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ツイてる日

学校でも人気者のわたしはクラスメイトからたくさんのプレゼントをもらってご満悦だった。両手に余るほどの贈り物。ほとんどが参考書だったのが気になるけど、善意の表れにちがいない。放課後まで幸せな気分だったところに、デコレーションされた携帯電話がメールの通知を告げた。

 わたしの高校では携帯の持ち込みは禁止されている。

 校内で使用しているのが見つかればもちろん没収され反省文を書かなくてはならないのだが、大部分の生徒はうまく隠れて使っている。

 だいたい、休み時間に先生が教室にやってくることがほとんどないのだから、見つかるはずがないのだ。

 マナーモードのバイブレーションが終わらないうちに画面を開く。

 送り主は結城優一だった。

 心臓が跳ね上がりそうになる。わたしは思わず女子トイレの個室に駆け込んで、深呼吸した。空気が悪いとかそういうことを気にしていられる状況ではない。

 優一とは同じ高校に通っているがクラスが違うため、廊下ですれ違うときくらいしか顔を合わせる機会がない。

 昨夜のように直接訪問するのでなければ、やりとりはほとんどメールで済ます。とはいっても筆不精な優一がメールを送って来ることは滅多になくて、あるとしても業務連絡のように淡泊な内容だった。

 メールを読みたい気持ちと、怖い気持ちが交錯する。

 わたしは目を閉じて、ボタンを押した。おそるおそるまぶたを開ける。

「今日、放課後に公園の前で」

 短い本文だった。題名もなにもない。

 けれど、優一の伝えたいことは充分にわかった。昔からすこし言葉のたらない男なのだ。

「公園の前で――会いたいってことでしょ」

 口にだしてみると、恥ずかしさで顔が火照りそうになる。

 具体的な名称は書いてないけど、わたしたちの間で公園といえば一ヶ所に決まっている。通学路を半分過ぎたあたりにある、大きめの自然公園だ。

 犬の散歩やランニングをしている人を見かける以外には寂しい場所で、いまは葉を落とした木が目立っている。そこまで行くと同じ高校の生徒に出会う可能性はほとんどない。ふたりきりでいても、目撃される心配がないということだ。

 自慢じゃないがわたしはいままで彼氏というものがいたことはない。

 そんな関係になるのかどうかすらわからないのに、わたしの妄想は先走っていく。とめどなく浮かんでくるロマンチックな情景。そういえばもうすぐクリスマスだなとか、幼稚園のときの遠足で手をつないだなとか、友達に誘われてサッカー部の試合を応援に行ったこともあったなとか――わたしは頭を両手でたたいた。

 期待しちゃいけない。

 そうだ、ただ呼びだしただけかもしれないし。

 ストラップの付いた携帯電話をスカートのポケットに押し込んで、わたしはドアを抜けた。洗面所の出入り口に取り付けてある鏡で髪形をチェックする。今日の朝はあまり時間がなかったせいで、セットがうまくいっていない。

 一度家に帰ってから向かったほうがいいだろうか。

 いやいや、待たせちゃいけないし。

 そんなことを考えていると授業のはじまりを告げるチャイムが鳴った。わたしはあわててトイレを飛び出したので転びそうになったのを、どうにかこらえた。

 今日はツイている。



 結局、わたしは家に戻ってから公園に向かうことにした。

 重たいプレゼントをどっさりと部屋にぶちまける。そのままダッシュで洗面所に飛びこみ、髪やらメイクやらを整えなおす。

 こんなときはショートヘアーでよかったと思う。

 長すぎて静電気に引きつけられた髪が宙に浮かんでいるなんてことにならないから。マフラーをはずすときなんて大変だろう。

 髪には気を使っているつもりだ。シャンプーは自分用の高級なものをつかっているし、きっちり二回洗っている。いつだったか和也が無断で使ったことがあったのだが、きついお叱りを入れたらそれ以降は反省してくれた。

 めずらしく涙目になっていたから、深く心に刻んだはずだ。

 アイラインやまつ毛はいじらない。わたしはあまり濃すぎるメイクが好きじゃない。洗面所に放置してあった小顔ローラーをすべらせる。眉毛を整えて、軽く香水をふりかける。

 時間を確認すると、気付かない間にずいぶん経っていた。

「やっば……」

 待ちくたびれて帰ったりはしていないだろうか。

 わたしは大急ぎでローファーに足をつっこみ、駆けだした。冬の早い夕暮れが、もうはじまろうとしていた。

 優一は公園のうらぶれたベンチに座っていた。

 メールで催促することもできただろうに、寒いなかずっと待っていたのだろうか。わたしが走って近づくと、コートのポケットから手を出した。

「ごめん、待ったよね」

「いや。俺もいま来たところだから」

 まるでドラマのセリフじゃないかと我ながら恥ずかしくなる。

 優一はいつもよりさらにぶっきらぼうに見えた。

「歩こう」

 ぽつりというと、立ち上がる。わたしは背の高い優一のとなりを歩く。こうしてふたりで並んで歩くのはいつ以来だろうか。小学生のときはよくこの公園で一緒に遊んだものだ。

 それが中学生のとき優一に彼女が出来たということで、いつの間にか疎遠になっていた。

 幼馴染がほかの女の子と楽しそうに笑っているのを見ると、胸がきゅっといたんだ。

「寒くなったな」

「そうだね。もう冬だもん」

「もうすぐクリスマスだな」

「それが終わったら一年が終わっちゃうんだよね」

「はやいな」

「うん」

 沈黙が降りてくる。

 空は夕暮れ色から、薄い暗闇へと変わっていく。肌寒さが増したせいか優一はまたポケットに手を突っ込んでいた。

「高校が終わったらどうするんだ」

 優一が聞いてくる。

「大学に行こうかなって思ってる。優一は?」

「俺も。早坂とは同じ大学にならないかもしれないけど」

「――そうなんだ」

 残念だね、とはいえなかった。

「俺たち、ずっと同じ学校だったから不思議な気分だ。お隣さんってだけなのにな」

「わたしも変な感じ。優一がどっか行っちゃうみたい。すぐ近くにいるのにね」

「……これ。誕生日だろ」

 ポケットから出したのはきれいに包装された細長い小箱。受け取ろうとすると、指がちょっとだけ触れた。

「ありがとう。開けてみてもいい?」

 小さくうなずく。

 シールを丁寧にはがし、紙が破けないように注意しながら包みを開く。毛糸の可愛らしい手袋がひょっこり顔をのぞかせた。

「こんなもので悪いな」

「ううん。嬉しい。ありがとう」

 優一からプレゼントをもらったことなどいままでなかった。この手袋は大切にしよう。毎日、これ見よがしにはめていってやる。毛糸のやわらかな手触りが温かい。さっそく両手にかぶせると、かじかんだ指によく合った。

「高校生活もあとすこしだしさ」

 と優一がいった。

「俺は早坂ともっと一緒にいたい。いさせてほしい。だから、付き合って下さい」

 覚悟していたセリフとはいえ顔の血管が破裂しそうなくらいに恥ずかしい。真っ赤になった表情を見られたくなくて、わたしは顔をそむけた。

「……駄目かな」

 くそ。どこまでもいじらしい奴め。

 わたしが告白されたことがないのを知っていておちょくっているに違いない。あの目で見つめられたりしたら頭がどうかしてしまいそうだ。

 気付かれないように深呼吸。わたしは大丈夫と自分にいい聞かせる。頬をつねってみる。夢じゃない。

「いいよ。付き合おう」

 恥ずかしさをこらえているせいかつっけんどんな口調になる。

 優一の顔に笑顔が広がる。こうしてわたしは誕生日プレゼントと初めての彼氏を手に入れた。寒い冬の、とある日のことだった。

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