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本戦

 トーナメント当日は朝からトレーニングルームにこもって最終調整を行うことにしていた。武器交換をスムーズにできるかというチェックや、ショートカットキーの確認。それからレベルを上げた仮想敵との戦闘。目で追うだけでも精一杯の動きのなかで、正確に武器を渡すのは至難のわざだった。

 失敗するたびにE4の怒号が降ってくる。

 数時間にも及ぶ準備運動を終えるころにはすっかり疲れ果てていた。

 ソファーに頭から倒れこむ。母はひとりでトレーニングを続けている。ものすごい集中力だ。

『こんぐらいでへばってるようじゃ、まだまだだな』

 E4のからかう声がうるさい。

「あなたも指示が追いつかなくてオーバーヒートを起こしたことがあると聞きましたよ」

 紅茶を運んでくるついでに純くんが有益な情報を提供した。

 性格のひねくれた人工知能が静かになる。事実なら何度でもからかってやろう。

「純くんは緊張とかしないの?」

「そのような感情はプログラムされていません。機械は正確性が命ですから」

「E4にも?」

「E4は精神年齢を幼めに設定されています。そのためミスをすることも一定の確率であります」

「へー」

 純くんみたいにおとなしくて可愛い男の子だったらよかったのに。

 ひょっとすると母の性癖は年下の男の子だったらなんでもいいのかもしれないが。

「あの悪口をどうにかすることはできないの?」

「基本的には誰に対してもあのような態度をとります。ある程度の付き合いがあり、実力を認められると、多少はよくなるのですが」

「犬みたいなロボットね」

『だからロボットじゃねえ!』

 反論できるところは素早く反応してくるあたり、あざとい。

 わたしはひとり格闘している母をながめながら、純くんに聞いた。

「もし子どもが独り立ちして、家計が楽になったらランカーはどうするの?」

「多くの方々は引退されます。身体的にも精神的にも負荷がかかるためです。ですが、この技術が開発されたのはここ数十年のことですから、もっと進歩すれば変わるかもしれません」

「じゃ、将来はキッチン・ド・ランカーがなくなっている可能性もあるってこと?」

「どうでしょう。なにしろ次世代を担う最先端のテクノロジーですから」

「どうして公表しないんだろうね」

「なかば公にしているようなものですが、社会的には秘密にしておきたいということでしょう」

 純くんの予測によれば、キッチン・ド・ランカーに限らず、バーチャル空間に関する技術が普及するまでそう長い時間はかからないだろうということだった。

 夢に描いたような未来都市ができあがっているのだろうか。

『余計なことばっかり考えてると本番に集中できないぜ』

 実体のない人工知能は、ときどき考えていることを見透かしたようなことをいう。

 トーナメント本戦がはじまるまで残された時間はわずかだ。テスト前とは違った緊張感が心臓を掴んで脈拍させているみたいだった。

 時計を呼び出す。

 戦いのアナウンスまで、あと十分というところだった。

「予選とははっきり申し上げてレベルが違います。動き、予測、戦術、戦略、どれをとっても完全にいままで経験したことのない世界です」

『そのときにどれだけ落ち着いて対処できるか、そいつが明暗をわける。圧倒的な格の違いに驚いて相手のペースに呑まれたらお終いだ。立て直す暇なくもってかれるぞ』

「……そんなに、けた外れなものなの?」

「喩えるならいままでスライムしか出てこなかったものが、いきなりドラゴンになるようなものでしょうか。運が悪ければドラゴンの群れです」

『喩えるならザリガニ釣りがマグロの一本釣りになったようなもんだな』

 マシンの性能差はこういうところに表れるらしい。

 わたしは純くんから紅茶をもらって、たっぷりと匂いを堪能した。紅茶の香りには緊張を和らげる効果がある。多少の気休めくらいにはなるだろう。

 母がトレーニングから戻ってくる。

 あれだけの運動をしても汗ひとつかいていない。普段は目元にしかない小じわが、いまは口元と首筋にも見受けることができる。母なりに表情をこわばらせているということだろう。

 アナウンスがゴングを打ち鳴らす。

『頑張れよ』

 プライベートルームを離れる寸前にE4の声が聞こえてきた。

 わたしはすこしだけ口角を上げて「ありがとう」とつぶやいた。一瞬、目の前が真っ白に染まる。コンマ何秒後かには、アフリカの奥地にあるような太古の森林が出現していた。

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