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家族

 モニタールームは、トーナメント本戦というだけあって普段よりも二倍ほど大きかった。独り暮らしのアパートの一室を丸ごと空けたような空間に、両手では抱えきれないほどのモニターが浮かんでいる。

 手元にあるパネルの表示はいつもと変わりない。武器交換のためのボタンが用意されている。

 モニターのほとんどを占めているのはジャングルのフィールドを監視するカメラの映像だった。予選とは比べ物にならない広さのフィールドの各所にカメラが設置されているため、ひと目では把握しきれない。

 目立たない動きだったら気付かずに敵の接近を許してしまうかもしれない。

 緑ばかりの映像をどうやって処理するのかも、オペレーションの鍵になりそうだった。

 こんなに仕事が多いなら純くんを呼びたいくらいだ。

 わたしひとりでカバーするためには、腕がもう二本と、眼が四つは必要になる。

 優花の端正な顔立ちがよみがえってくる。

 夢を追うといって、家族を放って美少女との生活を楽しんでいたなんて。

 母はそんな動機で戦っているわけじゃないと拳を振り上げかけたが、純くんという美少年をかこっているのを思い出してやめた。

「遥香、聞こえてる?」

 母からの交信の状態は良好だ。

 モニターに映る母の周りには緑の障害物しか存在していない。カメラのない現地では自分が歩いている位置さえ正確に把握するのは困難だろう。

 上手く誘導してあげなければ、父と接触しないまま一日が終わっても不思議ではない。

 わたしはモニターの地図を読み、母の位置情報を伝える。

「いまは森の東端にいる。そのまま直進すると小高い丘に出ると思うから、とりあえず動いてみて」

「作戦はあるのね」

「いまから考える。けど、しばらくはお父さんと遭遇することはないと思う」

「わかった」

 その時、ちらりとカメラの端を人影がよぎった。一瞬だったが見間違いではないだろう。場所は北端、母が森の中央に向かって歩いている以上、最初に出会うとすればそこだ。

 マップの中央には隆起した丘があり、それを乗り越えると巨大な湖が広がっている。ほかにも地溝帯らしき穴が南北にかけて走っているなど、地理的な特徴には事欠かない。

 このうちのどれかを使って、戦闘を有利に進めなくては。

 人工知能がいかにして戦術を編み出すのか想像できないが、とにかく実際に歩き回ってみるのが一番だ。

 広い森のなかで人同士が会うのは、そう簡単なことじゃない。

「ねえ、お父さんの夢ってほんとに主夫になることだったの?」

 母が木々をかき分けて歩くあいだ、わたしはモニターに注意を向けながら聞いた。

 父について質問したいことは山ほどある。

「そうよ。家事の好きな旦那ができたと喜んでいたら、本気で主夫になりたいって仕事をやめて出て行っちゃった」

「寂しくなかったの?」

「そこらへんに住んでるのは知っていたし、会おうと思えばすぐに会えたから。あんたたちが学校に行っているあいだに食事したりもしてた。いないならいないで、気楽なもんよ」

「収入はどうなってたのよ」

「最初は貯金をくずして生活してたけど、お母さんもお父さんもランクが上がってくるにつれて家計もどうにかなるようになった。特にあの人はランクが高いみたいだから、生活くらいは余裕らしいわ」

「お母さんは悔しくなかったの?」

「悔しいって?」

「だってお父さんは、お母さんのやることに不満があったから家出してたわけでしょ。それなのに戦い続けるなんて――」

「あの人だって家族について考えてないわけじゃないのよ。けどね、許せないことがひとつある」母は珍しく憎々しげな口調だった。「家のことを私に任せられないっていうのよ。お前の家事じゃ物足りない、おれにやらせろってね。それでしょっちゅう口喧嘩になってたから、別居はいい解決策だったのかもしれないわ」

「そんなの、絶対にダメだよ」

 わたしは力を込めていった。

「家族はそろってないといけないんだ。同じ家の下で、なかよく暮らして、そうできない人だっているのに。わたしたちが自ら一緒にいられる権利を放棄するなんて」

「遥香……あんた、もしかして寂しかったの?」

 母の質問には答えなかった。

 父が家にいなかったせいで、母が苦労を重ねてきたのは事実だ。父親の代わりに和也と遊んであげるのもわたしの役割だった。

 突然いなくなってしまった父の面影を、近くの誰かに求めていたのかもしれない。

 家族のそれぞれが、足りなくなったピースをほかの誰かに重ねていたのだ。

 けれど、そうやって埋め込んだいびつなジグソーパズルは、うまく絵を描けない。不自然な現実ができあがってしまう。

「お母さんだって、本当はそうなんでしょ。和也だってそう。お父さんのことなんてほんのすこししか覚えていないけど、それでも消えちゃダメなんだ。戻って来てもらおう。いままで留守にしていた負債を、全部返してもらわなきゃ」

 夢を追って家を出た、どこか少年らしさの残る父を、母は美少年に求めた。

 頼るべき背中がいなくなった弟は、姉のそれを錯覚した。

 わたしは――。

「だから必ず勝とう。みんなのために」

「――そうね。久しぶりに家族団らんっていうのも、悪くないわ」

「食卓を家族四人で囲んで、お母さんの美味しい料理を食べる。次の日はお父さんの料理。家事も分担。わたしも手伝う」

 夢物語のような、あたりまえの光景を取り戻したい。

 全身を鳥肌が伝っていく。武者ぶるいだ。

「お父さんとお母さんって、どっちの方が料理上手なの」

「……残念だけど、向こうかしらね。昔からそれだけは勝てなかった」

 ということは、戦闘ポイントを稼がなければいけない。それもなるべく差をつけて。

 わたしはE4の言葉を思い出していた。

『人間様のやることはわからねえ』

 あの人工知能じゃ、夢にも思いつかない奇策で父を完膚なきまでに叩きのめしてやる。十数年の旅路は、今日でお終いだ。

 深く息を吸い、吐き出す。

 トーナメントというだけではない。家族の未来さえもがわたしの両肩にかかっている。オペレーターが純くんでなくてよかったと、このときばかりは感謝しないわけにいかなかった。

 おかしくなった関係を修復できるのはわたしと母だけなのだ。

 人類がはじまったジャングルで、家族が生まれ変わる。ちょっとだけロマンチックな響きだった。


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