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第三章【遭遇、降雨】 6

 





 昨日に続き、今日もひどい雨が降っている。叩き付けるような音が絶え間無くばちばちと鳴り、騒がしい。明かり取りの窓の内側から空を見上げると、重く垂れ込めた灰色が頭上一杯に広がっていた。


 私は眠い目を強く擦り、幾度か意識的に瞬きを繰り返す。昨夜は良く眠れなかった。机に置いたままの書物に目を遣る。その内容を思い出しつつ、私は脳裏に更に蘇る映像に心を向ける。


 金色(こんじき)の化け物。あれは一体、何だったというのだろう。私は今までにあのような巨体の生物を見た事が無い。いや、大抵の人間は見た事が無いだろう。もしかしたら夢幻(ゆめまぼろし)の類いだったのかもしれない――それならば、どんなにか良いだろう。生憎、そう解釈出来ないだけの要素を幸か不幸か今の私は知ってしまっている。知らず、押し殺した溜め息が洩れた。私は視線の先にある書物を手に、板間へと向かう。


 珍しく、座布団に似た猫のような彼は土間に下りていた。また、加えて珍しく、その両目は存在を主張するかのように大きく開かれている。普段、彼の目蓋は眼球の存在を思わせない程にぴたりと下りている事が多いので、それも手伝って私は吸い寄せられるようにして彼の目を見ていた。


「読み終わったか」


「ああ」


 一対の黒曜石の瞳をぎょろりと動かし、それらは私の持つ書物を捉える。つられるようにして私も自らの携えた物へと視線を動かす。


「今朝、返す事になっている」


「そうだったな。なあ、どうしてお前はこれを私に持って来たんだ?」


 私が彼に書物を差し出すと、勢い良く彼は口を大きく開く。此処に入れろという意味だろうか。そういえば昨日も、彼は此処から取り出していた。唾液だらけにならないのだろうか。素朴な疑問を持ちつつ、上下の細かく鋭い歯に注意しながら、私は朽葉色(くちばいろ)の書物を其処に置いた。たちまち彼は口を閉じる。そして、そのまま引き戸を開けて外へ出て行こうとした。


「おい、私の質問に答えてくれないのか」


 ぴたりと彼の動きが止まる。僅かに開かれた戸の隙間から、斜めに降り注ぐ大雨が入り込んだ。


「……とにかく、これを返す約束をしているので行って来る」


「せめて傘を」


 言い掛けた私を振り切るようにして、彼は器用にも体を傾け、引き戸の隙間からしゅるりと外へ出て行ってしまった。


 私は反射的に土間へと下り、がらがらと戸を開ける。雨がぶつかる。左斜めに吹き付ける豪雨の中、(けぶ)る水の向こうに彼の灰色の体が見えた。意外にも彼は素早く、その姿はすぐに見えなくなってしまう。私は自分の体が冷えて行く事も構わず、しばらくの間、其処に立ち尽くしていた。

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