月夜と約束の石
よろしくお願いします。
とある大きな街にエインズという少年が住んでいました。
母は村出身の優しい娘でしたが、父は人形師でした。人形を作る人ではなく、操る人の方です。
エインズは父の人形劇が大好きでした。
父がお話を考えて、その内容に合う人形の衣装を母が作ります。
仕掛けのあるトランクは、開くと風景や建物の背景などをセットしてあって、あっという間に新しい世界を作り上げます。
人形の目や背景には光石という淡く青い光りを放つ石が使われています。そして母が作る服は遠くからでも目立つようにビーズやクズ宝石が縫い付けられています。それを着て踊る人形達は、まるで魔法のようにきらきらしていてとても魅力的でした。
新作を発表する休日は、ちょっとした広場が人でいっぱいになります。みんなが命の吹き込まれた人形に夢中になるのです。
エインズはそんな世界を作り上げる両親を誇りに思い、小さな頃からたくさんお手伝いをしました。
ですがエインズが十二歳の時、両親が流行り病で亡くなってしまいました。
エインズは父の跡を継いで人形師として修行しようと考えましたが、母の兄と名乗る夫婦が来て、大人になるまで一緒に暮らそうと申し出てくれたのです。
哀しみの底で心細く思っていたエインズはうなずき、母の故郷の村へと引っ越しました。
しかし、引っ越してからはまるで地獄のようでした。
兄夫婦はエインズの両親が残したお金を全てうばい取り、エインズを納屋に押し込めたのです。
さらには人形のきらきらした美しい服もはぎ取られ、売られてしまいます。
母の遺品のアクセサリーや衣服も伯母さんに盗られてしまいました。
彼らはそれで手に入れたお金で、いつもよりちょっと良いお酒を少しだけ多く買い、いつもよりちょっといい服屋で絹のスカーフを買い、いつもはちょっと手が届かないお砂糖がたっぷり使われたお菓子を買いました。
二体の二本足で立つ猫の人形と、それを入れた背景用の仕掛けトランクは、見た目がボロボロなのでなんとか守れましたが、時にお姫様や女神様を演じる美しい人形と勇者や王子様を演じるかっこいい人形はいとこに盗られてしまいました。
エインズは悲しみがいえる間もなく、ろくなご飯をもらえずに水汲みやたきぎ拾い、そうじや料理の下ごしらえを押し付けられる日々に投げ出されたのです。
(お父さん、お母さん、どうして死んでしまったの……)
朝はスープを食べ終えた空の鍋に水を入れて、ちょっとだけ味のついた水を朝ご飯にします。そこから洗い物や家の掃除をした後、森と家を何回も往復してたきぎにする小枝や木の実を拾い、夕方に夕飯の支度の手伝いをし、パンを二切れ貰って、クタクタになって納屋へと帰ります。
一切れはすぐに食べて、もう一切れはネズミや虫にかじられないように大事に服の中にしまいます。朝や昼間にどうしようもなくお腹がへるので、その時にちょっとずつ食べるのです。
食べたらカビの臭いがするワラに潜り込みます。そしたら首から紐で下げている鍵で、ワラの中に隠したボロボロのトランクをちょっとだけ開けます。ちょっとだけです。中に入っているジオラマに使われている光石はきらきらと光りますから。もしこれが、人形の衣装より高く売れると知られたら取り上げられてしまうでしょう。
すきまから見る人形の世界は温かな思い出ばかりで、切なくなります。
なつかしんでは声を上げないように涙を流して眠りにつくのです。
そうして再び朝が来ます。夢も希望もない辛い朝が。
くり返す日々にエインズは心も身体もすっかり疲れ切ってしまいました。
***
ある晩、納屋に帰る道が明るく、空を見上げれば満月が出ていました。
エインズは訳もわからず胸がいっぱいになり、納屋へ戻るなりトランクをつかみ、かけ出しました。行き先は毎日通う森です。夜中の森は獣が出るので村人はだれも来ません。
心が望むまま足早に奥へ行き、いつも座って休けいする切り株へとたどり着きました。
そこにトランクを乗せて、そっと開きます。
とたんに闇に浮かび上がり広がる世界。
街はきらきらと青く輝き、寝そべる猫人形は今か今かと、期待に瞳を輝かせて動き出す時を待っています。
人形を動かす棒を左右に一組ずつ持って、二匹の猫を立ち上がらせました。
『いいかエインズ。舞台の幕が上がったら、何があっても止めちゃいけないよ。たとえくしゃみがしたくてもな』
懐かしい父の声が何処からか聞こえてきて、涙があふれました。
こぼれる涙をそのままに、父の考えたお話をひとつ、演じました。
二匹の猫はお友達。どうやって人間からお魚を掠め取るか、悪巧みをするのです。ああでもない、こうでもないと考えて、とうとう一匹手に入れて、半分こしました。
だって二匹はお友達ですから。
月明かりの下、鼻水がべしょべしょに垂れても、つっかえても、エインズは手を止めずにお話ししました。
たとえ観客などひとりも居なくとも。
ーーーーパチパチパチパチ!
いえ、ひとり居たようです。
急になりひびく拍手の音に、エインズはトランクを守るようにその前に立ちました。
「だれだ!」
袖で目をこすり、ぬれた視界を晴らします。
月明かりの下拍手するのはエインズと同じくらいの男の子でした。パジャマの上にカーディガンを羽織っています。ベッドから抜け出してきたのでしょうか。
「おどろかせてごめん! でもとってもすごかった! 魔法みたいだったよ! オレ動く人形なんてはじめて見たんだ!」
ほっぺを真っ赤にして、一生けん命感想を言う男の子にエインズはびっくりしました。その目がきらきらしてこちらを見ているからです。まるでお父さんを見る自分のようだと思いました。
「オレはニール! 村長の息子なんだ、よろしく」
「オレはエインズ」
「君のこと見たことないんだけど、家どの辺? 今度遊びに行っていい?」
ニールの仲良くなりたいと思ってくれる気持ちはうれしいのですが、とても遊びになんて呼べません。仕事をサボったら後からどれだけ怒られるかわからないからです。
エインズは自分の置かれている状況をぽつりぽつりと話しました。
「家の仕事の手伝いは仕方ないとしても、エインズのお金を取り上げてご飯をあげないのはひどい!」
ニールはとても怒ってくれて、それだけでエインズは少し元気になりました。
空を見上げれば満月はてっぺんから西にずれています。もう帰らなければ眠る時間がなくなります。
「そろそろ帰るね」
「そっかぁ。ねぇまた遊びたいよ」
「じゃあ、月がきれいな夜になら」
それは二人の約束になりました。
エインズはカビ臭いワラに丁寧にトランクを隠して、自分も潜り込みます。
このトランク以外全て失ったと思っていたのに、新しい友達が出来た。それは宝物のような出来事でした。
次の日はいつもより少しだけ頑張れました。心があたたかかったからです。たきぎを拾いながら「今日の夜ははれるかな?」と何度も空を見上げます。楽しみがあるなんていつぶりでしょう。
「はれた!」
月がのぼったのを確認してエインズは再びトランクを持って納屋を飛び出しました。昨日と同じ切り株まで走り、トランクを抱えて待ちます。
少し遅れてニールもやってきました。でもその顔を見てびっくり。ほっぺたが真っ赤にはれていたのです。
「ニール! どうしたの?」
「エインズ、ごめん。オレ何にもできなかったよ」
ニールはお家であったことを話してくれました。ニールはお父さんにエインズが伯父さん夫婦に遺産を盗られてしまったから、取り返して欲しいとお願いしたのだそうです。でもよそ様のお家の事情に口は出せないと叱られたのです。
「ひとりだけえこひいき? はダメなんだって。次期村長ならみんなを見ないとダメだって怒られたんだ。それにさ“その子はお金と引き換えに孤児にならなくて幸運だったんだ”なんて言うんだ! エインズがどれだけ痩せてるかも知らないで。オレすごく頭に来て父さんに掴みかかって……」
それで引っ叩かれてしまったそうです。
「そっか。ニール、ありがとう。すごくうれしい」
この村に来て、心から心配してもらえたのは初めてです。エインズは久しぶりに笑顔になりました。
ニールは力なく首を振りました。そしてエインズのトランクを見ます。
「エインズ、また人形見ていい?」
「うん」
エインズはトランクから白猫の人形を取り出して、糸が絡まないようにそっとニールに手渡します。
「わあ、目がきらきら」
「光石っていうんだ。お日さまの下でもきらきらするけど、夜市や暗いお店でやる時は遠くからでもよく見えて便利なんだ」
「そうなんだ! ……あれ? 昨日は気が付かなかったけどよく見るとボロボロ?」
黒猫は黒いのでそこまでわかりませんが、白猫は少々黒ずみ毛が束になっている所があります。
「それな、お父さんが初めて買った人形なんだって」
『お父さんの初舞台はな、このシロとクロと一緒だったんだ』
お父さんは白猫を「シロ」、黒猫を「クロ」と呼んでいましたが、彼らは舞台に上がればジョンにもクリスティンにも、お利口なペットにもなります。
お父さんは弟子入りした先でコツコツお金を貯めて彼らを買ったといいました。このトランクもです。いつかエインズも、お父さんに弟子入りしてトランクと人形のお下がりをもらって、人形師デビューをするはずでした。
こんな形で自分の物になってしまうなんて、みじんも思っていなかったのです。
「オレも人形師になりたかったな」
「なにを言っているの? キミはもう立派な人形師だろう」
「え?」
「オレにすごい人形劇を見せてくれたじゃないか!」
そうなのでしょうか。自分ではとてもそうは思えません。だってお父さんの人形劇はもっともっときらきらで素晴らしかったのですから。
だけどそう、そうです。そうなりたかったのです。
両親の死や伯父さん家族からうばわれる日々にすっかり忘れていました。
(そうだ。オレは人形師になるのが、ずっとずっと夢だったじゃないか! どうして忘れていたんだろう。どうしてあきらめていたんだろう)
きらきらのお父さんみたいな人形師になるというきらきらの夢。それが胸にむくむくとよみがえります。
ニールは「そうだ!」と言いました。
「エインズ! 人形劇をしようよ!」
「なんだって?」
***
次の日は曇りでした。
明かりのない夜はとても危険です。エインズはすきまからトランクの中を一目見て、閉じました。
涙は出ませんでした。ニールと話した言葉を思い出していたからです。
次の次の日は晴れでした。
ちょっとずつ遅くなる月の出を、じりじりとあせりながら待ち、森の木々より高くまで月がのぼるのを確認して納屋を出ました。
エインズが切り株まで行くと、すでにニールが座って待っていました。
「エインズ! いい知らせだよ!」
ニールはエインズの両手をとって上下にふります。
「新月の日のお祭り、広場で人形劇してもいいって!」
この村では、新月の夜は悪いものが近づかないように、夜通しランプを点けておく習慣があるそうです。でもランプを見張る人が集まるようになり、その人達がちょこっとお酒を持ち寄って、愉快になって歌って、踊りだす人が出てきて、いつの間にか皆んなが集まる日になったんだって。
「夜になると広場でダンスが始まるから、その前なら広場の一角を使っていいって。場所代として売り上げの一割を村におさめないとダメなんだけど、それでよければ、だって」
「あ……お金もらえなかったら、はらえなくても大丈夫なのか?」
「あはは! なんの心配しているの? そんなわけないじゃん」
エインズは急に来たチャンスに心配の気持ちでいっぱいなのに、ニールはお気楽です。
「広場の場所わかるか?」
「た、多分。行ったことはないけど」
「じゃあむかえに行くよ! お金があればさ、エインズもうちょっとご飯食べられるな! かせげたら祭りで一緒になんか食べようぜ」
にこにこ笑うニールを見ていたら、エインズも楽しみになってきました。そうと決まれば練習です。
エインズは再びニールに人形劇をひろうしました。指が少しもつれてしまい、人形の動きがぎこちなくなってしまいます。
「オレは気にならなかったけど」
「こんなんじゃダメだ! もっと、お父さんみたいになりたいから」
次の日、たきぎ拾いに森を往復する間も、空手で人形を動かす練習します。夜は月が出るなり飛び出して、人形劇を時間のかぎり練習しました。ニールも見に来て、アドバイスをくれます。
数日たつと、うんと夜中にならないと月が出なくなりました。エインズはワラの中で人形を動かす棒だけ出して練習しました。
とうとう当日です。
少し早く起きて家事をこなして、たきぎひろいに森へ行きました。
どうやらお祭りには手土産がないと参加できないようで、お昼過ぎには下ごしらえの手伝いを命じられました。いつもの三倍くらいのご飯を仕込みます。夕方までに終わらせないととエインズは少しあせります。間に合うでしょうか。
夕方になる少し前に、伯父さん家の扉がノックされました。伯母さんがげんかんに出ました。
「まあ、ニールお坊ちゃん。家にはどのようなごようでしょう?」
さすが村長の息子です。あの伯母さんがていねいに話しています。
「エインズと遊ぶ約束をしているんだ。連つれて行ってもいいだろうか?」
ニールがそう言うと、伯母さんは悪魔のような顔でエインズをにらみつけました。エインズはびくりと肩をふるわせましたが、伯母さんの顔はいっしゅんで笑顔になります。
「エインズと仲良くして下さってるとは知りませんでした。どうぞどうぞ、お連れ下さい。村長によろしくお伝えくださいね」
「ああ。エインズ、行こうぜ!」
エインズは野菜をむいていたナイフを置いて、走って家から出ました。伯母さんがいつまでも見ているので、一回木にかくれてから納屋に戻りトランクを持ち出します。
「エインズの伯母さん、ずっと見張ってるじゃん」
「そうなんだよ。すごく怖いんだ」
ニールと喋りながら歩き、広場へと着きました。すでに人がたくさん集まっていて、家から持ってきたおかずを交換している人、焼き菓子や焼いた肉を売っている人なんかもいます。男の人にはもうお酒を飲んでいる人まで。
「すごい人だ」
「エインズ、こっちだよ」
ニールについていくと、広場のはじに木箱が用意されていました。カゴもあります。
「この上にトランク乗せて。ふみ台も用意しといたし、このカゴは前に置いてお金を入れてもらうんだ」
「ニールが用意してくれたの? ありがとう! オレがんばるよ!!」
「いいよ、オレも楽しみにしてたんだ!」
エインズが準備を始めると、近くの人たちが「なんだなんだ」と集まってきます。村長の息子がきらきらした顔で待ってるのですから、注目の的です。
夕方の少し暗くなり始め、エインズがトランクを開けると「わあ」とかんせいが上がりました。
青く光る街にひかれて、小さな子供たちが前にしゃがみこみ、大人たちも後ろから見守ります。ニールが「始まるぞ!」と声を上げ静かになったしゅんかんに、エインズの張りのある声がひびきました。
「“ここは、とある街の路地裏。ここには一匹の黒猫が、住み着いていたのです”」
ぴょこりと黒猫が立ち上がると、前に座った小さな子供達が「ねこだ」「目がきらきらだよ」「どうやって動いてるの?」と小さな声でさわぎます。
黒猫のすみかにある日突然白猫が迷い込んで来ました。迷子だと泣く白猫に黒猫はノラとしてのエサのもらい方、ねどこの探し方、ノラのこころえを教えます。
必死に生活していた白猫ですが、ある日街中でかつての飼い主を見かけます。
「“ご主人様だ!”」
白猫は夢中で追いかけ、前に暮らしていた家をとうとう見つけました。「ああ、帰ってきたんだ」そう思ったのもつかの間、家にはすでに新しい猫が飼われていました。ショックを受ける白猫を黒猫はむかえにいきます。
「“ほら俺たちのすみかに帰ろうぜ”」
もうすっかり二匹は家族になっていたのでした。
二匹は助け合い、仲良くくらしました。
「おしまい」
そうエインズがつげると、周りから拍手が起こりました。カゴに小ぜにが投げ込まれ、お金がない子供たちからはパンやフルーツがカゴに入れられます。
だけどそれよりも「面白かったよ」「ネコかわいかった」と一緒につげられる感想に、エインズは胸がいっぱいになりました。
その場で深く頭を下げ、感謝を伝えます。
「ほら、心配いらなかっただろ?」
となりにやってきたニールにエインズは抱きつきました。
「ぜんぶニールのおかげだよ。ありがと、本当にありがとう」
「へへ、大げさだな。だってオレたち友達だろ?」
人形劇は大成功です。トランクを片付けて、お金の入ったカゴから村に納める分を分けようとすると、ふと見られている気がしました。
エインズはぎくりと体が固まります。伯母さんです。劇を観ていた人垣のさらに後ろから伯母さんがするどい目つきでこちらを睨んでいるのです。
エインズは一割取り出したお金をニールに渡しながら、その手をぎゅっと握りました。おそろしさで手がふるえます。
「エインズ?」
「ニール、お願いがあるんだ」
エインズの胸いっぱいの不安は、的中しました。
***
お祭りが終わり納屋へと帰ると、伯母さんと伯父さんが扉の前で待っていました。
「ずいぶん遅いじゃないか」
「ほら、早くかせいだ金をおよこし」
伯父さんがエインズをつき飛ばすと、今日もらったお金がポケットから飛び出します。
「なんだ、これっぽっちなのか? 祭りで遊んで来たようだなぁ」
「それよりあの人形や景色を描いたセットはどうしんだい? あれも出しな」
二人はエインズを力ずくで立たせて、ポケットを探り根こそぎお金をうばい、さらになにか隠していないかと上着をはぎ取ります。
エインズに遺されたお金をうばいとった伯母さん達でしたが、ちょっとだけのつもりの買い物がやめられずに、短い間にほとんどのお金を使ってしまっていたのです。
もっと大金が欲しくて仕方ありません。
「あ、あれはニールが貸してくれたんです。オレのじゃありません」
「ウソつくんじゃないよ! あんな下らないガラクタ、あんたの父親のじゃないのかい!? アンタ、こいつはかくしごとなんかして、あたし達をなめてるんだよ!」
「ちっ、しつけ直すか」
エインズはたくさん殴られて、けられて納屋に放り込まれました。
それから二日ほどまともに動けませんでした。それでも「お祭りでいっぱい食べておいてよかった」と笑えるくらいには、エインズは絶望していませんでした。
月のない夜はさみしいけれど、目を閉じればお祭りで見たみんなの笑顔が、ニールの笑顔がエインズの心を照らしてくれます。
「“だって二人は、友達だから”……ふふ」
起き上がれるようになっても森まで遠出は出来ません。お祭りでエインズの存在を他の村人が知ってしまったせいか、伯母さんも傷だらけでふらついているエインズを人目につく森には行かせませんでした。
再び明るい月夜が訪れたのは上弦の月がふっくらしてきたころ。
エインズはあのお祭りの夜から決めていました。
しばらく暮らした納屋を一通り見て飛び出します。ふり返らずに走って、久しぶりの切り株です。
そこにはすでにニールが待っていてくれて、エインズはうれしくなりました。
「ニール! 待たせてごめん」
「エインズ! 大丈夫か?」
ニールは何度かエインズを訪ねましたが、家の仕事を手伝っていると会わせてもらえなかったと言いました。
「もう一回遊びたかったのに」
「ごめん、知らなかった」
「しかもなんか、傷だらけだし」
心配そうにじろりと見られれば、にがわらいするしかありません。
ニールはエインズの全身をチェックしてから、しぶしぶトランクを差し出しました。
「ほら、あずかってたやつ」
お祭りで不安になったエインズは、ニールにお願いしてトランクと鍵をあずかってもらっていたのです。
ニールは首から鍵も外してエインズの首にかけます。
それから、食べ物の入ったカバンも。
「いいのか?」
「当たり前だろ! 旅立つ友達にせんべつくらい許されるさ」
そうです。エインズは次の月夜にこの村を出ようと決めていたのです。
自分はもう哀しみにくれる子供ではないのです。
せんべつだからこれはえこひいきじゃない、と言い切るニールにエインズはにこにこが止まりません。
「元気でな」
「ニールもね」
「あてはあるのか?」
「お父さんの知り合いに弟子入りをお願いしてみる。ダメでもあきらめないよ! ニールはりっぱな村長になってね」
「当たり前だ。エインズが有名になったら街まで観に行く。じゅんぎょうにも呼ぶよ」
「うん、約束。そうだ」
エインズはトランクを開けて白猫の目をひとつ外します。
「これ、あげる」
きらきらと青く光る光石です。
「ん? お礼とかはいらないぞ」
「ちがうよ。友達との、約束のあかしに」
ニールはてのひらに置かれた光石をぎゅっとにぎりしめました。
「ありがとう、大事にする」
「うん、またね」
二人は別れをおしんで、さよならをしました。
二人の友情は月よりも光石よりも、もっともっときらきらだったと思います。
その後、伯父さん一家はぜいたくが止められずに借金をしてしまい、返せなくてどこかの下働きになったとか。
眼帯をした白猫と勇敢な黒猫の友情を描いた人形劇が街の話題になったとか。
それは数年後のおはなし。
〈おしまい〉
ありがとうございました。




