■第五章:いざ行かん!大台ヶ原
つい最近のことだ。その日の私はすでに津市にいた。懐かしい景色に、ふと昔のことを思い返す。
当時、125ccの小さな相棒で、何度も何度も故郷へ帰っていた。排気量は小さくても、当時の自分にとっては十分に「翼」だった。道中、アクセルを全開にしても追い越されていく、風圧も高速域も敵わない。けれど、地元に帰るたびに「これでいい」と思えた。速度じゃない、無理じゃない、ただ「自分の力で戻れた」という事実が誇らしかった。
そんなある日、つよしが「ちょっと紹介したいやつがいる」と言った。
つよしの家の前に現れたのは、当時まだ大学生の“りきちゃん”。真新しい免許証を手に、つよしからのお下がりのヘルメットを抱えて現れる姿は、かつての自分を見ているようだった。目を輝かせて「アメリカンにのりたいんです」と言ってくる彼を見て、つよしが笑いながら肩を叩いた。
「こいつに任せとけ。バイクのことなら沼に引きずり込むプロやから」
——そうして私は、知らず知らずのうちに“案内役”を任されるのであった。
その日は、私のPCXにりきちゃんを後ろに乗せて松阪の方へ走った。まだバイクに慣れていない彼は、最初はぎこちなく背中に手を添えていたが、風を切るたびに少しずつ力が抜けていくのが伝わってきた。
「バイクって、車と全然違いますね……!」
背中越しにそんな声が響く。初めて風景を直接浴びる感覚に、彼の声は興奮で少し震えていた。
ところが、空模様はすぐに裏切った。ぱらぱらと落ちてきた雨粒は、数分もしないうちに本降りへと変わった。シールドに弾ける音がリズムを速め、アスファルトは瞬く間に鈍い色を帯びていく。
必死に屋根を探しながら走っていると、自販機が何台か並ぶ小さな駐車スペースに辿り着いた。ビニールの屋根がかろうじて雨を遮ってくれる。バイクを停め、二人で駆け込むと、そこだけが世界から切り離されたように静かだった。
ポケットの小銭を探して、私は缶コーヒーを、りきちゃんは缶の炭酸ジュースを選んだ。プルタブを引いた瞬間、雨音と炭酸の弾ける音が重なり、妙に心地よかった。
「ツーリングって、こんな雨の日でも楽しめるんですか?」
りきちゃんが笑いながらそう言った。私は缶を傾けながら頷いた。
「むしろ、こういう不便が思い出になるんや」
それはそうに違いない。現にこうして書いていても雨の日の記憶の方がしっかりと情景として残っているのだ。バイク乗りにとって嫌な日であるからこそ、物語を彩るスパイスになるのは、本当の旅を知った者にだけ訪れる特権なのである。
雨はなかなか止まなかったが、時間を気にする者は誰もいなかった。屋根の下で並んで座り、湿ったアスファルトに広がる波紋を眺めながら、旅とバイクと未来の話を続けた。短い距離しか走っていないのに、そのひとときは妙に長く、濃く心に残った。
次に三重へ戻ったとき、りきちゃんはすでに自分のバイクを手に入れていた。
それはピカピカの新車ではなく、年季の入った400ccのアメリカンだった。クロームはところどころ曇り、シートには細かな擦れがあった。それでも、りきちゃんの目はまるで宝物を見ているかのように輝いていた。
「ちょっと古いですけど……これがいいんです」
そう言いながらタンクを撫でる姿に、私は思わず笑った。初めての相棒を手にした喜びは、年式や外観じゃ測れない。私にとっての125ccがそうだったように、彼にとってこの400ccは「自由そのもの」なのだろう。
対する私は、すでに750ccの大型アメリカンへと乗り換えていた。
排気音は低く太く、道の上に存在を刻むように響く。かつて必死に全開で走っていた125ccの記憶を思い出すと、その進化の大きさに自分でも驚かされる。
空冷キャブの400ccと水冷インジェクションの750cc。
並んで停められた2台は対照的だったが、不思議と調和して見えた。どちらにも「これからの旅」を約束する輝きがあったからだ。
「せっかくやし、多気のヴィソン行ってみません?」
りきちゃんがそう提案してきた。まだできて間もない頃で、テレビや雑誌で「新しい観光地」として取り上げられていたのを覚えている。
下道をトコトコと走る。アメリカン2台で列を成すその光景は、どこか映画のワンシーンのようだった。ミラー越しに見える彼のシルエットはまだどことなく旅慣れしておらず、新鮮だった。ただ、ちょっと前まで後ろに乗せていた大学生が、今はひとりのライダーとして堂々と走っている姿はなんともむず痒くも感じた。
だが、ヴィソンに近づくにつれて現実は容赦なく襲いかかった。駐車場に入るための道はすでに長蛇の列。春の陽気とは言えど日差しの下、更には下からも排熱が襲い、シートに跨りながら汗が背中を伝っていく。上からも下からも容赦なく発される熱に脚元を焦がしそうになり、思わず顔をしかめた。
ようやく中に入れたと思えば、待っていたのは砂利の駐車場だった。まだ扱い慣れていないりきちゃんは、クラッチと足元の不安定さに翻弄されながらヒーヒー言いながら入ってきた。横目にその様子を見て、初々しさが少し懐かしく思えた。
館内を回り始めたが、オープンしたばかりということもあり、営業していないエリアが目立った。華やかなイメージ画像や雑誌で見た姿とは裏腹に、閉ざされたエリアの方が多い印象だった。
「……意外となんもねぇな」
顔を見合わせて笑う。
観光地としての完成度はまだまだだったが、二人で並んで歩いた時間そのものが、不思議と楽しかった。アメリカン2台で走ってここに辿り着いたこと、それだけが記憶に残るしっかりとした「旅」になっていた。
遠くへ出かけることだけが「旅」ではない。
新たな発見や自分を見つめ直すことこそが本当の「旅」なのだと気付かされた。
ヴィソンに出かけたあの日から、気づけば5か月ほどが経っていた。次に会ったのは、ちょうど私が新潟を目指す旅の途上で、美杉の山奥に立ち寄ったときのことだった。
その日はキャンプ場で一泊……ではなく、日帰りのデイキャンプ。山を抜けると空気はひんやりと澄み、せせらぎの音が耳に届く。私は腰に着けたカナビラ付きのマグカップを手に持って湧き水を汲み、その場で口をつけた。冷たさが喉を走り抜け、旅の疲れを吹き飛ばすようだった。
さらに川に降りて石をひっくり返すと、小さなサワガニがごそごそと動き出す。それを素早く捕まえ、油で揚げて塩を振りかけると、パリッとした香ばしさが口に広がった。
その様子を横で見ていたりきちゃんが、半ば目を丸くしながらつぶやいた。
「……キャンプって、こういう感じなんですね……」
困惑が隠しきれない顔つきに、つよしが笑って言った。
「いや、こいつが特殊なだけやに。普通はもっと普通にBBQとかやで」
りきちゃんは安堵の笑みを浮かべつつ、それでも私が無邪気にサワガニを頬張るのを見て、どこか楽しそうに目を細めた。その表情は次第に「自分もやってみたい」という気持ちに変わっていく。焚き火の前で語り合ううちに、自然とキャンプ道具や次の計画の話題で盛り上がっていった。
最初はただ驚いていたはずなのに、その日が終わるころには、彼の声にはわずかに期待の響きが宿っていた。
ヴィソンや美杉での時間を経て、彼とは気づけばただの“後輩”という枠を越えていた。
次に本格的な旅を共にしたのは、そこから2年ほど経ってからだった。もちろん、私自身は三重に帰るたびに顔を合わせてはいたのだが、「二人で走る」という意味では随分久しぶりだった。
待ち合わせ場所は長野県は塩尻市。19号線と20号線がぶつかる、双方の中間分岐点。
だが、りきちゃんは見事に大寝坊。連絡が来たときは呆れ半分だったが、不思議と怒りはなかった。むしろ「こいつとも、こんな関係になったんやな」と感慨深く思ったのを覚えている。先輩後輩の枠を越え、気を遣わない旅の仲間へ——そんな変化が嬉しかったのだ。
昼過ぎにようやく合流し、長野市内のラーメン屋に入った。湯気の立ち上る丼に、澄んだスープと鳥の香り。しっかり塩味が効いた一杯は、空腹を満たす以上に「旅の始まり」を感じさせてくれた。
腹を満たした後、私たちは北を目指した。目指すは彼のまだ知らない新潟。
道中の景色一つひとつに、りきちゃんは驚きの声をあげた。木々の間からのぞく湖面、果てしなく続く山の稜線。どれも私にとっては見慣れた光景だったが、彼の瞳に映る新鮮さが、その景色にもう一度色を与えてくれた。
そして日本海が見えた瞬間だった。
普段は物静かな彼が、胸の奥から突き上げられるように声を上げた。まるで雄叫びのように。
その姿を見て、私もふと自分が初めて日本海を目の前にした瞬間を思い出した。あの時の胸の高鳴り、未知の地を踏みしめた感覚。二人の時間が重なった気がして、胸が熱くなった。
孤独を走る道のりと、感動を分かつ道のりでは、同じ景色であっても全く違うものであると言うことを教えてくれたのは紛れもなく彼であったと私は思う。
西蒲区の海沿いにある素泊まりホテルを目指して走っていたが、一度通り過ぎて、夕飯を買いに寺泊の市場に立ち寄った。そこは昼間でも人でごった返す大きな市場だった。
昔、女性と一緒に訪れた記憶がふと浮かんだ。あのときは、楽しいはずの賑わいがどこか寂しさを伴っていた。だが今、りきちゃんの背中を見ていると、不思議と寂しくなくなった。
初めて目にする大規模な市場に、りきちゃんは子供のようにはしゃいでいた。焼き魚を頬張る観光客を眺めたり、威勢のいいおっさんたちと談笑したり、目を輝かせながら旬の魚を選ぶ姿は微笑ましかった。
やがて、ひときわ大きなものが彼の視界を奪った。
——紅ズワイガニ。しかも破格の安さだ。
「なんだ、食べたいのか?」
大きく頷くりきちゃん。
ただ、新潟には独特のルールがあった。カニの持ち込み禁止である。普通の宿泊施設はもちろん、ラブホテルですら「持ち込み禁止」の張り紙があるほど徹底している。持ち込むようなやつはいないだろうと思うんだが、世の中には色んな人がいるもんだ。ダメ元で宿に確認を取った。すると意外にも「あ、うちはOKだよ。ちゃんと殻を外のゴミ箱へ捨ててくれるならね」との返答。奇跡的な許可に、私たちは顔を見合わせて笑った。
宿に着くころには、すでに辺りは真っ暗だった。宿へと続く最後の坂道を登っていたときだ。
視界の端に、巨大な影が横切った。
イノシシ——しかも、もののけ姫に出てきそうなレベルの大きさだ。
あんなのに突進されたら、ひとたまりもない。
クラクションを鳴らしながら駐車場にバイクを滑り込ませる。だが心臓はバクバクで、荷物を外す手は震えっぱなしだった。りきちゃんと顔を見合わせ、「ヤバいって!」と声を上げながら、どうにかして海産物の袋を引きずり下ろした。
二人で大声を張り上げながらロビーに飛び込むと、受付のおっさんが目を丸くして出てきた。
「どうしたんですか?」
事情を説明すると、彼はため息交じりに一言。
「……ああ、またアイツか」
おいおい、そんなに出没するのかよ!
「……あいつは長く生きたが故に賢くてな。なかなか罠にもかからんのですよ」
その声音には慣れと笑いが混じっていて、逆に背筋が寒くなる。
「笑えねぇ……」と呟くと、おっさんは肩をすくめた。
「まあ、疲れたでしょ。部屋は二階です。ゆっくりしてってください」
そんなこんなで部屋に通された。予約の段階で私は知っていたのだがそこは古びた畳にちゃぶ台、そしてブラウン管テレビが鎮座する、昭和から時が止まったような場所だった。今どき絶滅危惧種のような光景だが、どこか温かみもあった。
浴衣に着替え、さっき市場で買った刺身を切り分ける。調理場ではメスティンに火をかけ、ぐつぐつと音を立てて炊きあがる米の匂いが漂っていた。寺泊で買った魚介の香りが部屋を満たし、旅の疲れが一気に和らいでいく。
その横で、りきちゃんは落ち着かない様子でそわそわしていた。腕を組んでは解き、窓を見てはまた座り直す。
「……あの、ペイチャンネル、映りますか?」
一瞬何を言ってるのか理解できずに固まった。次の瞬間、思わず大声を上げる。
「映らねぇよ!!」
ブラウン管テレビの前で顔を赤くしているりきちゃんを見て、吹き出さずにはいられなかった。真面目に旅してきた空気が、そこで一気に崩れる。
「お前なぁ……!」と呆れながらも、なんだか可笑しい。旅にハプニングはつきものだが、こういう無駄に印象に残る一言も、思い出の一部になるのだ。
そして男とは、走れば走るほどに馬鹿になるのだ。
風呂で汗を流し、浴衣に袖を通す。ちゃぶ台の上には、寺泊で買い込んだ刺身やタレメンチ、そして紅ズワイガニが鎮座していた。湯気を立てる炊きたてのご飯と、新潟の地酒。昭和の匂いを残す畳の上に、なんとも豪勢な宴の場が出来上がった。
「いやぁ……最高ですね」
りきちゃんは、カニの足をぎこちなく割りながら、嬉しそうに笑っていた。普段はおとなしい彼の顔が、子供のように輝いている。
私は杯を手に取りながら、ふと口を開いた。
「実はな、俺とお前、縁自体はもっと前からあったんや」
りきちゃんは箸を止め、こちらを見た。
——あれはまだ私が高校生の頃。
伊藤と二人で公園でだべっていたとき、草むらに黒い携帯電話が落ちているのを見つけた。拾い上げて中を覗くと、オーナー情報の欄に「りき」という名前があった。
「妹の同級生にそんな名前おったな……」とピンと来て、届けに行くことにした。
ただ、そのまま親に渡したら怒られるんじゃないかと思った。携帯を無くしたと知れたら、きっと怒鳴られるに違いない。だからこっそり本人に返そうと、家を訪ねた。
インターホンを押した瞬間のことは今でも忘れない。意外とこういう場では緊張するものだ。 「りきくん、いますか?」
……普通に考えれば恐怖そのものだ。
向こうからしてみたら画面に映るのは、大柄で強面2人。
玄関に出てきたのはお母さんだった。顔は強張り、声は震えていた。
「……りきは今、いません」
その背後には無言のお父さんの影。
「ああ、これは完全に警戒されとるな……」とすぐに悟った私は、お母さんに事情を説明し、携帯を手渡してそそくさと帰った。
——そんな昔話を、今こうして酒を酌み交わしながら話している。
りきちゃんは箸を止め、ぽかんと口を開けてから、吹き出すように笑った。
「そんなことあったような……」
私は不思議な巡り合わせを感じずにはいられなかった。
10年以上の時を経て、縁はこうして再び結ばれていた。
あの時、ただ草むらで拾った携帯が、こうして同じ旅路を走るきっかけになっていたのかもしれない。
地酒の盃を口に運ぶたび、記憶が柔らかくほどけていく。
昔話に笑いながらも、意識の奥底ではいつの間にか現在の景色が重なり始めていた。
気づけば、湯気の立つちゃぶ台も、畳の匂いも遠のき、私は津の街に戻っていた。
りきちゃんは今や1600ccの大型アメリカンに跨り、私は700ccのネオレトロなネイキッドへと乗り換えていた。かつて400と750で並んでいた頃を思えば、互いに選ぶバイクも、走り方も随分変わった。けれど変わらないのは「また一緒に走れる」という事実だけだった。
久々の再会に、少し照れ臭い笑みを交わす。そんな中、りきちゃんがふと口を開いた。
「紹介したい人がいるんです」
現れたのは、大学1年生になったばかりの少年。バイクに興味を持ち始めたという。
「バイクの沼にはまりたいなら、この人が一番ですよ」
そう言って彼の肩を軽く叩くりきちゃんの姿に、あの時のつよしの光景が目に浮かぶ。
さらに彼は「見せたいものがあるんです」と言って車庫の奥から一台を押し出してきた。
それは、PCX125。かつて彼が初めて私の後ろに跨った、あのバイクと同じだった。
「通勤用に買ったサブなんです」と笑うりきちゃん。
ぎこちない様子でそのPCXの後ろに座る少年を見て、私は思わず心の中で呟いた。
——あの日のりきちゃんと、同じだ。
風を浴びる楽しさに目を輝かせ、まだ頼りない背中を押し出される姿。かつて私がりきちゃんを導いたように、今度はりきちゃんが新しい世代を導こうとしている。
その光景がなんとも感慨深かった。
私たちの旅は、もう自分だけのものじゃない。確かに受け継がれていくのだと感じた。
ヘルメットを被り直し、エンジンをかける。排気音が静かな住宅街に低く響いた。
私は笑って言った。
「いざ行かん!大台ヶ原」
今日も皆様一日お疲れ様でした!
木曜日ってなんか一番嬉しいような気がするんですよね
金曜日ってほら、仕事終わったタイミングからお休みが始まるってことを考えると
お得感としてはもう薄いんですよ。
しかしながら翌朝が金曜日ってのは邪道ですね。そこは休みであって欲しい。
結局まあ木曜日は嬉しくないので、国民は週休三日制にしましょう。
私が選挙で勝ったあかつきには……。
まず、出馬するところからですね(苦笑)




