表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

■第一章:新潟慕情

  今回目指すのは新潟県新潟市——。

単純な距離でいえば346km程だが、それじゃあ面白くはない。この短い旅の中には人生という名の物語が詰まっているのだ。

 新潟への道は、私にとって「原点」である。遠いのに懐かしい、何度も通ったはずなのに、毎回違う表情を見せる。人も人生も同じだ。変わらないように見えて、季節や気持ちが変われば全く違って映る。そうして何度でも、慕情に駆られてハンドルを握る。

 ただただ、目的地を目指すのじゃ面白くない。今回の道のりは三重県を経由、京都府は京丹後市を周り海沿いをひた走り新潟を目指す。


 9月の大型連休、初日は日本列島に台風が直撃していた。太平洋側にぶつかるようなそんな台風を回避するためにあえて長野方面へと走っていく。

 20号を走り、塩尻でぶち当たる19号へ——。

 という算段だったのだが雨が非常に強かった。暴風域外側圏内なので風は幾分もマシではあったのだが、レインコートを貫通するほどの雨。それも生半可なレインコートじゃない、あの天下のYAMAHAさんが作ってるバイク用のレインコートをいともたやすく貫通した。

 そこら辺は想定内だったのだが、仕事上がりでそのまま走っているものだから体力の奪われ方が半端じゃない。

 その当時バンド活動と会社員の二足の草鞋だった私は、大雨の中配信を通じて健康ランドの存在を知る。

 初日が始まってすぐの仮眠という名の一泊。近くのコンビニで当時ハマっていたレモンサワースクワッドを買って風呂上りにちょっと一杯引っかけて、いびきの大合唱の中仮眠室で眠りにつく。


 朝起きて大風呂で疲れを癒したのだがここで問題が、靴下がとてつもなくビショビショなのである。仕方なしにドライヤーで地道に乾かす戦法を取ろうとするも乾かない。


 「あの、よかったら・・・」


 声をかけてくれたのは健康ランドのお姉さん。今から乾燥機を回すので一緒に回しますよとのことだ。

 汚いから、そんな申し訳ないですよと申し出をお断りしたが、そんなことないといい半濡れの靴下をわしづかみにし、乾燥に回してくれた。

 ここで私は、長野という土地の温かさを知った。後で知ったのだが、実は長野県は非常に民度が高い県なのである。


「長野県」の一時停止率は85.2%とダントツの全国一位!


 どおりで行く先行く先で道を譲られるわけだ。運転の質は人間の質なんてよく言ったもんだなと思うぐらいにやさしい方が多い。

 そういえば、私が専門学校に通ってた時代に長野出身の友人がいたが、穏やかでいいひとだったなとしみじみと思い出す。


  人生の道のりは、いつも晴天の快走路ではない。台風に翻弄され、雨に打たれ、体力を削られる。それでも不思議なことに、人の優しさに触れると、不思議ともう一度エンジンをかけ直す気持ちになれる。あのときの靴下一枚が、私にとっての新潟慕情の始まりだったのだ。

 さて、ここからは一面緑の山道を進むことになる。国道19号線は見渡す限り山と川で構成された国道だ。夕方にはガソリンスタンドは閉まりだす。夜走るには心もとない道だが、幸いにも明けて朝なのである。

 涼しくて走りやすい…なんてことはなく、もはや寒い。秋口ともなると朝の気温はとてつもなく低いのだ。

 そして昨夜の台風が集めた雲が雨を降らす。超大荷物だから勘弁してほしい限りだ。


 この道では、道の駅が幅を利かせている。コンビニは何なら見つからない。

しかしながら一本反れると温泉街があったりして寄り道も楽しいのだが、なんせこの日の最低目標地点が三重県鈴鹿市である。寄れるとしたら道の駅だ。

 ノスタルジックな雰囲気を感じられる素朴な道の駅の数々にちょくちょく休憩を挟みつつトコトコと走るのだ。

 さあ、ようやく中津川に入った頃に天候は一変。線状降水帯が行く手を阻む。

仕方なしに雨雲郡が通り過ぎるまでどこかへ逃げようといったん北上する。国道256号線へと逸れて犬山方面を抜けようと画策する。

 ここらでちょうどお昼の時間、市街地から離れていく一方でどんどん店が無くなっていく。途方に暮れそうになりながら走ると左手に、道の駅花街道付知がある。

 ふらっと寄って味噌カツ弁当を買い、ベンチに座って食べる。

目の前に広がる雨模様はどこか切なさを感じながらゆっくりと雨雲が通り過ぎるのを待つ。

この日の味噌カツは、雨のようにさらっとしていて不思議な味わいだった。

 絵もない華もないこんな田舎には彼岸花が赤々と咲いており、心安らぐ時間となった。


 やがて雨は止み、雲間からお天道様がこんにちはしたところで再度出発。

シートはぐっしょり濡れておりジーンズに染み渡る。だが、悪くない。このひんやり感もまた趣なのである。

 純粋に恵那の方を抜けていけばそう苦労しなかったのが、雨を回避したばかりにここからは山道が続く。正確に言えば、ここからも山道が続く。

 さんざっぱら20号、19号と山道を走ってきたので見飽きた光景ではあるのだが見知らぬ山道である。ワクワク感は…まあまあといった所だ。

 そもそもこのころに乗っていたのはアメリカンタイプのバイクだったので、正直山道はしんどいのだ。車重もそこそこではあるのだが、それ以前に車高が低いので倒すとステップをガリガリと削っていく。

 火花を散らして走っているというと聞こえはいいが、パーツと心も一緒に削れていくのでメンタルが持たない。


 ここで更にメンタルが持たない事態が…。

 エンプティランプがピッカリついてるじゃないか。そしてここは山道。給油しようにもガソスタはまだまだ先である。なぜ気づかなかった?無理もない。そもそもこのバイクはガソリンメーターというものがないのだ。

 つまり、走行距離と体感でガソリンの残量を計算しなきゃいけないのを知らなかったのだ。

 無理もない、納車して3ヵ月も経ってない状態での強行ロングランだったのだ。


 エンプティランプにびくびくしながらもようやく開けた土地に出るが…


一向にガソリンスタンドが見えてこない。


それどころか高架を走ってアップダウンしているもんだからあるわけがない。

ああ、終わった。人生初JAFかな…なんて思いながらも、もう進むしかないのでそのままバイクを走らせる。


 無情にもアップダウンは続く。燃費良く、極力こっちも一定ペースで進もうとするものの、片側一車線で詰まってしまってはなすすべがない。

 走れど走れどガソリンスタンドは見当たらず、気持ちは焦る一方。

 人生もまた同じだ。残量が見えず、気づかぬうちに限界に近づいていることがある。心の燃料も体の燃料も、エンプティランプが点いて初めて「ああ、もうやばい」と気づくのだ。

 それでも止まれない。結局は走るしかない。たとえ燃料が尽きようと、その先でスタンドに辿り着くか、助けを呼ぶかしかないのだから。


 いっそ運に任せるしかない。そう考えていると左手にガソリンスタンドの看板が!

救われた。神はいた。都合のいい時だけ信じる神が、そこにいたのだ。きっとその神の名はENEOSとでもいうのであろう。


 そんなこんなで難を逃れた。まあ、先代のバイクの時もこんな経験はしているのだが、見知らぬ土地でのこれはやっぱり来るものがある。

 日頃の行いが良かったのかどうかと思ったが、ここいらでどっと疲れたのであきらめて鈴鹿まで高速に乗ったのだ。

 道中の名古屋の風は熱く、服は一瞬で渇き、それまでの湿った感じはなくなった。


 鈴鹿の街に着いたのは、ちょうど日が傾き始めた頃だった。街灯がひとつふたつ点き始め、あたりには虫の声が響く。秋の気配をまとった風がヘルメットの隙間から入り込み、ようやく「今日はここまでだ」と心がほどけた。

 

 女の子の家に着くと、玄関の明かりが小さな灯台のように迎えてくれた。知ってる土地で、知っている人の家の明かりほど安心するものはない。

 夜、ドン・キホーテで缶チューハイを手土産に買い込み、彼女の希望でマクドナルドに立ち寄った。旅の途中でハンバーガーとポテトをぶら下げて帰る光景は、妙に滑稽で、同時に胸を満たすものがあった。

 狭い部屋の座卓に、酒とマックを並べて乾杯した。安っぽいアルコールの炭酸が喉を通り過ぎると、全身の疲労が一気にほどけていく。ポテトの塩気、ハンバーガーの油っぽさすらご馳走に思えた。旅の中では、日常の食べ物が特別になる。

 くだらない話を交わし、愚痴をこぼし、何本目かの缶を開けた頃には、空気が柔らかくなっていた。テレビの音も耳に入らない。気づけば隣に座る距離が近づき、肩が触れた。お互いに笑ったその次の瞬間、唇が重なった。

 その夜は、恋人のように寄り添い、触れ合った。深い意味を求めるでもなく、将来を約束するでもなく、ただその時の体温と温もりに身を委ねた。付き合っていない関係だからこそ、余計な言葉はいらなかった。

 「ほんと、無茶するんだから」

 そう呟く彼女の声を背に、眠りに落ちた。雨に打たれ、ガソリン切れに怯え、ようやく辿り着いた夜に待っていたのは、人の体温と小さな優しさだった。


 人生もまたそうだ。ずっと一緒に走る相手でなくとも、一瞬の寄り道が心を支えてくれることがある。ゴールに辿り着くことだけが大事なのではない。その途中で出会い、触れた温もりが、次の道を走る燃料になるのだ。


 目を覚ますと、窓の外はすっかり秋晴れだった。夜の湿気は跡形もなく消え、鈴鹿の空はやけに澄んで見えた。隣では彼女がまだ眠っていた。髪が少し乱れていて、その寝顔を横目に見ると、不思議と胸が締めつけられる。昨夜の笑い声や温もりがまだ体に残っている気がした。

 布団を抜け出し、静かに身支度を整える。カチャリとヘルメットを手に持つ音が部屋に響いた瞬間、彼女が薄目を開けた。

 「もう行っちゃうの?」

 その一言に、思わず足が止まった。

 「うん、まだ先があるから」

 そう答えると、彼女は小さく笑って「バカだなぁ」と呟いた。その声は、夜のそれとは違って、どこか寂しさを含んでいた。

 玄関先で短い挨拶を交わす。昨夜みたいな勢いも冗談もなく、ほんの一言。けれどその一言に、旅の途中でしか得られない確かな温もりが込められていた。

 エンジンをかけると、Vツインの振動が胸に響く。ミラー越しに小さく手を振る彼女の姿を見たのは、ほんの一瞬だった。角を曲がればもう見えなくなる。旅は残酷だ。別れを選ばなくても、前に進めば自然と背中に別れが積もっていく。

実はそれ以降は連絡をとっていない。

はたしてこの夜は幻想だったのか、私の理想の中のものだったのかは定かではない。


朧気な記憶ではあるもののたしかにそこにあったはずなのだが、男女というものは不思議なもので、長らくの関係はいとも容易く解けてしまうのだった。

その日は私の地元である津市で、友人達とキャンプに行くなどして過ごした。

この友人は後の物語でも登場してくるのだがそれはまたあとの話だ。

夜は久居の中心街で別の子と会う約束をしていた。中学の頃からの仲ではあるが、他校だったので人となりをものすごく詳しく知っている訳ではない。

だが、互いに迷いを打ち解けられるほどには成長したのだろう。

さてその日はそれで終わり、翌朝は京都府をめざしつつ甲賀市までの間を下道で走った。


高速に乗る前、コンビニで休憩しているとワクワクした目で我々を見つめる少年がいた。

歳の頃で言うと3歳ぐらいだろうか、最年長の仲間が声をかけるとその子は随分のことバイクに興味をもっていたようでご両親の了承を得て私のバイクに乗っけてあげた。

幾分車両的にも車高が低いので1番都合が良かったのだ。

体格に似合わない大きなバイクをキラキラした目で触るその子の背中には、将来の姿が見えたような気がした。

そんなちょっとしたことに笑い合いながら高速道路にのる。


秋晴れの中各々違う排気量でかっ飛ばすのは楽しかった。

250ccのエストレヤに乗る友人は、あまりにぶん回すものだから手がしびれていたようだ。無理もない、ゆくゆくそのバイクを私が譲り受けることになるのだが、とことん振動を手で感じるのだ。

そんなこんなで京都府に到着すると、これまでの秋風が嘘かのように焼かれるかの如く暑いのだ。

それもそのはず、この京都という街は盆地なのである。しかもただの盆地ではない。盆地の中に都市があるのだ。

言うならば代謝のいい巨漢が日光に照らされながら黒ヒートテックを着ているようなもの。

八方を山という名の壁に囲まれているが故、風が吹くのは山の上。降りてこないから空気が循環しない。

もはや盆地と言うには他の盆地と影響の受け方が違う。独特な特性に、もはや椀地……いや石焼きビビンバ地とでも言おうか。

以降我々はこう言う熱がこもる特性の地を走る時は”盆地の洗礼”と呼ぶようにしている。

何を思ったかこの灼熱の中、我々は燃えるラーメンを食べに行った。

比喩などではなく、京都のラーメンは本当に燃えるのだ。

熱々に熱したネギ油をかける時に目の前で火柱があがる。なんともエンターテインメントに富んだ店ではあるのだがこれがまあ美味いのなんの。だが、圧倒的に熱い。暑いのなんの。

背中を汗でびしょ濡れにしながら清水さんを参り、仲間とは京都の地で解散し、京丹後市へ向かう。

甘かった....。地図上ではあれほど小さい京都府だが、思っていたより広いのだ。走れど走れど着かない。道中無料の高速道路にも乗るのだが、この時は永遠に感じた。やがて日は完全に落ち切り、あたりが真っ暗になりきった頃、京丹後市に着いた。

するとどうだろうか、やけに気持ちの悪い化け物が描かれた書店らしきものが目に入ってくる。

昔やってたホラーゲームの青鬼に出てくる、青鬼の中でも異形のキャラクターにそっくりなのだ。

違う点をあげるとすると青鬼に出てくるそいつはブルーベリー色、こいつは……焼けたレモン色か?

夜だったことや、色つきの眼鏡をかけていることも相まって正確な色は覚えてない。

「待たせたね」

目的地のコンビニに到着する。そう、ここで待ち合わせしていたのは当時配信で贔屓にしてくれてた子だった。

この子をバイクの沼に落としたのは他でもない今日この日だっただろう。

彼女は私のバイクを全方位から眺めていた。あまり人気のないバイクだったが故にこうした目は嬉しいのだ。

たわいもない会話をする中、例の書店の話になる。地元民からしてみてもどういうセンスなのか分からないそうだ。

ひとしきり話し込んだ後、あることに気づく。

来ることを目標としていたがために、宿をとってなかったのだ。

私としたことが……フットワークが軽すぎた。

京都府だからなんとかなるでしょという感覚で漫画喫茶を探すも、ないのだ。

そうなんだよな、あと一つ山を超えれば兵庫県の北部。

私は遥か昔に姫路市に住んでたことがあるが、兵庫に住めるは下2mmと揶揄されるほど北側は栄えてない。京都府とはいえど全てが栄えている訳では無いのだ。

フットワークの軽さは取り柄だがリカバリーが不得意なのである。その日は焼けたレモン色の化け物と寝ることを覚悟した。


「そういえば、近くにビジネスホテルがあるよ」


やはり頼りになるのは地元民。その場で空きを確認し、確認してホテルへと向かった。


これがまあ結構味のあるホテルだった。黒ずんだ赤い絨毯にタバコの残り香、缶に入った柿ピーが売ってる酒の自販機とピンクの公衆電話が目に入る。

受付を済ますとゴツいプラティックが着いた鍵を渡され、味気ない部屋に入る。

だが私はこれが大好きだ。どんな飾った一流ホテルよりテーマパークのように感じる。

部屋に入ってシャワーを浴びた後周囲を散策してやろうと心積もりしていたが、寝た。人間は睡魔には敵わないのだ。


 翌朝の目覚めはすこぶるよかった。朝食付きでバイキング形式だったのだが、どうやらここは自動車学校と提携しているみたいで、若い子たちが多かった。おおかた、私も若者の一部ではあるのだが、エンストがどうだとか、坂道発進が難しいとか、そんな経験は数年前に済んでいるのだ。

 新鮮な気持ちになりつつ、ご飯を盛る、盛る、盛る。


 やってしまった、盛りすぎた。朝食バイキングではいつもこうなのだ。男らしいといえば聞こえがいいが大盛のご飯に茶色のおかずがてんこ盛り。なかでもべチャっとしたフィッシュフライが好きだったりもする。

 

 ———やはりやりすぎた。満腹だ。


 けど、それでいいし、それがいい。血糖値爆上げで朝を進む。そうでなければ漢旅では体力が持たないのだ。


 二度寝したい目を擦りながら大掛かりな荷物をバイクに積んで再出発。晴れ空の元海辺を走るのは心地が良い。

 京丹後を出発し、日本海を左手に見ながら北へと走る。水平線はどこまでも真っ直ぐで、風の匂いは太平洋とは違って少し塩っぽい。波の荒々しさに押されるように、アクセルを握る手に力が入る。

 福井に差し掛かった頃、前方に嫌な影が見えた。目のまえに映ったのは路肩に潜むパトカー。減速が一瞬遅れていたら、間違いなく御用だっただろう。心臓が一拍遅れて跳ねる。逃げ切れた安堵と、背筋に冷や汗をかくスリル。

 ミラー越しに見ると後ろの車が捕まっていた。ご愁傷様です。


 「生きてる実感って、こういう瞬間にも宿るんだな」と妙な納得をしながらハンドルを握り直す。

 敦賀を越え、福井平野に出ると、空の色が変わった。雲が切れてうっすら傾きかけた太陽が差し込む。オレンジに染まった海が鏡のようにきらめき、しばらく無言で見入ってしまう。旅の途中でしか見られない景色が、心を軽くする。

 やがて石川の看板が見えてきた。金沢の街が近いことを実感する。歴史ある城下町のイメージが脳裏をよぎり、心が弾む。

 時刻はまだ16時といったところだったが、気になる街だ。とことん満喫してやろうと今日はここまでにして金沢で一泊することに。急な予定変更だったが、時間はたっぷりと取ってある為なんのことはない。


 しかしながら日本海側はホテルが安い。こっちの物価の半値ぐらいで泊まれて、なおかつきれいである。この日泊まったホテルはロビーから何から綺麗だった。ベッドもすこぶる広いし、新しい香りが広がっている。カーペットにはシミ一つなく、パネル式のライトスイッチ、そのうえカギはカードキーだった。

 だが、私からしてみたら迷惑な話なのである。このカードキーとかいうやつはよく無くすのだ。

 そもそも鍵ですらなくすから、防止するために全てのカギをレザーのキーチェーンでベルトループにつけているのだ。財布の中のカードは目いっぱいだから入れるところが見当たらない。


 というクレーマーの様な文句しかつけようがないぐらいに素敵なホテルだった。そうそうに武装解除して、金沢の街へと繰り出す。駅前の鼓門は迫りくるような迫力で足を奪われた。

 駅前の看板で近江町市場の存在を知る。兼六園はもう閉まる寸前だったので諦め、夕食の確保がてら向かう。

 だが、近江町市場の方も閉まっていたのだ。


 閉まり切った商店街をぶらぶらと散策して途方に暮れて歩いていたところ、気になる店がちらほらあったものの、常連で溢れかえる店が多くて入りづらい。

 これだからこういう時コミュ障は困るんだよな。仕方なく駅に入っているスーパーで、甘えびと鯖寿司とヒラメこぶ締めを買って部屋で地酒と共に頂いた。


 これがいいのだ。誰にも邪魔されることなく自分のペースでゆったり飲み食いができる。

 甘えびを日本酒に浸して食べるなんて言う下品な行為も、孤独な環境なら許されるのだ。おいしくなさそうに思うかもしれない。だが、騙されたと思って試してほしい。これがほんとに美味いのだ。エビの甘味が引き出され、酒の香がふんわりと広がる。その直後には脳天に突き抜けるほどの旨味がやってくる。

 中国料理の酔っ払いエビ(酔蝦)の和製版のようで最高だった。


脚を組み、ローカルニュースを眺めながらステンレスマグに注いだ日本酒を口に運ぶ。祖先がこの姿を見たなら、眉をひそめただろう。けれど、旅の夜の孤独は誰に咎められるものでもない。ひとりきりだからこそ許される振る舞いがあり、その奔放さがまた旅の味になるのだ。


 そして気が付いたら寝落ちていた。

 

 翌朝、今日こそは新潟上陸へ。

 三重や京都を越えてきた身体には疲れが残っていたが、ハンドルを握ると不思議と走れる。ここからはひたすら北を目指す。国道8号線を、延々と。

 道は単調だが、北陸特有の空気が旅の匂いを濃くしていく。左手にちらつく海、時折視界に入る漁港の風景。信号で止まるたびに、潮風がエンジンの熱を冷ましてくれるようだった。

 昼は富山県の黒部で一息ついた。暖簾をくぐったのは「麺家なると 黒部店」。出てきた富山ブラックのスープは、見ただけで喉が渇きそうなほど真っ黒だった。レンゲを沈めると濃い醤油の香りが立ち上り、麺を啜るたびにしょっぱさと旨味が交互に殴りかかってくる。疲れた身体に塩分が沁みる。結局スープまで飲み干し、店を出た頃には足取りが軽くなっていた。

 糸魚川では、少し道を外れて海辺に降りてみた。岩地の砂利混じりの浜にバイクを停める。エンジンを切ると、ただ波の音だけが響く。潮の香りとエンジンの残り香が混ざり合い、旅の途中でしか味わえない匂いになっていた。

 岩に腰を下ろし、しばし海を眺める。寄せては返す波は、人生の行き先を問わず「ただ続く」という真理を突きつけてくるようだった。

 再びハンドルを握ると、空は次第に薄曇りへ。夕刻が近づき、ヘルメットのシールド越しに見える光は淡い灰色に変わっていく。ガソリンの残量を気にしつつも、アクセルを開ければ「あと少しだ」という気持ちが背中を押す。

 やがて「新潟市」の看板が見えてきた。長い旅路の果てにたどり着いた達成感が、胸の奥でじんわり広がる。

 目的地に着くこと。それ自体は大した意味を持たないのかもしれない。だが、そこへ至るまでの過程で出会った雨も、人も、景色も、確かに自分の中に刻まれている。

 ——今日もまた、ひとつの道が人生と重なった。


 新潟ふるさと村という毎回行く大きな道の駅で海鮮丼を買い、新潟駅のすぐ近くの大きな味のあるホテルに泊まった。ぱぱっと一日の疲れを流してこの日は就寝。なぜなら翌朝は人と会うからだった。


 そして朝、今日はバイクではない。女性が車で迎えに来てくれるのだ。

 この頃は数回来たことあるぐらいで土地勘に関しては皆無だった。ほとんど相手に任せた状態で新潟をめぐる。一面田んぼに囲まれたどこか懐かしさを感じる大地を感じながら向かった先は新発田市。

 月岡温泉の足湯でゆったりと過ごす。この日は雨が降っていた。しとしとと降り注ぐ雨の向こうに、色とりどりの和傘が見える。

 湯の温もりと彼女の存在が重なり合い、時間がゆるやかに溶けていった。この時ばかりは雨が嫌いな私も時が止まればいいと思った。

  二人でホテルの部屋に戻ると、しばらくは言葉少なに過ごした。カーテン越しに街の灯りが淡く差し込み、二人の影を壁に落としている。沈黙を破ったのは、ほんの小さな笑みだった。

 部屋の灯りは落ち、カーテンの隙間から差し込む街の灯りだけが淡く漂っていた。ネオンの赤や青が、ゆらゆらと壁に反射しては形を変え、二人の影を細く揺らす。ヘルメットを外したときのように、心の重さが一気に解き放たれる。けれど同時に、ここから先は戻れない道だという予感もあった。

 彼女の横顔が闇に浮かび上がる。濡れた髪が頬にかかり、吐息に合わせてかすかに揺れた。そのわずかな仕草に、心臓が痛いほど鳴った。視線を合わせれば、互いにもう引き返せないことがわかっている。次の瞬間、唇が触れ合い、理性の糸は簡単に切れた。

 肌が触れた瞬間、これは過ちであると同時に、人生で最も真実に近い瞬間だと突きつけられる。彼女の体温はあまりにも現実的で、けれどその現実は明日には必ず壊れる。帰る場所がある彼女と、走り続けるしかない自分。その裂け目を抱きしめることでしか埋められない矛盾が、熱として身体を駆け抜けた。

 彼女の指先が、背中をなぞる。強すぎず、弱すぎず、ただ確かめるように。そこには「ここにいる」「離れないで」という、言葉を持たない叫びがあった。私もそれに応えるように柔らに包み込む。呼吸が荒くなり、互いの心臓の鼓動が重なっていく。窓の外の雨音は遠ざかり、かわりに血流のざわめきだけが耳の奥で響いていた。

 シーツがしわを刻むたびに、それが未来の綻びのように見えた。どれほど強く抱き合っても、その裂け目から必ず現実が滲み出てくる。だからこそ抱きしめる。今しかないと知っているから、必死になる。求めれば求めるほど、それが終わりの確かさを裏打ちしてしまう。そんな矛盾に押し潰されそうだった。

 「もし——」と、私は小さく呟いた。けれどその先の言葉は出てこなかった。未来を語れば、すべてが壊れることを知っているからだ。沈黙の中で消えたその一言こそ、本当は最も真実に近かったのかもしれない。叶わぬ「もし」。それは抱き合うよりも強く、胸を締めつけた。

 熱が落ち着いた後も、腕は解けなかった。互いの呼吸が少しずつ落ち着き、静かな空気だけが部屋を満たしていく。頬を彼女の肩に寄せると、香水と煙草が混じり合った匂いがした。甘くも苦いその香りは、いずれ消えゆる。けれど今は、永遠のように思えた。空っぽだった心の空洞が、ようやく埋められていく気がした。

 時計の針が刻む音が妙に大きく響く。秒針が進むたびに、この時刻の終わりが近づいてくる。時間は止まらない。どんなに願っても、この瞬間は伸びてはくれない。彼女の瞳の奥に宿る寂しさを見たとき、ようやくそれを悟った。抱きしめることは永遠の約束ではなく、永遠に続かないことを証明する契りのようなものでもあるのだ。

 それでも、離せなかった。離したくなかった。唇を重ね、体温を確かめるたびに、二人の間にある深い断絶がより鮮明になっていく。愛しているからこそ、愛せない未来。求めれば求めるほど、別れが近づいてしまう。矛盾の上に成り立つ愛。それでも、今この瞬間を抱きしめなければ生きていけない。

 やがて彼女は静かに笑った。ベッドの縁に腰をかけ、薄暗い部屋の中で、カチリと小さな音が鳴る。ライターの火が一瞬だけ彼女の横顔を照らし、その輪郭を切り取った。横顔に浮かぶ薄らとした笑みは泣き出す寸前のものに見えた。私は何も言えず、その表情をただ胸に刻むことしかできなかった。青白い煙がふわりと立ちのぼり、雨音に溶けていく。

 彼女は何も言わずに煙を吐いた。白い線がゆるやかに揺れ、やがて闇に溶ける。沈黙の中、その仕草ひとつひとつが、言葉以上に雄弁だった。帰る場所がある人間の背中。その背に寄り添えない自分。わかっているのに、目を離すことができなかった。

 彼女は二口、三口と煙をくゆらせ、灰皿に押しつけて火を消した。微かな焦げた匂いが部屋に漂い、心臓の奥まで沁み込んでくるようだった。

 その手が、ふとサイドテーブルに伸びる。ためらうように一拍置いてから、一枚の紙を私に手渡した。

 「これ、持ってて」


 冗談めかした笑みの奥に、震えるような真剣さがにじんでいた。


  「……書いてみようか」

 自分でも驚くほどかすれた声だった。紙を広げ、彼女にペンを差し出す。

ペン先が白紙をかすめる音がやけに大きく響く。最初は心許ない線だったが、やがて一文字ずつがはっきりと形を結び、彼女の名前が浮かび上がった。その最後の一画はわずかに震え、インクがにじんでいた。

 「……次は、あなた」

 温もりを帯びたペンを握り、彼女の前に紙を広げる。白い紙に最初の線が引かれる。小さく震えながらも、やがて確かな文字となって形を結ぶ。

この瞬間にしか意味のない行為だとわかっていた。名前を書く。自分の存在をこの場に表す。それだけで胸が締め付けられる。

 紙の上に二人の名前が並んだ瞬間、言葉にならない重みが落ちてきた。誰にも見せることのない契約。二人だけの秘密。幻のようでありながら、どんな現実よりも真実に近かった。

 ただの紙切れに過ぎないはずだった。けれど手の中に残る重みは、ただの書類以上のものを伝えていた。それは未来を約束するものではなく、叶わぬ夢を刻んだ証そのものだった。

 双方の名前が並んだ二枚の紙は、それぞれの懐へと静かに仕舞われた。その仕草は永遠を小さく閉じ込めたように見えた。提出されることのない、しかし確かに存在する想いを綴ったラブレターのように。紙面には水滴のような跡が散り、乾いてしわとなって残っていた。その痕は、触れ合った時間が幻ではなかったことを証明する印のように思えた。


 その後は他愛もない話をして終わった。一瞬の出来事に、これまでの時間がどれほど長く続いていたのかを思い知らされる。


 やがて別れの時は訪れる。街は昼間とは打って変わり、雑踏がひしめく夜の顔を見せていた。だが、そんな喧騒とは無関係に、街行く人々はただ通り過ぎていく。


 彼女はふと立ち止まり、ためらうように顔を寄せた。


 短い口づけ。かすかな苦みが舌に広がる。——それはタバコの苦みだったのかもしれない。けれど本当は、言葉にできない哀しみの味だった。

 最後に視線を交わし、彼女はハンドルを握った。窓を閉じると、車はそのまま闇に溶けていった。残されたのは紙一枚と、香水と煙草の混じった残り香。そして耳に残るタイヤの音。

 寄り道のような恋だった。だが、その寄り道があったからこそ、また走り出せる気がした。



 深夜、私は下道をゆったりと走る。長い旅路を終えて帰路につくのだ。


 街の明かりが遠ざかり、ヘッドライトの白い光だけが路面を切り取っていく。先ほどまでの喧騒はどこにもなく、聞こえるのは風の音とエンジンの響きだけだ。夜露を含んだ冷たい風がグローブの隙間から忍び込み、体を震わせるのに、不思議と心は温かかった。胸ポケットには、まだあの紙切れがある。提出されることはない、けれど確かに触れ合った時間の証だった。

 エンジンの鼓動が胸に響く。その振動は、果たして機械のものなのか、自分の心臓のものなのか。区別がつかないほどに重なり合い、ただ「生きている」という実感だけが確かに残る。走るたびに鼓動は増し、体温と機械の熱が一体化していく。

 信号で止まれば、街灯に照らされて浮かぶのは誰もいない交差点。青に変われば、また孤独な直線が続いていく。寄り道のような恋は長らく心にとどまり続けるのであろう。だが、寄り道があるからこそ、道は物語になる。直線だけでは旅にはならない。

 コンビニの明かりがふと現れては消え、真っ暗な田園が視界を覆う。遠くにポツリと灯る家々の明かりが、まるで別の世界の灯台のように感じられる。そこに暮らす人々には、それぞれの人生があり、帰るべき場所がある。自分はただ通り過ぎていく者に過ぎないのだと、改めて思い知らされる。

 だが、それでいいのだ。通り過ぎるからこそ見える風景がある。立ち止まらないからこそ出会える一瞬がある。旅は終わりを迎えても、次の道は必ず始まる。

 アクセルを少し開く。夜の冷気を切り裂き、バイクは静かに加速していく。後ろに積もっていく別れや寄り道を背中で感じながら、それでも前を向いて走るしかない。

 やがて遠くに、微かに朝の気配が滲んでいた。——これが、私にとっての新潟慕情だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ