エピローグ
それから三ヶ月かけて、私は少しずついろんなことを思い出した。いまでは彼の思い出話にうなずけるようにもなった。
今日もいつものように庭園内の芝生へ並んで腰を下ろした。失った時を二人して取り戻すように。すると彼が突然笑い出して、私はキョトンとした。
「どうしたの?」
「いや、君と初めて逢った時、俺も記憶喪失だったんだよ」
「うそ!」
「ホント。俺は過去の自分と向き合うまでに半年以上かかったんだ。君はたったの一日で向かい合う決心をして、三ヶ月で思い出した。とても敵わないよ」
私が照れて頬を染めると、彼はその頬に優しいキスをくれた。
彼は理解していたんだわ。記憶を失うということが、どういうことなのか。だからあの時、私を追いかけなかったんだわ。混乱していたら何を言っても聞かない。……彼も苦しんだのね。
「それにしても大変ね。エレメンタルブレイカーの次は皇帝様なんて」
「ははは。もう慣れたよ。カエンが堅苦しいのは慣れないけど」
「アール・ラ・ジェイド様に似てる?」
彼は渋い顔をした。
「アルにかぎらず英雄ってヤツはみな堅苦しい。でも俺と生きていく覚悟を決めてくれるから文句も言えない」
「あら、じゃあ私にも文句は言わないでね」
「え?」
「あなたと生きていくわ。覚悟を決めたの」
それは先日、彼がくれたプロポーズの返事だった。彼は「俺と一緒に歳を取らないでいてくれる?」って聞いたの。プロポーズだってすぐに分かったけど、私は「少し考えさせて」って答えた。
もったいぶるつもりはなかったけど、六千年も捜し求めてさまよったんですもの。少しくらい待たせてもバチは当たらないと思ったの。
彼は茫然として私を見つめた。
「それ、いま考えた返事?」
「いいえ。六千年前に決めていた返事」
「ひどいな。断られるんじゃないかとドキドキしてたのに。七千年くらい寿命が縮まったと思うよ」
いやだ。バチが当たっちゃったのかしら。
「ごめんなさい。そんなに縮まっちゃった? あとどのくらい生きられそう?」
「うーん。そうだな。五万年くらい」
「……もう」
からかわれたんだと分かってすねると、彼は私に抱きついて許しを請うた。皇帝として威厳のある彼も素敵だけど、こういう子供っぽいところも好き。
〝初めての恋でも最後の恋〟
お姉様の言葉が脳裏に蘇る。本当にそうだったわ。いまなら六千年さまよった意味も理解できる。彼と生きて行く長い年月は、さまよい苦しんだ経験がなくては受け入れられなかったはず。重い宿命を背負った彼を支えていかなければならないんですもの。生半可な気持ちじゃいられないわ。
「ティターニヤ」
不意に呼ばれて顔を向けると、口に何か放り込まれた。
「んくっ。なに!?」
「四大元素の化合物、またの名をイチの値の四大元素」
「なんでそんなもの」
「それ食べてれば歳とらないから」
「そ、そうなの!? イチの値の四大元素って食べられたの?」
「食べられるやつは配合の比率が違うんだ」
私ったら、彼のことまだなんにも知らないんだわ。ていうかお腹いっぱい。どうして?
彼の顔をジーッと見ると、彼は察したようにうなずいた。
「一日腹持ちがする。栄養もまかなえるし、今日は何も食べなくていいかな」
「そ、そう。経済的ね」
私の言葉に彼は笑った。彼の眼差しは私に注がれている。でもまだ遠いわ。彼と同じ目線で物事を見られるようになるのは、たぶんずっと先の話。
私はそっと彼にもたれた。彼は優しく私の肩を抱いた。
「生きて行くのね。今度は一緒に」
「うん」
「もうどこにも行かない?」
「どこにも行かない」