論理的な俺と比喩的な彼の愛を議題にした討論会。
その日、僕は隣にいた彼に今俺がもっている人生最大の疑問を問いただしてみた。
「なぁ、《愛》ってなんだと思う?」
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見上げればそこには蒼い空、白い雲。
とはいかないどんより曇っている今日の空模様。降水確率は20%弱という感じだ。
『はぁ?』
「いや、コレ持ちの依織なら解るかなと。」
そういって俺は右手の小指を立てる。
その向こうに見える男は、缶コーヒー片手に呆然と俺を見ている。
『…紅、キモイ。むしろキショイ。』
「なんとでも言え。でもとりあえず俺の疑問にも答えろ。」
『なんで命令口調なんだよ!』
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最近のラブソングはありきたりの歌詞であふれてる。
もうそれこそ、《愛してる》やら《信じる》やら《君がいなきゃ僕は駄目なんだ》とかなんやら。
でも実際愛って何?と聞くと大抵のやつは言葉につまる。こんなにも沢山耳にしたりすんのにな。
だいたいまず、目に見えない、あるという確証もないのにこんなに世の中に普及してる言葉はないよな。
俺は子供の頃から、目に見えないモノは信じない性格だった。
愛とかもそれに当てはまるモノだったりしてて。
あ、感情だからモノっていう代名詞は間違いか。
とにかく、俺は実際愛とか信じてないんだ。
けど、そんなひねくれ根性の俺がこんな質問をしたのには、ちょっとした訳があったりする。
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『とりあえずちょいまて。
お前のその質問に答える前に、なんで紅がそんなこと聞くか知る義務ぐらい俺にはあると思うが。』
「ない。」
『即答かよ…。お前本当に何様ですか。』
時刻は午後の6時。
俺たちがいる公園には誰もおらず、俺と依織だけの声がよく響く。
向かいの依織は片手に缶コーヒーに、滑り台に座っている。
俺らの高校の制服は、ブレザーなので今のあいつはどことなくオッサンくさい。
かたや俺は、あんまんを食いながら亀村さんという大きな山オブジェに身を委ねてる。これはこれで子供くさいな。
『んで、一体絶体どうしちゃった訳よ。
いつもの紅なら、<愛とーゆーもんは人間の古来からある自分の種族を繁栄させようとする本能をオブラートで綺麗に包むために先人達が用意したこのうえなく都合の良い言葉だろ>って息継ぎ無しでバッサリいくだろ。』
「よく覚えたなそんな長い台詞。」
『そりゃあお前、ウチの高校No.1のモテ男で美形の椎野紅君が、数々の女をこの言葉で振ってきたからな。
とゆーより斬ってきた、か。もはや名言だぞ。』
「俺は只、自分の想う理論を相手にぶつけてみただけだかな。」
そういって俺は最後のあんまんを口に頬張った。
口のなかに暖かなあんこの香りが広がった。
「まぁ、お前が俺の納得のいく返答をしたら答えてやる。」
『…へぃへぃそーですか。んじゃ、男2人愛について語り合ってみましょうかね。』
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あいかわらずどんよりの曇。
いっそのこと雨でも降ってはくれまいか。
そうすれば、こいつに聞かなくても、この変な気持ちを雨が洗い流してくれるかもしれない。
自分で考えてもサムイ…。なんだ俺乙女か?
「依織の彼女、霞ちゃんだっけ。お前の霞ちゃんへの気持ちこそ愛っていうものなんだろ。どういう感じなんだ?」
『ハハ…照れることきくな。』
依織の顔が赤くなった。これも愛の成せる技というものだろうか。
『んぅ〜どういえばいいのかな。
俺はさ霞のこと考えるだけで、そりゃもう気持ちが暖かくなって…』
「カイロをはっているだけじゃないのか。」
『なんかこう…胸が苦しくなって…』
「動悸か。年だなリーマン。」
『顔がいつの間にかほころんできて…』
「変態か気持ち悪い。」
『…コーゥくーん。
君は何故にそんなつっけんどんな態度とるのかーぃ。
…あ、解った、もしかして愛情のフライ返し…』
ー俺の投げたカンペンは見事依織のデコにクリーンヒットした。ー
「お前の変態根性には愛情を通り越して殺意が芽生えた。」
『き、君はアメリカに行って冗談と本気の境界をまなんだ方がいい…。』
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ふと時計を見てみた。
4:30。俺の帰る為のバスの発車時刻が近付く。
今日もアイツは乗っているのだろうか。
「確か二人の成れ染めは、お前の一方的な一目惚れだったな。」
『一方的なんて人聞きの悪い。』
「何故依織は初めて会ったやつに心ひかれたんだ?しかもお前は何回も告白し、そして何回もふられていた。何故そこまで彼女に執着したんだ?」
『そんなの当たり前だろ。
好きになったのに時間とかは関係ねぇ。
それに、その気持ちが出来たら、その人を自分のものにしたい。
独占欲が生まれる、いい意味でのな。
この手の独占欲はかなりしつこい!俺の場合は特に。』
…ーあぁ。そうか。
「ということは愛=独占欲か?」
『それは違う。
独占欲は愛の中に入ってるんだよ。
んで、まぁ…俺が思うに、その《愛》はさ、言葉で表せないけど、自分が色々な形に変化させる粘土みたいなもんだと思う。
あ、好きと愛は違うとかあるけどさ、多分好きも愛の中に入ってるんだよ。
俺も霞と出会って始め《好き》だった気持ちが今はもう《愛》に変わってる。
俺のなかでは。愛はさ、実体がねぇものなんだ。だから人それぞれ違う。』
…ーこの気持ちはどうやらー…
『でもきっと誰の心の中にもある。だって広辞宛にものってんだし。』
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『とまぁこんな感じかな。…あー自分で言って照れたよ。んで解ったかい?』
野暮だったんだな。こんな質問自体。
「…そっか、そうだったんだな。」
『解けたみたいだな。
いゃ〜あ、お役にたてて嬉しいよ!あぁそうだ、紅がこんなこと聞いた理由だけど…』
俺は依織が言い終わる前に亀村さんを降りた。なげたカンペンもきちんと拾って。
「悪い。もうすぐ帰りのバス来るから帰るわ。」
『はぁ!?何だよいきなり。第一まだ理由聞いてねぇのに…』
「依織。」
…ー悪いがお前の文法滅茶苦茶論では、俺の考え方は変わらなかったけどー…
『あ、あんだよ。珍しく嬉しそうな顔しちゃって。』
「…ありがとな。」
『!!!(今まで何があっても俺に礼をいったことなんてなかったのに!)』
…ーヒントぐらいにはなったぞ。お前にしては上出来だ。ー…
「あと、俺は今からこの質問の原因となった女に会いに行くつもりだ。」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
三週間前。初めてアイツに会った。
学校へ行く時、バスの中だった。
そいつは何故か、他のやつとは違って見えた。何故だか。
いや、多分分かってたんだ。
気付いてたけど、気付かない振りをしていたんだ。ソイツは。茶色がかった黒色の髪の毛で。長さは肩の辺りまであって。右の方に蒼い華のついたヘアピンをしていて。真っ直ぐで綺麗な黒い大きな目をしてて少し小柄で、痩せていて。でもどこか燐としていて。
その髪に触れたくてたまらない俺がいて。
その目に見つめて欲しい俺がいて。
その躯を自分のものにしたい俺がいて。
話かけたい俺がいて。
恋に落ちた俺がいた。
自慢じゃないが、この人生の中で俺は恋というものをしたことがなかった。
だからもちろん愛なんてものも知らなかった。
知りたかった。恋をしてる奴らはみんな楽しそうだったから。
依織もその中に入ってるんだよ。
でも分からなかった。
そんな中アイツに会った。
よく分からなかった。只、胸のところから躯全体に熱いものが染み渡った。
依織のいったとおり、苦しくもなった。とても辛くて、この気持ちを否定してみた。
でも、直らなかった。
依織が言ってたな。好きは愛の内に入るって。
なら、この気持ちが。《好き》の気持ちが、愛を知るヒントになるかもしれない。
だから、俺はまだ見ぬ愛を知るために、バスに乗り込む。
ーーガシャンーー
「(…ハァ、ハァ。間に合った…。)」
依織がいうとおりにいくと、どうやらこの気持ちは好きというものらしい。
なら、その原因を作ったアイツに
初めて好きになったアイツに
この俺に苦しい思いをさせたアイツに
名前も知らないアイツに
責任をとって、俺の愛を知るための重要な助手になってもらおうじゃないか。
今日もアイツは同じ場所にいる。
一番後ろの、左の窓際。
俺は思い立ったら吉日というタイプのようだ。
足が自然と、アイツの方へ歩き出した。
俺は目標達成のために、アイツの近くまできた。キョトン顔でこちらを見ている。
「はじめまして。隣、座ってもいいですか。」
椎野紅。高校三年生。趣味は読書と音楽鑑賞。特技はバスケだが何でもできる。恋愛経験皆無。告白経験皆無。告られ経験大多数。
そんな椎野紅。
どうやら一目惚れのようです。