ)をゴミ箱に投げ入れた。

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