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行方

「お疲れさまでした。実に鮮やかなお手並みです」

 次の料理バトルに備えて待機所にワープすると、スーツ姿の美少年が出迎えた。

 ずっとこの場で戦闘の行方を見守っていたのだろう。わたしは純くんから手渡された紅茶を飲みながら、感想を求めた。

「どうだった?」

「素晴らしい成果です。あとは喜美子様に任せるしかないでしょう」

「十点差で足りると思う?」

「トーナメントにおいては審査が厳正化されます。上位ランカー同士の戦いになると、料理バトルでの差別化を図りにくくなるためです。つまり実力のあるものにとっては有利な条件となりますが、劣るランカーは点差をつけられやすくなるということです」

「お母さんだって料理は上手だよ」

「相手の腕がどれほどのものかわかりませんが、十点差は安心できるリードではありません」

 勝利したとはいえ、いくつもの罠を仕掛けるために時間をかけてしまったし、父の反撃によって小さなダメージをいくつも受けていたため、評価はあまり良くなかったのだ。

 トラップで一撃必殺を狙った作戦が裏目に出てしまった結果だ。

「――お疲れ様です」

 細々とした声がして振り返ってみると、優花が部屋の隅に立っていた。

 人工知能が相席しても構わないという判断だろう。

 これで待機部屋には美少年がひとりと、美少女がふたりとなったわけだ。

 わたしは勝者の余裕を持って話しかけた。

「お疲れ様。あなたの技術すごかったよ。まるで時間を止めているみたいに正確で速かった。武器のチョイスも、嫌なところばかり攻めてきてたし」

 そんな言葉が出てきたので、わたしは自分でも驚いていた。

 対戦相手の技量を褒めることになるなんて。激闘を繰り広げたスポーツ選手たちが試合後にたたえ合うような心境だったのかもしれない。

「ありがとうございます」

 楚々とこたえる。

 それにしても、近くで見ると美人っぷりが際立っていた。

 バーチャル空間というだけあって理想的な美少女が作れるためだろう。不自然でないくらいの大きな瞳に、左右対称の顔立ち、それに羨ましいくらいの艶やかな髪も、すべてが完ぺきだった。

「あなたお父さんとはどのくらいの付き合いなの?」

 わたしは気になっていた疑問をぶつけた。

 優花がいれば父のランクが上がるのもうなずけるし、逆に強くなったからこそ優秀なアシスタントが必要になったのかもしれない。

 どちらにせよ、父の空白期間の記憶を埋めるのに彼女の存在は欠かせない。

「五年前からオペレーターを務めさせていただいております」

「その頃からだよね、お父さんの仕送りが増えたのって」

 優花は間接的にわたしたちの生活を支えていたということになる。人形のように端正な少女は、心配そうにモニターの画面を見つめた。

「……あの、勝負の話は本当なのでしょうか」

「なにが?」

「喜美子様が勝ったら主夫を廃業し、新しい職を見つけるという提案です」

 優花のうるんだ眼を見ていると彼女が本物の人間ではないかと錯覚してしまいそうになる。

「本気だよ。お父さんには、帰って来てもらわなきゃ」

「でも――あの人は、夢を追いかけてようやくそれを実現したばかりなんです。まだまだ上だってありますし、それに最近はランクも良くなっていて……」

「それは……」

 売り文句に買い言葉というのだろうか、威勢よく啖呵を切ってしまった以上、父が約束を反故にすることはないだろう。

 男のプライドは脆いくせに、強がりだから。

 わたしは父が家に収まればすべてが解決するものだと思っていた。だが、当の父は幸せになれるのだろうか。

 捻じ曲げられたレールを修正するには、父を連れ戻すしかない。誰かを犠牲にして得た幸せが、喜ばしいものでないことはよく知っている。母がずっとひとりで戦ってきたことを聞かされたときは、心に鉛を注ぎこまれたみたいに落ち込んだ。

 家族みんなが幸福になる方法はないのだろうか。そして、なるべくなら目の前の少女も含めて。

「お父さんに同情してるんだよね。わたしだって、そうだもん」

「――でも、それは人工知能なんかが決めることではないですよね。でしゃばり過ぎています」

 父は控えめというか、ともすれば陰気な性格を求めたらしい。

 奥ゆかしいとはいくらか違う種類のネガティブさだと感じた。

「わたしは、いいと思うよ。あなたがお父さんのことを心配してくれてなかったら、一人ぼっちになっちゃうもん。わたしだってお父さんにイジワルしたいわけじゃない、どうやったらハッピーエンドになるのかみんなで考えようよ」

 人工知能とはいえ他人の意見を得られれば良案を思いつくかもしれない。

 父と母が料理を作っている三十分の間に、わたしたちはテーブルを囲んで議論することにした。

 まだどちらが勝つと決まっているわけではないが、ただ待つだけというのは辛いものだ。優花にしてもわたしにしても気を揉んでいるよりは行動した方がいい。

「純くんはどう思う?」

 議長であるわたしが聞く。

 もっとも公平な立場にいられるのは美少年の執事だろう。

「喜美子様がそう望まれるなら、ご自宅のほうへ帰参するのが妥当だと考えます。それがご家族のためになるのでしたら尚更です」

「お母さんが帰って来なくてもいいといったら?」

「現状維持のままでいいのではないでしょうか。近くにいらっしゃることですし不便もないかと」

「優花ちゃんは?」

「……約束は、約束ですから」

 それが本心でないのは、うつむいた視線から簡単に読みとれた。

「遠慮しないでいいんだよ。素直な気持ちを伝えて」

「でも……」

「それがお父さんのためになるんだよ。あなたがお父さんを守ってあげなきゃ」

 若干の沈黙の後、優花は小さな声で意見を述べた。

「このままキッチン・ド・ランカーを続けさせて欲しいです。まだ、夢の途中だから」

「オーケー。お父さんの幸せを確保するにはランカーとして戦いをやめないことが条件になる」

「しかし、同じ家から参加できるのは一名のみです。どちらかが諦めなければなりません」

「基本的には同居していて、ランカーの戦いに行くときだけ違う家に向かうっていうのはどう?」

 優花が首を横に振った。

「あの人は主夫になりたいのです。主婦と主夫は、同じ屋根の下で暮らすことはできません」

 同じ発音の単語が並んで混乱しそうになるが、優花の意図するところはわかる。

 昔は父と母の衝突もあったことだから、ふたりが空間を共有すればどうしても役割がかぶってしまう。両者の意思を尊重する手立てはないものだろうか。

「お母さんは主婦を続けたいのかな」

 ふと疑問に思った。

 母はどうして家事をしているのだろう。

「それは確かです。喜美子様は辛いことがあってもランカーをやめなかったのですから」

「でも、それって戦うのをやめたら家計が苦しくなるからだよね。その必要がなくなっても、お母さんはまだ主婦でいたいと思うのかな」

「……僕には、わかりかねます」

 純くんが口をつぐむ。

「なぜなのでしょうか」

 優花も押し黙ってしまった。

 どうして主婦でいたいのかという疑問と、どうして戦うのかという疑問は、似ているのだと思う。

 多分、このことをわかっているのは三人のなかでわたしだけだ。

 料理対決を見守る時間は、長いようで短かった。

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