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とある妹の憂鬱

作者: 譲杷
掲載日:2013/05/08



 私――マリーの不幸の始まりは、きっとあの人の妹として生まれた時からだと今ならそう思う。



 私には兄が一人います。

 兄の名前はデュークというのだけれど、彼は、私の二つ上で、騎士である父に幼いころからその道の英才教育を施された為に剣の腕は超一流。向かうところ敵なし。反抗期まっただ中のころは戦場に単身乗り込み、我が国を攻め落とそうと企てる敵国の兵を幾人も切り倒し、近隣諸国を震え上がらせたものだ。ちなみに、化け物のような兄と戦場で直接出会って生きて帰った者がいないらしいので、兄が我が国の騎士だとはバレていない。生ける伝説となった。まあ、当時はまだ騎士ではなかったのだけれど。

 そのお蔭で我が国は平和そのもの。近隣諸国には戦争嫌いの弱小国で通っている。



 それはさておき、その兄デュークは、剣の腕のみならず、その容姿も向かうところ敵なしだ。父ゆずりの黒髪は羨むほどにつっるつるのサッラサラで、ろくに手入れもしていないだろうに枝毛一つない。北方出身の母からは血のように鮮やかな紅眼を受け継いだ。陽にさらされても黒く日焼けしない白い肌はシミや皺、傷痕ひとつなく、これまた手入れなんてしていないくせにぴっちぴちで肌理が細かい。

 何これ、むかつく。

 もちろん美形の両親、特に父に似て顔立ちは整っているし、背は高いし、足は長い。

 騎士として鍛えているので均整のとれたほどよく筋肉のついた肉体を持ってらっしゃるし、状況判断や戦術等に長けているので頭もいい。決断力もある。性格も、敵認定さえされなければ厳しいけれど非情でも冷酷でもないし、騎士として頼りになるし、女性には優しく接してくれるし、彼の懐に入れた人間には激甘だ。

 職業は騎士ではあるが、父がもともと国内で一、二を争うくらいの名門貴族の出なので、金もうなるほどある。ちなみに、我が国が弱小国と言っているが、領土の規模が近隣に比べて小さいというだけで、資源は豊富にあるし、経済面では弱小でもなんでもない。その所為か、我が家というか邸には、兄が父と武者修行の旅に出かけた時に拾ってきた戦争孤児が四人いる。衣食住を初めとした一切合財を面倒見たおかげで、成人した今は四人とも兄配下の騎士をしている。



 つまるところ、完璧人間なのだ。

 腹が立つくらい、厭なところがない。



 私だってそんな兄が嫌いじゃない。嫌いになれるわけがない。

 むしろ、誇らしいくらいだ。友人からは「あんなお兄さんが欲しかった」って何度も言われるし、羨ましがられる。友人の間で兄が褒められると私まで嬉しくなる。それはしようがない。だって格好いいんだもの。



 けれど、世の中やっぱりそううまくはいかなくて、そんな兄を持っているがための弊害がある。

 でも、その弊害は、妬みや苛めとか、そう言うのではないの。

 そのままでも完璧な兄は、それだけでは飽き足らず、目に見えない何かもお持ちのようで、周りの人々を魅了しまくっている。しかも、男女問わず。老いも若きも。敵には、悪鬼だの悪魔だの死神だのと恐れられて……いや、戦場ですでに塵と消えているので確かめる術はないが、味方には魔性の男だ。

 兄は騎士ではあるけれど、父が騎士団長で国王の側近ということもあり、王子たちの護衛兼教育係をしている。だから勤務場所は主に城内なのだけど、その城内には兄のファンが大勢いる。兄に憧れ、兄に心酔している者がなんと多いことか。もちろん、一癖も二癖もある老獪で口うるさい重鎮なんかも黙らせる。あの狸じじいどもの、かわいい孫を見るかのような柔らかな眼差しを兄に向けているのを見てしまったときは寒気がした。

 というわけで、兄に心酔している輩から「お前が妹かよ!」的な悪意を浴びたことは一度もない。これも偏に、兄にバレて嫌われたくないからだ。まあ、敵認定されたら確実に一巻の終わりだしね。



 で、肝心の弊害の話だけど、それが何かというと、私に恋人ができない、ということだ。

 いや、恋人はできる。告白され、付き合うこと十数回。ドキドキわくわくのデートもしました。ああ、この人と結婚して家庭を築くのかなーと思ったことも何度もありました。でも、周りの友人たちが早々と結婚していく中で、私はその誰とも結婚まで結びつかない。晩婚化が叫ばれて久しいですが、我が国では、三十路で行き遅れ、行かず後家です。年齢を重ねる度に焦りました。でも、いつも肝心のところで振られるのです。

 理由はいつも一緒。

 浮気とかそういうんじゃないんです。みんな紳士で優しい人でした。でも、みんな私を振るのです。君は高嶺の花すぎる、僕にはもったいない、から始まって、最後は決まってこの台詞。



「デューク様を義兄と呼ぶ勇気がありません」



 ……絶句です。

 振られる原因は、私なんかじゃないんです。私に悪いところがあればいくらでも直せたでしょうに、それもできません。

 これほど、兄を恨んだ日はありませんでしたし、完璧な兄がこうも弊害を生むとは、思ってもみませんでした。兄の所為で、戦わずして逃亡です。これを私にどうしろと?

 悩みに悩んだ挙句、何度目か忘れたその台詞を聞いた次の日に、もちろん兄の職場に殴り込みをかけました。実際に暴力は振っていません。でも、そんな気分でした。

 理不尽だと分かっていても、思いつくまま胸の内を兄にぶつけ抗議しまくりました。兄は私にも甘いお人ですが、基本対等に接してくださるので、口げんか勃発です。

 で、その結果の兄の台詞が、「お前ひとりくらい養ってやれる甲斐性はあるから、嫁に行かなくてもいいんじゃないか?」ですって!



 あまりにも腹が立ちすぎたので、一週間口をきいてやりませんでした。我が家にすむ兄の部下に心配されましたが、無視しまくりでした。もういっそ、兄の部下から相手を見繕ってやろうかと黒い考えで悶々としていると、職場で笑われました。

 誰って、第一王子に。



 ちなみに、私も母が王妃付の侍女をやっている関係で、王女たちの侍女をやっているんですよ。親の事情がいろいろあって国王一家とは家族ぐるみです。

 とまあ、それはさておき……私を笑った第一王子。

 私が兄と喧嘩したことを知っていました。まあ、兄の職場に殴り込みをかけたのだから、大勢にみられていたし、うわさが広まっても仕方がないですが。でも、個室――しかも話し声が漏れない仕様の部屋で鍵をかけての口げんかの内容を知っていたのには驚きました。



「マリーは気立てが良くて優しくてなんでもそつなくこなすのに、どうしてなんだろうね」



 それはこっちが聞きたいです。

 全部兄のせいですが、曖昧に微笑んでごまかして、彼のために紅茶を入れてあげました。



「マリーはさ、デュークに言った結婚条件に当てはまれば、相手は誰でもいいの?」

「へっ!?」

「えっと、なんだっけ……? デュークより条件の良い相手か、デュークに負けない『根性』を持ってる奴だっけ?」

「な、な、な、な、なんで、それを!?」



 ビックリしすぎて、うっかり紅茶を入れ過ぎて溢れさせ、それにまた慌てた。

 まさか兄がばらした? いや、それこそまさかだ。

 こんな内容をペラペラしゃべるような兄じゃないのは、私が一番分かっている。兄がこの内容を話すとすれば、兄の部下の『彼』くらいだ。それも私が喧嘩の時にやけくそで言った「政略結婚」できる相手を探す目的で、のみ。でも、あの時兄は私を養う気だった。ということは、話すつもりはないわけだ。しかも第一王子になんか絶対漏らさない。

 そうなると……え? もしかして盗聴器?

 我が家の人間も兄をはじめ不可思議な人間が多いけれど、この国の王族も変わり者が多いから、ありえない話じゃない。っていうか、ありえるから怖い。だって第二王子に至っては世界の発明王だし。もちろん名前は伏せてある。内心ドギマギしながら新しい紅茶を入れていると、第一王子にガシッと手をつかまれた。危ない。もう少しでポットの中身をこぼすところだった。



「マリーさぁ、誰でもいいんだったら、僕なんてどう?」

「え?」

「僕、結構いい線いってると思うけど? 確かにデュークには剣の腕とか戦いに関することは負けるけどさ、他の……容姿とか財力とか地位とか、負けてないよ? デュークを義兄って余裕で呼んであげられるし、将来は僕が国王だからむしろあのデュークを跪かせられるよ」



 にっこりとまぶしいくらいのいい笑顔で第一王子は言ってのけました。くらくらする。

 確かに彼の言うとおり、兄には負けていないでしょう。戦い以外は。

 兄に負けない根性を持ってる男は兄の部下くらいかなーと思っていたのに、まさか、こんなところに好条件の政略結婚相手がいたなんて、驚きでした。けれど、さすがに私も愚かではありません。



「相変わらず、優しいのね」

「マリー、僕と結婚して未来の正妃様になってよ」

「ふふ。あなたにそう言ってもらえてうれしいけど、わたしみたいな行き遅れ寸前の年上のおばさんなんかよりも、もっと若くて可愛らしい守ってあげたくなる女の子をお嫁さんに貰いなさい。その方が幸せよ」

「マリー!」

「慰めてくれてありがとう。これ、片づけてくるわね」



 にっこりと笑顔で拒絶して、第一王子を残して部屋を出る。

 第一王子は、彼の言うとおり、唯一といっていいくらい兄に対抗できる好条件な結婚相手だろう。でも無理。私には正妃なんて勤まらない。しかも、私の方が年上だ。絶対無理。年下がイヤっていうんじゃなく、世継ぎ必須なんだからもっと若い子を娶って、現国王みたいにたくさん子どもを産んでもらったらいいと思う。彼も若いんだし、絶対そっちの方がお似合いだ。

 ああ、何か急に面倒くさくなってきた。もういっそ、本当に兄に養ってもらおうか。私もこのまま働いてたら、生きていくには困らないだろうし。でも、子ども、一人くらいは欲しかったんだけどな。ああ、子どもくらいなら兄に心酔してる兄の部下に話を持ちかければ何とかなるか? ああ、面倒くさい。そうしよう。




 そんな風に一人で結論付けていたから気づかなかった。

 第一王子が本気だったなんて。

 この後もいろいろあるんだけど……それはまた別のお話。



自サイトとはちょっと方向性が違うのでこっちで書いてみました(ペコリ)

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