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再会

 黒い髪。黒い瞳。白い肌。

 十六歳の私は新しく通う学校のことで胸がいっぱいだった。鏡の前で髪をときながら、何を着て行こうかとソワソワしていた。

「あー、どうしよう。上手く内巻きにできないわ」

「霧で濡らせばいいじゃない?」

 母が言い、ささっと水を散らした。

 父は風属性。母は水属性。私は父の血を受け継いで風属性。

 母は散らした水で私の髪を濡らし、ブラシで丁寧に巻いてくれた。そのあと風で乾かせば完璧。

「ありがとう」

 私は娘らしいドレスを着て鞄を持ち、弾むように家を飛び出した。


「ティナ!」

 学校へ向かう道の途中で友達に呼び止められた。長い髪をツインテールにした彼女は火属性。名前はフレア。子供の頃、公園で知り合って以来の親友。今日から同じ学校に通うの。

「一緒に行きましょう」

「う、うん」

 とても仲がいいし、フレアは気さくな子だけど、私はちょっと遠慮がちに返事してしまう。それというのも身分が違うから。


 この世界の人はみんな裕福ではあるけれど、それなりに身分差というものがあるわ。

 フレアは言うなれば貴族。私は平民。特にフレアは、ご先祖様にカエンという方がいらっしゃるから貴族の中では最高位。カエン様は火属性最強の方で、御歳六千五百歳とか。考えられないほど昔の人だけど、外見は三十くらいにしか見えないという噂。皇帝様に英雄と認められて悠久の時を生きる人になったとか。

 ということは皇帝様もだいたいそのくらいのお歳なのね。あまりにもすごくて想像つかないわ。

 私はげんなりしながら、通学路を歩いた。


 私が通おうとする学校は、フレアのような貴族が大勢通う学校。私のような一般人が入るのは少しめずらしいの。毎年入学する人数は百人。そのうち十人くらいが一般人。貴族は平均して地水火風を操る力に長けているけど、一般人は希少。その割合と言っていいかしら。

「合格したのは嬉しいけど、緊張しちゃうわ」

 私が言うと、フレアがポンと肩を叩いた。

「大丈夫! 私がついてるわ!」

「あ、ありがとう」


 頼もしいことは言ってくれたけれど、フレアは有名人。なにしろカエン様の子孫だもの。教室に入るとあっというまに囲まれて、対応に追われてしまったわ。

 弾き出された私はしかたなく窓際の机について、ふと窓の外を見た。美しい校庭が青空に映えている。素敵な学校。こんな学校に通えるなんて夢みたい。

 お父さん、お母さん、私きっとがんばるわ。


 私の夢は宮殿に勤めること。そのためには優秀な術者にならなければいけない。この学校は登竜門ってとこかしら。

 未来を夢見ながら、私は綺麗に手入れされた垣根を眺めた。迷路のように形作られた庭園はこの世界を表しているのだとか。

 中央の円は皇帝様がいらっしゃる宮殿を、右上の扇状の迷路は風を、右下の波打つ迷路は水を、左上の放射状迷路は火を、左下の四角い迷路は地を。

 四大元素に育まれた豊かな世界。それがここ「元素界」。


「ちょ、ちょっと。助けてよ」

「え?」

 窓の外から目をそらして振り向くと、すっかり疲れたようすのフレアがいた。

「だ、大丈夫?」

「大丈夫じゃないわよ、もう」

「ごめんなさい」

「あら、あなたのせいじゃないわ。私こそゴメンなさい」

 フレアはニッと笑い、となりの席についた。

「ねえ、今日こそ私の家で遊ばない?」

「……でも」

「遠慮することなんかないのよ。ご飯も食べて行って」

「悪いわ、そんなの」

「平気平気。なんか入学を祝ってくれるっていうし、どうせ食べきれないほど料理が出るわ。加勢して」

「それ、私じゃなくても」

「なに言ってんの!? ティナを呼ばずに誰を呼ぶのよ。親友でしょ?」

 私は照れくさくなってカーッと顔を赤くした。フレアはそれを見て、ぐっと親指を立てた。

「決まりね!」


 放課後。いったん家に戻って着替えたあと、フレアに連れられて彼女の家へ行った。やっぱり考えられないような豪邸で目が回りそうだった。

「私、やっぱり」

「なに言ってるの、ここまで来て」

 フレアは強引に私の腕を引っ張って中へ入って行った。


 見たこともないような真っ白い大理石の床と柱。金の装飾。豪華なシャンデリア。高い天井。大きな窓ガラス。パーティー会場になる部屋には「いったい何人招待されているのかしら」と驚いてしまうくらいの長いテーブルがあって、レース編みの美しいクロスがかけられている。

 燭台も金。花瓶の花も一流の人が飾ったのだと、ひと目でわかってしまうほど素晴らしい。

 場違いすぎるわ、私。

 身をすぼめていると、男の人たちの笑い声が聞こえた。家の人かしら。

 そう思って視線を送ると、三十歳くらいの背の高い男性と、二十歳くらいの中背の男性が部屋へ入ってきた。その姿を見てフレアが言った。

「カエン様、早い。準備まだできてないよ?」

 カ、カ、カエン様! 嘘っ! そんな偉い人まで来るようなパーティーだったの!? そりゃ彼女の身内だから来ても不思議ではないけど、私、無理! 絶対に失礼なことしちゃうわ。

 一気に緊張して固まっていると、フレアが私の手を引いた。

「この子、学校のお友達。ティナよ」

「は、は、はじめまして!」

 私は慌てておじきした。いきなり紹介なんて、ひどいわフレア。心の準備くらいさせてよ。

「ティナ、こっちの背の高いのがカエン様。そしてこっちがトイチ様」

 フレアの紹介に顔を上げて見た。

 カエン様は火属性最強にして皇帝の側近、そして英雄の資格を得た男——まさにそんな感じがするような精悍な面差しの人だった。そして一緒に紹介されたトイチ様という方は……

 な、なにか真剣な顔をして私を見てる。どうして? やだ。すごくドキドキしてきちゃったわ。どうしよう。恥ずかしい。

 半分足がすくむ思いでいると、彼は少し私に歩み寄ってきた。

「ティナ? それが君の名前?」

 私はびっくりして、思わず凝視し返してしまった。すごく優しくて素敵な声だったんですもの。

「あ、はいっ。そうですけどっ」

「……そう」

 彼は少し視線をそらし、思案するように軽く拳を顎に当てた。カッコイイ。こんな素敵な人に出逢えるなんて、来た甲斐あったかも。

 でも、たぶんこれ、とっても良くない状況よ。

 彼は私をどこのご息女だったろうかと記憶をたぐっていらっしゃるのよ。知らないでは失礼だとか、いろいろ体面を気にしていらっしゃるんだわ。大変。


 私はフレアの袖を引っ張って、彼らから少し離れた。そして小さな声で、

「私、やっぱり帰る」

 と告げた。

「ええ!? なに言ってるの?」

 フレアも小声で答えた。

「彼……トイチ様? 私のこと誤解なさっているみたい。最初に貴族じゃないって紹介してくれなきゃ困るわ」

「なにそれ。彼はカエン様とよく遊びに来てるわ。きっと気を遣うような人じゃないわよ」

「えっ! よく来るの? 嘘っ、うらやましい!」

「はい?」

「あんな素敵な人が家に遊びに来るなんて、夢みたい」

「……ティナ。あなたの好みって、ちょっと変わってる?」

「えっ、なによそれ」

「だって、一目惚れするような顔じゃないじゃない?」

「フレア、あなた視力いくら?」

「なんですって! 私の目が腐ってるとでも言いたいの!?」

「そこまで言ってないじゃない」

「ゴホン!」

 急にカエン様が咳払いをして、私たちはビクッと背筋を伸ばした。

「内緒話なら向こうでしろ、フレア」

「あは、あはははは。ごめんあそばせ〜」

 私たちはパーティーの用意が整うまで、いったんその場から退散することになった。


***


 でも本当に大変だったのはパーティーが始まってからだった。私はほとんど硬直状態。だって……

 だってトイチ様がずっと見てるんだもの! なぜなの!? そんなに見つめられたら私、死んじゃうわ!

 私は泣きそうになりながらフレアに勧められるまま出されたお料理を食べた。けど途中でフレアも非常事態に気付いてくれたみたい。タイミングを見計らって、少し外へ連れ出してくれた。

 会場からほど近い中庭。すっかり日が暮れてしまっているけれど、電灯に照らされているから明るい。オシャレなベンチが置いてあって、花がたくさん咲き乱れている。すごくキレイな庭。貴族のお家って手入れが行き届いているのね。

「驚いた。彼、もしかしてティナのこと見初めたんじゃない?」

 からかうようなフレアの言葉に、私は真っ赤になった。

「嘘でしょ? そんなはずないわ」

「どうして?」

「だって、私のような平民の娘……」

「あら、宮殿に勤めてるからって彼が貴族とはかぎらないじゃない」

 フレアの言葉に、私はキョトンとしたあとスッと肩の荷を下ろした。

 それもそうだわ。私だって宮殿で働くことを目的にがんばっているんですもの。

「ていうか、本当にどちらの方なのか知らないの?」

「興味ないから」

 私の質問にあっけらかんと答えるフレア。彼女があまり身分差というものを気にしない子だというのは知っているけど、そんなに無関心でいいのかしら。まあ、彼女自身が最高位の貴族だからそれでも差し支えないのかもしれないわ。上の者が下を気遣うことなんてあり得ない話だもの。

「今度それとなく聞いておいてくれない?」

「わかったわ。あなたがすっかりお熱だから教えてって言ってみる」

「キャー! やめてよ! それとなくって言ってるじゃない!」

「ふっふっふー」

 フレアは意地悪く笑って、そそくさとパーティー会場のほうへ向かって歩き出した。私は慌てて追いかけながら、「絶対やめて。そんなこと言ったら絶交よ」と一生懸命に繰り返した。


 でもこれを機に、私とフレアの仲が深まったことは事実。少し遠慮がちだった私はいつのまにかフレアに壁を取り払われていた。


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