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期待と不安

 数日後。

 通学路でフレアに背中を叩かれた。フレアは息を弾ませて、少し興奮している様子だった。

「どうしたの? 背中けっこう痛かったんだけど」

「あはは、ごめん」

 フレアは呼吸を整え、ニッと笑った。

「朗報! カエン様がね、宮殿を見学しにいらっしゃいだって! 今度の休日!」

「嘘っ! ホント!? すごいじゃない。あとで感想聞かせてね」

「なに言ってるの。あなたも一緒よ」

 一瞬、言われたことが分からなかった。

「え? 一緒?」

「そう!」

 フレアは声を上げて私の顔をビシッと指差した。

「トイチ様のご指名よ」

「え、ええっ!?」

「やっぱり見初められたのよ。もう一度会ってみたいって言ってるから連れて来なさいってカエン様が」

 ほ、本当かしら。まさかそんな夢みたいなことが?

 疑いながらも、期待に胸をふくらませた。私をあんなに見つめていた彼だもの。フレアの言うことも的外れではないかもしれないわ。

「顔、にやけてるよ、ティナ」

 私はハッとして顔を赤くした。

「や、やだっ。私は宮殿の中を見られるのが嬉しいだけよ!」

「はいはい」

「信じてないわね!」

「はいはい」

「もー! フレアったら!」


 だけどフレアの言う通り。また会えると思うと次の休日が待ち遠しくてしかたなかった。それも向こうから会いたいって言ってきてくれたのよ。期待しないはずないじゃない。おまけに宮殿を見学できるなんて。フレアがカエン様の子孫じゃなかったら絶対そんなこと叶わないもの。こんなに恵まれていていいのかしら、私。

「そうだわ。着て行くドレスを選んでおかなくちゃ。宮殿ですもの。変な格好じゃ行けない」

 といっても、たいした服は持ってないのよね。この前パーティーに着て行ったのが一番いい服だったんですもの。それより劣る服じゃダメだわ。かといって同じ服は着られない。

 私は部屋を出てリビングへ行った。ソファに腰かけて編み物をしている母におねだりすることにしたの。

「今度フレアが宮殿を案内してくれるって言うの。こんな機会めったにないわ。お願い。新しいドレスを買って」

 すると母は「ふふふ」とおかしそうに笑った。

「背伸びすることないのよ。普段のままの格好で行きなさい」

「でも!」

「フレア様だって、きっとそうなさるわ。街娘の格好を蔑むような目線を感じたなら、宮殿なんて所詮その程度。でもあなたが憧れている場所はそんな所じゃない。そうでしょ?」


 新しいドレスを買ってもらうという希望は打ち捨てられ、私はしかたなく普段着の中でも上等なものを選んで、フレアとの待ち合わせ場所に向かった。校門の前。

 フレアは先に待っていて、私を見かけると手を大きく振った。なんの抵抗もなく街娘の格好をしている彼女に、頭が下がる想いよ。気を遣ってくれたのは明らか。その気持ちがとっても嬉しい。

「ありがとう、フレア」

 思わず涙ぐみながら言うと、フレアは困ったように笑った。

「なに言ってんのよ。ほら、泣かないの!」


 宮殿までは馬車に乗って移動。学校から一時間の道のり。窓から見える景色がいつもと違って見えたわ。光の粒がそこらじゅうに満ちあふれているみたい。

「ああ、フレア。私、本当に幸せ」

「やーね。感動するの早過ぎるよ」

「わかってる。でも言わせて。幸せすぎて死にそうよ」

「ちょっと、縁起でもない」

 そうして着いた宮殿は、門構えからして普通じゃなかった。フレアの豪邸を何倍もの規模にした佇まい。

 私、こんなところくぐったら本当に死んじゃわないかしら。

 馬車から降りると、門番が四人寄って来た。

「フレア様とそのお友達ですね。カエン様から伺っております」


 私は案内されるまま、フレアと門をくぐった。どうにか生きてる。中では馬車が待ち構えていて、降りたばかりなのにまた乗った。玄関口までさらに三十分かかるという説明をもらい、思わずフレアと顔を合わせて苦笑してしまった。

「道のりは遠いわね」

 険しい顔でわざとらしく腕組みをするフレア。私の緊張は少しほぐされ、笑みがこぼれた。

「ふふ。そうね」

 馬車の中で笑いながら、私はふと、フレアに言った。

「ねえ、フレア。私をおかしな子だと思わないでね」

「なによ、急に」

「いいから聞いて。私ね、本当に不思議なの。トイチ様は運命の人じゃないかしらって思ってるの。ずっと昔から追いかけていたような……そんな気がするの」

「恋する乙女はみんなそう言うわね」

 フレアはいたずらっぽくウインクした。

「もう、真面目に聞いてよ!」

「はいはい」


 けれど三十分も長いようで短いわ。馬車はもう建物の前について、私とフレアを降ろした。

 待っていたのはカエン様。彼はフレアと私を誘導しながら階段を上り、大きなエントランスに来て立ち止まった。その視線を追うと、トイチ様の姿があった。

 出迎えに来てくれたのかと思って鼓動が高鳴ったけど……どうも違うみたい。両手に重そうな鞄を抱えて、中年女性のあとを一生懸命に追いかけている様子。お仕事の最中なのね。ここは黙って見送りましょう。と思っていると、急にカエン様がツカツカと駆け寄って行った。

「なにをなさっているんですか!」

「いや、重そうだから持ってあげようと思って」

 カエン様はキッと中年女性を睨んだ。すると中年女性はビクッと肩をすくめた。

「わ、わたくしもご遠慮しますとお断り申し上げたのですが」

 その言葉を受けると、カエン様はトイチ様に視線を戻し、手にある荷物を奪った。

「俺が持ちます」

「そこまでムキになることねえんじゃね?」

「ご自分の立場をお考え下さい」

「力仕事もしなきゃ、身体がなまる」

「では普通に運動なさればよろしい。ティナ様、もう見えられていますよ」

「えっ、マジ?」

 トイチ様は濃紺でビロード地の美しいマントを羽織っている。銀の糸の刺繍が見事で、下のお召し物も高価そう。

 私は嫌な予感がして、フレアを肘でつついた。

「ねえ、カエン様が敬語使う相手って……?」

 小声で尋ねると、フレアも顔を引きつらせて震えながら答えた。

「こ、皇帝以外にいるわけないじゃん」

 目眩で倒れそうになるのを必死にこらえたのは、言うまでもないわ。

「いままで気づかなかったの!?」

「二人の会話なんて聞いたことないもん! カエン様も言わないし! まさか遊びに来てるなんて思わないじゃない!」

 トイチ様は動揺する私たちに気づく様子もなく、近くへ寄って来た。

 もうダメ! 皇帝様なんてムリ! 高貴すぎて、私、平常心でなんていられない。

「ティターニヤ?」

「へ?」

 きゃあ! 変な声出しちゃった! でもなに? ティターニヤって。宮殿の挨拶?

「あ、あの、なんですか、それ」

 私が困惑した顔をすると、トイチ様は急に寂しそうに微笑んだ。……なにかしら。胸がキュンとする。

「覚えてないならいいんだ。気にしないで」

 ……なにを?

 首をかしげていると、トイチ様はスッと私の手を取った。

「逢いたかった。もしよかったら、この中を案内するけど」

 一連の動作はあまりに自然すぎて、なかば惚けてしまったわ。

 私は彼から視線が離せず、誘われるまま手を引かれて歩いた。フレアのことが気にかかったけど、カエン様がいるから大丈夫と言い聞かせて、彼について行った。


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