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第五章【対峙】 4

 ――夕陽に染め抜かれた風景を、こんなにも空恐ろしいと思ったことは私はかつて一度も無い。自分以外に誰の姿も見えない、家屋ばかりの町並みはひどく殺風景で、人の住んでいる気配も感じられなかった。それなのに誰かに見られているような、ひどく落ち着かない気持ちに私はさせられる。


 ただ一心に静謐(せいひつ)を守り続ける町の中、私一人分の足音だけがいやに大きく響いていた。時々、歩きながら辺りを見回す。それは道順の確認と言うよりも、無意識的に覚えていたらしい警戒心の顕れであったようだ。


 細い道を進み、幾つかの角を曲がる。そうして歩みを進める内、おそらくはもう少しで朽葉の貸し本屋に辿り着くのではないかという所まで来た。私は自分の記憶に感謝しながらも、目の前の曲がり角を右へと折れようとした。


 その時、背後で不気味な聞き慣れぬ音が響く。ずずず、という何か重い物を引き摺り歩くような音。瞬時に、振り返るべきか否かという二つの選択肢が閃く。私が選び取る手をどちらへ伸ばすか迷っている間、またも同様の音が背後で聞こえた。私は考えるよりも早く、視線を左へと動かす。それだけでは勿論、背後は見えない。


 意を決して、恐怖からの緩慢な動作で私は後ろを振り返る。其処には、いつか見た山のような生物と思しき金色の塊が(そび)え立っていた。私は自身の目の高さから、ゆっくりとそれを見上げて行く。巨大な金色は、ただ其処にじっと佇んでいるだけならば――加えて遠目からであり、此処が町の中でなければ、単なる山の如し物として見る者の目に映るであろう。


 だが、それは一定間隔で町の中を進んでいる。こうしている今も、私の目前で右から左へ向けて前進している。そのたびごとに生じる、地の底が震えるような音が振動を伴い私に伝わって来る。両足が、動かない。視線は、追い掛ける。


 ややあって、私は弾かれたように正気に返った。此処から住まいに戻るよりは朽葉の貸し本屋を目指した方が近いだろう。目の前の路地を右に曲がれば、確かもうすぐの筈だ。


 私は素早く其処まで思考を築くと、静かに一歩、右方向へと進んだ。ほとんど音は立てずに済んだ。しかしながら金色の生物は不意にぴたりと動きを止めた。それは次の前進動作までの間であるのか、或いは私の存在に気が付いたのか。前者であってくれと祈る私の背には冷や汗が滲んでいる。思わず生唾を飲み込む。


 切願に反し、その得体の知れない生物は首のような部分をぐるうりと此方へ向けて動かした。顔は無かった。けれど、分かる。私の背丈の何百倍もある生物が、私を見ている。その恐怖と、圧倒。私の両の手が、足が震え始めた。


 何かを言おうとしたのか叫ぼうとしたのか分からないまま、私の口が開く。すると、まるでそれに呼応するようにしてその生物に両眼が生まれた。ぐぐぐ、と目蓋を押し開けるようにして開眼して行く。隙間から、鳩の血のような濡れた赤が覗く。


 私の知らない所で私は悟ってしまった。もう、駄目だと。だが、背後で聞こえた何かが小さく()ぜるような音に私の意識が傾く。

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