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■第三章:姿変える大船渡


 ビルの灯りがともり始める東京都内———。この日は仕事終わりにそのままの足で東北へ旅立つ為、いつもより大荷物を抱えていた。ある程度仕事を終わらせ、先輩に引き継いだところでスーツを脱ぐ。その場で旅用の装備に切り替えて、邪魔なものはそのままロッカーに置き去りにした。

 都心の大動脈を抜け出すには、ある種の胆力がいる。赤く光るテールランプの列は果てしなく続き、雑踏の中に吸い込まれていく。けれど、私にとってそれは「日常から非日常へ向かう関門」に過ぎなかった。職場を離れて数分しか経っていないのに、胸の内ではすでに旅のエンジンが熱を帯び始めていた。

  普段なら迷わず首都高速に乗るところだが、この日はそうはいかなかった。電光掲示板には「事故渋滞」の赤い文字。日常の光景といえばそうだが、旅の初手で足止めを食らうのはどうにも気分が削がれる。時間は刻一刻と過ぎていく。


 仕方なく環七に逃げ込み、車列の流れに身を任せる。ネオンに照らされたアスファルトはどこか油じみていて、都会特有の湿った匂いが鼻をつく。やがて国道6号線へ分岐して江戸川を超えると、街の色が少しずつ変わっていった。ビルの谷間を抜けるたび、目的地へと近づいていく実感が、遅れて胸の奥に積み重なっていく。

 「旅とは思い通りにいかないものだ」——そう呟きながらアクセルを握り直す。むしろ、この予期せぬ遠回りすらも旅の一部なのだと思えた。

 孤独な旅立ち。人々が帰路についていく中、私だけが往路なのだ。

 首都を離れるほどに車の数は減っていく。ひとつ、またひとつとテールランプが脇道へ消え、知らぬ家の明かりへと吸い込まれていく。そのたびに、道は少しずつ暗さを増し、私のバイクだけが夜を切り裂いて進んでいた。家路に向かう群れから取り残されたようでいて、同時にどこまでも自由に広がる道を手にしているような気がした。


 6号線を走るのは、このときが初めてだった。夕飯時からはずいぶん過ぎて、石岡市あたりを走っていた頃だろうか。空腹が胃のあたりでゴロゴロと主張し始めた。眩しい看板が目に入り、「山岡家」の文字。

 店に入り、暖かい豚骨の香りが鼻をくすぐる。カウンターに座り、湯気立つ一杯を待つ間、湿った夜風を忘れさせるだけの期待が胸を満たしていた。チャーシューの厚み、スープのコク、麺の歯応え――ひとくちすすった瞬間、「ああ、これが山岡家か」と思った。これまで「普通のおいしさ」だと思っていた店も多かったが、この日は違った。胃にも心にも、深く染み渡るように感じたのだ。

 それもそのはず、山岡家は茨城・牛久発祥。いまこうして茨城を走り抜ける途中で味わうのだから、旨さに説得力がある。旅先の偶然と土地の必然が重なって、ただのラーメンが「ここで食う意味のある一杯」に変わっていた。

 実は第二章冒頭でも山岡家のラーメンが登場していたのだが、この話のためにとっておきたかったので店名は控えていた。この著書はエッセイの側面もある。ならば紹介するならぜひとも“その土地で出会った”ほうがいい。そう考えていたのだ。

 夜食に近い夕食を終えると、ダイレクトメッセージがきていた。ファンからの連絡だった。どうやら彼は笠間に住んでいるらしい。「せっかくだから顔を合わせよう」と誘われた瞬間、胸の中で小さな灯りがともる。旅の途中に偶然差し込んだ出会いの機会――これはチャンスだ、と即座に思った。

 ただ、地図を開いてみると意外と距離がある。腹いっぱいのまま再びバイクに跨ると、夏の夜風がヘルメットの隙間から流れ込んできた。湿り気を帯びた風は決して涼しいものではなかったが、走り出すほどに体の熱を少しずつ奪っていく。街灯に照らされるアスファルトはまだ昼の熱を抱え込み、タイヤの下でじんわりと息をしているようだった。どこからともなく虫の声が響き、遠ざかる街の熱気は田を吹き抜けるそよ風へと変わっていった。

夜の国道を外れて笠間へ。コンビニの白い光が遠くから浮かび上がって見えた。約束の場所に着くと、すでに彼は待っていた。派手さはないけれど、顔に刻まれた疲れと、それを打ち消すような笑顔が印象的だった。

 立ち話の中で、彼は自分の家庭事情をぽつりぽつりと語ってくれた。生活は楽ではなく、先の見えない不安も抱えている。それでも「いつか配信者としてやっていきたいんです」と夢を話すその目は、真っすぐだった。夜風に揺れるコンビニの旗の音を聞きながら、私はその言葉にただ頷くしかなかった。

 「これ、よかったらどうぞ」

 差し出されたのはエナジードリンクだった。わざわざ買ってきてくれたその一本に、彼の気遣いと応援が詰まっているようで、胸の奥にじんわり沁みた。見知らぬ土地で、こんなにも素直に誰かと心が交わる瞬間があることに、旅の不思議さを改めて感じた。

 こんなぬくもりを感じられただけで価値がある寄り道だった。遠いように見えた地図上の場所も、こうして来てみれば一瞬の出来事にすぎない。けれど、その一瞬で十分すぎるほど心の疲れが癒された。

 別れ際、彼は「気をつけて」と短く言った。その言葉を背中に受けながら、再びエンジンをかける。夜のアスファルトにヘッドライトの輪が伸び、さっきまでいたコンビニの光が小さくなっていく。手に残る冷たい缶の感触が、不思議と心の奥では温かかった。

 那珂市を抜けて6号線に戻り、ここからは己との闘いだった。仙台まで果てしなく伸びる一本の直線。見慣れた国道1号線よりも、ずっと遠くまで見通せる。

 だが、その景色は美しさよりも単調さをもたらす。視界の奥へ奥へと吸い込まれていくアスファルトに、意識までもが引きずられていくようだった。平坦すぎる道は、まるで眠気を誘う子守唄のように作用する。

 ましてや仕事上がりの身には、睡魔に対抗する術などほとんど残されていなかった。体内のエネルギーはすでに底を尽きかけ、意識の奥からじわじわと闇が広がってくる。何度も敗北しそうになり、そのたびにハンドルがわずかにぶれる。ヘルメットの中で自分を叱咤する声が響くが、声すら遠のいていく瞬間があった。

 瞼をこじ開けようと顔を左右に振る。頬をつねり、歌を口ずさみ、意味もなく叫んでみる。だが、次の瞬間にはまた視界がぼやけ、街灯の光が滲んでいく。走り続けながら眠気と闘う――それはまるで、目に見えない敵と命を賭けて格闘しているようだった。まさに夜の6号線は、ライダーの忍耐を試す道なのだ。


 朦朧とする意識の中、なんとかたどり着いたのは道の駅そうまだった。ハンドルを握る腕は重く、瞼は鉛のように落ちかけていた。ようやくエンジンを止めたとき、胸の奥に詰まっていた緊張が一気に解ける。

 夏の夜明けは早い。時計を見るとまだ四時を回ったばかりだというのに、東の空がじわじわと白み始めていた。薄明かりの下で見渡すと、駐車場のアスファルトは夜露で湿り、バイクのメーターも小さな水滴で覆われていた。

 眠気覚ましを兼ねて歯を磨き、バイクのシートに寝転がる。ハンドルに足を引っかけ、リアボックスを枕代わりにする。決して快適とは言えない体勢だが、旅人にとってはこれ以上ない贅沢な休憩所だった。頬に当たる夏の風はまだ湿り気を帯びていたが、眠気で鈍った体にはちょうどよかった。

 遠くでカラスの鳴き声が聞こえ、国道を走る大型トラックのエンジン音が断続的に響いてくる。その合間に虫の声が混ざり、世界が少しずつ動き出していくのがわかる。眠気と疲労に包まれながら、私は「生きて旅を続けている」ことをかみしめていた。


  辺りが騒がしくなってきて、寝てもいられなかった。トラックのエンジン音や、早朝に動き出す人々の声が、仮眠をかき消していく。シートの上で体を伸ばすと、空はすでに白み、夜明けの色が完全に広がっていた。

 眠気をごまかしながら再びバイクに跨り、仙台へと走り出す。夏の朝は湿った風が肌に張り付くが、走行風がそれを少しずつ剝がしていく。長い直線を抜けたその先で、ようやく開いているスーパー銭湯を見つけたときは、まるで本当の意味でのオアシスを見つけたかのような安堵があった。

 湯気の立つ浴場に足を踏み入れる。熱い湯が疲れ切った体に染みわたる感覚は、言葉にならなかった。さすがに疲れたのか、あがった後休憩室で二時間ほど眠りに落ちると、頭の中のもやもやがすっかり拭われ、体の芯から新しい一日が始まるようだった。


  ここは杜の都、仙台———。それまで延々と続いてきた広大な大地からは想像もつかないほどに栄えた街並みが、目の前に広がっていた。ビルの間を縫うように続く並木道、雑踏の中に流れる人の声。孤独な直線道路を走り抜けてきた自分にとって、その喧騒はまるで別世界のように思えた。

 真昼間から宿にバイクを停め、この日は街を散策することに決めた。仙台駅を中心に行き交う人の群れを眺め、大きな公園を歩き、少年心を思い出して伊達政宗の像の横で、スカーフで眼帯を真似してみたりして孤独を満喫していた。中心街を歩いていると迷い込むように市場の地下に降りていく。ほどなく見つけた居酒屋の暖簾をくぐり、腰を落ち着けたのはまだ午後の早い時間だった。背徳感すら心地よく、地酒を口に含むと甘みと辛みが一度に舌を叩き、旅の疲れをほどいてくれる。刺身は新鮮で、海鞘は磯の香りが強く、これまでにない味覚体験だった。

 隣の席に腰掛けていた老夫婦と自然に言葉を交わす。旅の途中であること、バイクで遠方から来たことを話すと、二人は目を細め「それなら景気づけに」と日本酒を一献振る舞ってくれた。その一杯はただの酒ではなかった。人の心が注がれた温もりのある酒で、胸の奥まで染み渡るような味がした。まるで、この街そのものが「よく来たな」と迎えてくれているかのようだった。

 気づけば頬は上気し、足取りもふわりと軽い。まだ夕暮れにもならないうちに宿へと戻り、時計を見ると16時を少し過ぎたところだった。ベッドに体を投げ出すと、酒の余韻と旅の疲れに包まれて、一瞬で深い眠りに落ちた。短い時間ながら、その眠りは何よりも贅沢に思えた。


 翌朝、窓の外を見ると規格外の大雨が降っていた。三日前に本州をかすめた台風の残滓が、線状降水帯を呼び込み、厚い暗雲が空を塞いでいた。まるで世界そのものが水に沈もうとしているようで、屋根に叩きつける雨音は、太鼓のように絶え間なく響いていた。


 「この雨だし、諦めたら?」


 そう言われても、耳に届いた瞬間から拒絶していた。男として引き下がってはいけない、そんな見栄やプライドがあったのも確かだ。だが実際は、ここまで辿り着いて「あと少し」という地点で退く自分を想像できなかったのだろう。


 ただ、私は一度台風の暴威を味わっている。ずぶ濡れになり、風に煽られ、命からがら走り抜けたあの日がある。だからこそ恐怖もあったが、それ以上に「今度こそ越えてやる」という奇妙な自信が胸にあった。

 朝食バイキングをいつもの如く腹に詰め込み、雨に叩かれるフルフェイスを想像しながらエンジンをかける。吐き出す排気音は、まるでこれからの戦いへのときの声のように響いた。

 だが、ものの見事に現実は甘くなかった。道路は各所で冠水し、幹線の高速道路はストップ。頼みの綱の4号線すらも濁流に飲まれ、車列は立ち往生していた。視界の端でワイパーを忙しく動かす車の列すが「ここから先へは行かせない」と告げていた。

 

 ナビを頼りに迂回するが、迂回した先もすでに浸水していた。田んぼからあふれ出した水は道路と地面の境界を飲み込み、辺り一面を沼のように覆いつくしている。ラインも縁石も見えず、ただ波紋だけが道の存在をかろうじて教えてくれる。ヘッドライトに照らされた水面は泥で濁り、時折漂う稲わらが、ここが本来は田んぼであることを思い出させた。

 万が一あぜ道にタイヤを取られれば、そのまま足元は崩れ去り、泥濘に呑まれて翌年の米の肥料になってしまうのではないか——そんな不安と背中合わせで走り続ける。

 水は容赦なく上がり、ついにはマフラー部分まで浸かった。愛車は苦しげに呻き声を上げる。アクセルを開けても本来の音は出ず、水を噛んだ排気が「ボボッ、ポンポン」と珍妙な音を響かせる。まるで日光あたりの大道芸で聞いたことのある、鍋や笛を無理やり鳴らしているようなトンチンカンな音色だ。

 その滑稽さとは裏腹に、こちらの心は冷や汗でびっしょりだ。実際レインコートの中もびっしょりだったのだが、これが冷や汗なのか、雨水なのかそんなことはどうでもよかった。エンジンが止まれば一巻の終わり、立ち往生した瞬間に濁流がバイクもろとも押し流していく光景が、脳裏をよぎって離れない。ハンドルを握る手に力が入り、肩はこわばり、ヘルメットの中では自分の呼吸音がやけに大きく響いた。

 「壊れるなよ……頼むから持ちこたえてくれ」

 祈るような気持ちでスロットルをひねり、水を吹き上げる排気音を伴奏に、ただひたすら前へと進んでいった。

 三陸道に乗るころには雨脚は幾分弱まっていたが、速度を上げるごとに雨粒は針のように突き刺さり、頬や首筋を容赦なく叩いた。体温はどんどん奪われ、指先の感覚は麻痺していく。奇跡の一本松を訪れるつもりでいたが、こんな状況で無理をすれば命取りだ。帰りに必ず立ち寄ると心に誓い、私はハンドルを握り直して大船渡へと急いだ。

 待ち合わせは地元の「しまむら」だった。駐車場に着いたとき、私はほとんど凍えかけていた。建物の中に入ると冷房の風が肌を撫で、より一層身体を凍えさせる。適当に選んだ長袖を手に取り試着室へ入ると、布一枚でこんなに人は救われるのかと実感した。薄手のパーカーの袖を通すと、たちまち世界が変わる。外の灰色の雨模様が遠く感じられるほど、温かさが骨身に沁みた。

 やがて彼女が車で現れ、助手席に乗り込む。車内には、エアコンの温風と芳香剤の柔らかな香りにちょっぴりたばこの匂いが混じった香りが広がっていた。それまで外装で身を守られていなかった私にとっては重戦車のような安心感があった。碁石海岸へ向かう道すがら、互いに身の上を語り合った。仕事のこと、趣味のこと、くだらない笑い話。海岸に着くころには、さっきまで初対面に近かったはずなのに、何年も知り合いだったかのような距離感になっていた。

 荒れた天気の中でも、碁石海岸の奇岩や荒波は圧倒的な存在感を放っていた。砕ける波しぶきがガラス窓を白く濡らすたび、彼女と並んで眺めているだけで胸が温まった。寒いはずなのに、不思議と心は満ちていく。そこに恋の火種が確かに宿ったのを、自分でも感じていた。

 別れの時間が近づき、再び「奇跡の一本松」へと足を運んだ。震災を乗り越え、一本だけ残ったその松は、雨に濡れながらも堂々と立っていた。荒波と風に晒されながらも生き残ったその姿は、まるで今日の自分たちの出会いを象徴しているかのように思えた。私はポケットのスマホを取り出し、迷いながらも短い言葉を打ち込んだ。指先が震えていたのは寒さのせいか、それとも緊張のせいか。送信ボタンを押すと、すぐに「既読」がついた。彼女が笑顔でうなずくのを見て、胸が大きく跳ねた。

 そのデートの最中、彼女には子どもがいることを知った。驚きはあったが、不思議と心は揺れなかった。むしろ、その事実を伝えてくれた誠実さに惹かれ、気づけばさらに強く好きになっていた。


 「次は、子どもも一緒に会おう」


 そう口にしたとき、彼女の表情に安堵と喜びが混ざるのを見て、未来へ続く約束を交わしたのだと実感した。

 しまむらのパーカーの袖口を撫でながら、思った。あの日の雨も寒さも、すべてはこの出会いの前触れだったのだと。旅の過酷さがなければ、この温もりの奇跡もなかった。一本松の下で結ばれた約束は、まるで新しい旅路の始まりを告げているかのように感じられた。






  次に会うまで、一ヵ月もかからなかった。あの奇跡の一本松で交わした約束が、私の胸の奥をずっと温め続けていた。日々の仕事をこなしながらも、頭のどこかでは常に大船渡の風景と彼女の笑顔がちらついていた。

 仕事終わりの夜、スーツを脱ぎ捨てると同時にエンジンをかけた。都会の喧騒を背に、今度は国道4号線をただひたすらに北上する。赤く瞬くテールランプがひとつ、またひとつと横道に消えていくなか、私の前だけはまっすぐに続く闇の一本道だった。逢えるという思いがアクセルを軽くし、気づけば休憩もろくに取らぬまま走り続けていた。

 夜が更けるにつれ、東北の空気は秋の色を深めていく。風は容赦なく頬を刺した。だがその冷たさすら、会えることへの期待を一層際立たせるスパイスだった。ひゅうひゅうと耳元を抜ける風音が、心臓の鼓動と混じり合い、まるで「早く行け」と急かしているように思えた。

 三陸道に乗るころには、東の空がわずかに白んでいた。空気は澄み渡り、ひんやりとした秋風がグローブ越しに指を冷たくする。それでも胸の内は燃えるように熱く、ハンドルを握る力も自然と強くなっていた。長い距離を走ってきたはずなのに、まるで夢中で駆け抜けた一瞬の出来事のようだった。

 東北の秋は、都会では感じられない透明さを帯びていた。稲刈りを終えた田んぼの匂い、山間に漂う木々の落ち葉の香り、それらすべてが「帰ってきた」という錯覚を覚えさせる。そしてその先に彼女が待っていると思うと、冷えきった体も不思議と温かさで満たされていった。

 朝の空気は少し冷たく、夜勤明けの人々が店を出入りするすき屋の駐車場で、私はひとり待っていた。旅の途中に立ち寄る朝食処が、この日は妙にざわついて見える。胸の奥でカウントダウンのように鼓動が速まり、視線は自然と道路の先へ吸い寄せられていた。

 やがて、待ちに待った小さな白の軽ワゴンがやってきた。ゆっくりと駐車場へ滑り込み、エンジン音が止む。その横顔を見た瞬間、ああ、いよいよだな、と肩の奥が緊張した。運転席から降り立ったのは彼女。助手席の後ろ、チャイルドシートには、まだ見ぬ「もうひとり」がいた。

 扉が開くと、小さな靴がちょこんと見えた。視線が交わる。まだ三歳だというのに、年齢以上にしっかりした体つきで、目は真っ直ぐにこちらを射抜いてくる。無邪気さとは別の、本能的な警戒心がにじんでいた。その瞬間、どう声をかければいいのか、私は言葉を失った。大人の都合で出会う関係に、子どもは純粋な「判断」を突きつけてくるのだ。

 戸惑いを打ち消すように、私はバイクへと歩み寄り、「乗ってみるか?」と声をかけた。はじめは小さく首をかしげていた子どもも、興味には勝てなかったのだろう。抱き上げてシートに座らせてみる。体格はしっかりしている方だが、それでも大型バイクに比べればまだまだ小さく、ちょこんと腰を下ろした姿は頼りない。両手をいっぱいに伸ばしても、ハンドルまでは届きそうにない。

 それでも、やはり男の子というのは本能的に機械に惹かれるのだろう。ブルンブルンと口でエンジン音を真似しながら遊び始めると、その表情がぱっと弾けた。目は星のように輝き、頬は緩み、こらえきれない笑い声が零れ落ちる。

 その光景を見て、胸の奥に温かいものがじんわりと広がった。警戒心が氷のように溶ける瞬間を目の当たりにしながら、バイクという存在がただの機械ではなく、人と人を結びつける架け橋になるのだと実感した。

 あの短い時間、バイクのエンジンはかかっていなかった。けれど、私の心のどこかで確かに何かが動き始めていた。


 その日は向こうの車で移動し、大船渡のイオンに立ち寄った。フードコートでカレーを食べることになったのだが、子どもはスプーンを握るのもおぼつかなく、器用にすくったかと思えば、ベチャッとテーブルや服にこぼしてしまう。親なら苦笑する場面なのだろうが、私は思わず微笑んでしまった。こぼしたカレーを慌てて掬い直そうとする仕草さえ、どこか愛おしく感じたからだ。その瞬間、心の奥で「父性」と呼べるものが芽生えていた。自分はこれまで「家庭」を意識することなく生きてきたつもりだったが、その温もりを垣間見て、思わず「家族とはこういうものか」と感じさせられた。

 食後、子どもにトミカを買ってあげると、両手で大事そうに抱えて飛び跳ねるように喜んだ。その姿を見て、不意に自分の父のことを思い出した。私が幼い頃、父もきっとこんな気持ちでおもちゃを買い与えてくれていたのだろう。与えることよりも、その反応を見て自分の胸を温めていたのだと気づいたとき、父の背中が違う角度から見えてきた気がした。トミカを抱えた子どもと歩く帰り道、知らず知らずのうちに「もし自分に家庭があったら」と想像している自分がいた。

 家族を持つことに縁遠いと感じていた自分にとって、それは新しい感情だった。誰かのために働き、誰かの成長を見守る未来。バイクにまたがってきた自由な旅路とは正反対のようでいて、実は同じくらい心を熱くする道かもしれない。カレーの染みや小さな笑顔、その全てが、私にとってかけがえのない風景となって心に残った。


 そのまま大船渡に泊まることになったのだが何も考えずに来てしまったため、ホテルはどこも埋まっていて、空きはなかった。とはいえ相手の家に泊まるわけにもいかない。彼女の父親も、娘がシングルマザーであるがゆえに男に対しては人一倍警戒している。面識もない私に門を開くはずがなかった。

 それでも、帰るという選択肢はなかった。どうにか一夜をやり過ごすため、彼女の軽ワゴンの中で眠らせてもらうことになった。けれど、実のところ私は全く困っていなかった。普段からバイクで野営をしている身、寝袋は常に荷物に積んである。シートを倒し、寝袋にくるまって横になれば、それだけで十分に快適だった。何より、雨風をしのげる「屋根」があるのだ。バイク乗りにとって、それは何より贅沢な環境だった。

 エンジンの熱がまだ残る車内はほんのりと温かい。チャイルドシートに染みついた子どもの匂いや、残り香のように漂う香水、窓を開けて吸っててもかすかに残るタバコの香りが、毛布代わりに私を包んでくれるようだった。街灯のオレンジ色がフロントガラス越しに揺れ、夜をやさしく照らす。

 「最高だな」――心の中でそう呟きながら目を閉じた。窮屈さも不便さも、むしろ旅の延長としては心地よかった。屋根の下で眠れるだけで幸せを感じるあたり、やはり自分は根っからの旅人なのだと思い知らされた夜だった。


  このときはちょうど有給消化で数日間の休みをもらっていた。急に決まった休みだったものだから、ホテルの予約が間に合わず、前夜は車中泊という形になったわけだ。けれど翌朝、目を覚ますと不思議と清々しかった。子どもと一緒に過ごせる貴重な時間が、まだ続いているという事実が嬉しかったのだ。


 その日は子どもを連れて近所の公園へ行ったり、スーパーで買い物をしたりと、まるで小さな家族のような時間を過ごした。公園のブランコを押してやると、無邪気な笑い声が青空に響いた。スーパーではお菓子売り場に立ち止まり、小さな手でお菓子を指差す姿に「子どもってこうだよな」と思わず笑ってしまった。なんでもない日常が、自分にはとても新鮮で、胸にじんわりと沁みていた。


 夜になり、もう一泊しようかと彼女と話していたところで、思わぬ展開が訪れた。彼女の父親に気づかれてしまったのだ。さすがに「叱られるかな」と身構えた。軽ワゴンで寝泊まりし、日中も出ずっぱりで動き回っているのを知れば、反感を買うのではないかと。

 ところが父親の口から出たのは意外な言葉だった。


 「バイクでそんな距離を走ってきて、車で寝てまで動き回る根性があるなら、まあ大したもんだな」


 思わず目を丸くした。厳しい視線を想像していた分、その一言は肩の力を抜かせるものだった。同時に、妙な緊張感に襲われた。結果的にその日は彼女の家に泊まらせてもらえることになったのだが、心の準備などあるはずもない。突然訪れた「家の中」という舞台に、私はタジタジで、終始ぎこちなく振る舞うしかなかった。

 それでも、食卓に座り、子どもと笑い合い、彼女の父親と交わす会話の一つひとつが、これまでの旅路にはなかった種類の温もりを感じさせてくれた。あの夜は、バイク旅とはまた別の意味で、強烈に記憶に焼きついている。

 夕飯の席に招かれたときの緊張感は今でも覚えている。ちゃぶ台を囲み、湯気の立つ味噌汁と焼き魚の匂いが漂う。向かいには彼女の父親が腰を下ろし、その隣には子どもが座っている。私はというと、居心地の悪さを隠すために、妙に背筋を伸ばしていた。


 だが、思ったよりも場は穏やかだった。父親が酒を注ぎながら「まあ飲め」と言ってくれたり、子どもが唐揚げをこちらの皿に勝手に置いてきたりする。そんなささやかなやり取りが、知らぬ間に緊張をほどいていく。

 テレビからはバラエティ番組の笑い声が流れ、父親が「これ、昔おじさんも好きでよく見てたんだ」と語りかけてくる。ふと、私自身が亡き大叔父と一緒に笑点を見ていた記憶が蘇り、不思議な縁を感じた。


 食卓の明かりは柔らかく、外の暗さを忘れさせるほどに温かかった。バイクで走り続ける旅は孤独で、景色と自分しかいない時間がほとんどだ。けれどこの夜は違った。隣に人がいて、声があって、皿が並び、笑い合える。まるで自分が「帰る場所」を手に入れたかのようだった。

 夕食を終えると、彼女は席を外し、居間には私と彼女の父親だけが残された。急に静まり返った空間に、時計の秒針の音が妙に大きく響く。

 やがて父親は御猪口を置き、こちらをまっすぐに見据えて口を開いた。

 「シングルマザーと結婚するとなると、それなりの覚悟が必要だと思う。これから先、子どもはますます君に似なくなる。それでも大丈夫か?」

 低い声に宿る重みは、単なる問いかけではなく試しでもあった。私は息を整え、正直に答えるしかなかった。

 「不安がないわけじゃありません。けれど、今は間違いなく好きで一緒にいます。これから悩むことに対して怯えていても、前には進めないので。なるようになると、私は思ってます」

 言い切ったあと、胸の奥に小さなざらつきが残った。無責任だと思われるかもしれない——そう頭をよぎった瞬間、父親はふっと笑った。

 「ははは。正直な奴だな。嘘をつくようなやつよりよっぽどいい。気に入ったよ。こんな娘だが、何卒よろしくお願いします」

 その言葉に、全身から力が抜けていくのを感じた。想像していた叱責ではなく、受け入れの言葉。胸にずしりと落ちる承認は、安堵をもたらしてくれた。


 布団を借りて横になると、子どもの寝息がすぐそばから聞こえてきた。静かな夜に、そのリズムが妙に心地よく感じられた。屋根の下で眠ること自体が贅沢だと思っていたが、こうして「誰かと同じ空気を分け合いながら眠る」ことの温かさは、さらに格別だった。

 ——あの夜だけは、旅人ではなく、ひとりの「家族」として時を過ごしていたように思う。

 翌朝、玄関先で靴を履きながら、ふとポケットの中に触れた。いつぞやの旅で、ふらりと立ち寄った山梨の店で見つけた小さなガラスのピアスだ。澄んだ青が光を受けて微かに揺れるその姿は、どこか潮風や旅路の記憶を閉じ込めているように思えた。

 「これ、よかったら」

 不意に差し出すと、彼女は驚いた顔をしてから、少し恥ずかしそうに笑った。掌に乗ったガラスは朝の光をまとって、彼女の横顔に重なる。

 「大事にするね」

 その一言が、私にとっても旅の証しになった。別れ際の短い言葉と笑顔は、何百キロの道よりも鮮やかに胸に刻まれる。

 二か月後、再び会う約束が叶ったのは会津だった。仕事を終え、そのまま夜を走り抜け、東北道から磐梯山の影を望みながらコテージへたどり着いた。眼下に広がる猪苗代湖は、夜でも鈍い光を返し、胸にしみるほど大きな静けさをたたえていた。二泊の小さな旅が始まった。

 翌朝、湖面に朝日が射しこむと、子どもは目を輝かせて磐梯高原の南ヶ丘牧場へと駆けていった。ふれあい広場ではうさぎを追いかけまわして転び、土の上で泣きじゃくる。そのたびに彼女が駆け寄り、私は少し離れて笑いながら見守る。

 お昼に入った喜多方ラーメンの店では、子どもが麺を振り回して汁を飛ばし、テーブルはすぐに戦場のようになった。だが、無邪気に食べ散らかすその姿さえも、愛おしさに変わっていく。カレーしかり、ラーメンしかりだが、子どもにとっては目の前のものすべてがテーマパークなのであろう。

 夜、布団に入った子どもは遊び疲れてすぐに眠りについた。2人でコテージを抜け出してで湖畔に立つと、晩秋の空気は鋭く頬を刺した。吐く息が白く曇り、指先はかじかむ。それでも、肩を並べて歩くだけで体温が伝わってくるようだった。

 猪苗代湖は真っ黒な鏡のように、月をぼんやりと映していた。波はほとんど立たず、遠くで風が草を揺らす音だけが響く。歩くたびに足元の砂利が小さく音を立て、会話はその合間にぽつりぽつりと落ちていった。

 「もうすぐ東北は雪が降るね」

 彼女の声は、風に混ざって淡く震えていた。

 私は頷きながら、雪が積もれば道は閉ざされる、それでも溶ければまた走れる——そんな旅人の理屈を思った。

 「雪が融けるその日までは、どうか私のことを忘れないでね」

 その言葉は、凍える空気の中でいっそう澄んで聞こえた。白い息とともにこぼれる彼女の笑みは、どこか儚げである。

 返す言葉を探したが、喉の奥で固まって声にならなかった。ただ横に並んで歩くことで、忘れないと伝えるしかなかった。

 夜は冷え込みと同じくらい短かった。だが、その短さは人生でみると、声を出す間もなく一瞬なのであろう。


 あの夜を境に、季節はゆっくりと冬へ向かっていった。

  湖畔で交わした言葉の余韻は、胸の奥でしばらく温もりを保っていたが、日常に戻ればその熱は次第に薄れていった。

  冬のあいだ、私は仕事に追われ、空いた時間はバンド活動に費やしていた。気がつけば、一日のうち彼女と交わす言葉は次第に少なくなり、通話は続いていても互いの声はどこか遠く、温度を失っていった。声の向こうで笑っていても、笑いが遅れて届くような、そんな隔たりが日々大きくなっていった。

 私の夢は故郷に帰ることだった。彼女の望みは、生まれ育った場所に根を下ろして生きること。未来を語れば語るほど、同じ道を走っているはずなのに、方角は微妙に食い違い、やがて交わらなくなると薄々気づいていた。だが、その現実に目を向ける勇気はなかった。

 私は夜ごと酒に逃げた。グラスを重ねるたびに思考は鈍り、通話口の向こうにいる彼女の息づかいがただの雑音に変わっていく。沈黙が続くと、焦ってどうでもいいことを喋り、さらに空回りした。彼女が小さくため息をつくたび、心の奥で何かが確かに軋んでいた。わかっていながら、止められなかった。

 冬が終わろうとする頃、いつもの通話の中で、長い間が落ちた。静けさは雪に覆われた道のように冷たく、重かった。やがて、彼女の声がその静寂を破った。


 「……ごめん。もう一緒にはいられない」

 その瞬間、スマホ越しの世界から色が剥がれ落ちていった。胸の奥に広がったのは、春を迎えるはずの暖かさではなく、終わりの告げる風の冷たさだった。雪解けを待つ季節は、私にとってただの別れの季節となった。


 しばらく、北へは足を運ばなかった。あの夜の湖畔の言葉が、胸のどこかにしこりのように残っていたからだ。

 だが、夏のある日、仲間と宮古市まで走る用事ができた。目的は別にあったのだが、その道程に「大船渡」の文字を見つけた瞬間、心の奥に眠っていたものが疼いた。

 仲間には先に宮古を目指してもらい、私はひとり碁石海岸へとハンドルを切った。潮風は湿り気を帯び、真夏の陽射しの下でもどこか冷たかった。岩に砕ける波音が胸のざわめきを呼び起こす。

 ただ海を眺めているつもりだった。けれど、ふと沖合に目をやったとき、遠くで青い光がきらりと跳ねたように見えた。

 陽光を受けた波のきらめきかもしれない。海に捨てられたガラス片かもしれない。——それでも私は、あのガラスのピアスを思い出さずにはいられなかった。

 かつて、二人で車に揺られながら聴いたあの曲のように。その歌の中で語られていた情景と、いま目の前で揺れる海の輝きとが重なり合う。

 青いきらめきはすぐに波に呑まれ、跡形もなく消えた。だが私の中では、確かにあのときと同じ旋律が鳴り続けていた———。

 ヘルメットをかぶり直し、エンジンに火を入れる。重い排気音が胸を震わせ、次の道へと私を押し出していった。


久々の更新です


そういえば最近長旅をしてないなぁと思いながら


つくづく衰えや、年月を重ねる毎に時間がなくなっているなぁなどと思ったりしております


忙しいのはいいことですが、日本人は働きすぎです



いつかもっとAIが普及して、人々の仕事が簡素化すればいいのになと思ってます


そしてこの作品は半分フィクションです

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