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第二章【完全トーティエント数】 6

 だが、声を掛けようとした正にその時を狙ったかのように、地の底まで響くような鐘の音が強く低く鳴った。それを合図としたように、売り子は皆、店仕舞いの準備を始める。客は皆、一様に同じ方向を目指して行く。


「覚えているか。この鐘が鳴り終えるまでに店の外に出なければならない。出口は此方だ」


 ずっと沈黙していた彼が告げる。そして、すいと私の先に出て右に曲がった。私はその後を追うように歩きながらも随分と時間の流れが早いように思えて、内心、首を傾げていた。確か、此処へは午前の内に来た筈だ。それがもう店仕舞いとは。


「なあ、もう夕方なのか?」


 先を行く彼に尋ねると、彼は振り返ること無く端的に返事をする。そうだ、と。その後ろ姿は心なしか急いでいるように見えた。彼曰く、この鐘が鳴り止むまでに店を出なければ閉じ込められてしまうという。最初に出会った時、そう言っていた。


「もし、鐘が鳴り終わっても残っている客がいたらどうなるんだ? 本当に閉じ込められてしまうのか?」


 これにも彼は短く肯定の返答をしただけで、出口と思しき方へと、ただただ進んで行く。その間にも途切れること無く鐘の音が拡散するかのように響き続ける。その強く低い音は、まるで野獣の唸り声のようにも思えた。


 やがて辿り着いた出口――とは言っても入口も兼ねている――から外へと出た時、私達の頭上には美しい夕焼けが広がっていた。思わず息を飲み、見とれてしまう程、それは美しかった。だが同時に、何処か不吉なようにも思えてならない。


 考え過ぎだろうかと空から視線を剥がし掛けた時、私はその動作を途中で停止し、再び焼けた空を見上げる。美しく鮮やかな紅緋(べにひ)。それが警告のように私の脳内へ、じわりじわりと広がり込む。一体、何の警告だというのだろう。


 私は、考えるというよりは思い出すという意識でいた。そして、それは正しかったと少ししてから気が付く。先程、私がした話の中に出て来た色だと。彼女に話した、物語。しかしながら思考は其処で塞き止められる。ふと、彼女の笑顔が夕焼けの空にうっすらと投影されているような錯覚のまま、私は上空を見つめ続ける。


「最小の完全トーティエント数を知っているか」


 瞬間、どきりと心臓が跳ねた。弾かれるようにして声のした方を見ると、数歩先にいる彼が私を見据えていた。彼の瞳はいつものように閉じられていたのだが、射抜くような視線が向けられている、そんな気がした。


「完全……なんだ?」


 不意に言われた言葉を聞き取り切れず、私は彼に尋ねる。


 彼は私に背を向け、私達の家の方へと進み始める。追い掛け、隣に並んだ私に向けて彼がもう一度、言った。


「最小の完全トーティエント数を知っているか」と。


「いや、知らないな」


「……そうか。では、二番目に小さな素数を知っているか」


「素数?」


 復唱した私に対し、彼は明らかに溜め息をついた。


「いや、知らないわけじゃない。確か、一と、その数自身でしか割り切れない……自然数だろう」


 詰まりながらも私が答えると、彼は頷いた。


「そうだ。その素数の内、二番目に小さなものが分かるか」


「さっきから急に何の話なんだ? 数学が好きな猫なんて初めて見たよ」


「何度も言うが私は猫ではない。それよりも二番目に小さな素数が分かるのか、分からないのか」


「ええと……三だな。一は素数に含まれない筈だ」


 あまり自信は無かったが、彼が頷くのを見て正解だと分かった。

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