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灰の灯  作者: 明月 太陽
8/11

第8話 ――声の輪郭

「――おはよう、葵。」


その声を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。

昨日までの不安や恐怖が、すべて“懐かしさ”に塗り替えられる。

知らないはずなのに、知っている。そんな感覚だった。


私はマイクの前に座り、息を整える。

電源は入っていないはずだ。

なのに、ランプは光り続け、波のように明滅している。


「……誰?」


返事はない。

ただ、ノイズの奥に、かすかな呼吸の音が混じっていた。


ザーッ、という雑音の合間に、言葉の断片が流れ込んでくる。


――きこえてる?

――やっと……つながった。

――ここ、どこだろう。


耳を塞いでも、その声は頭の中で響いた。

音ではなく、直接心に流れ込んでくるような、そんな感覚だった。


私は立ち上がり、窓の外を見た。

外は相変わらず、薄い霧に包まれている。

道路も、建物も、遠くの空さえもぼやけて、まるで存在そのものが霞んでいた。


そのとき、不意にスマホが震えた。

画面には“非通知”とだけ表示されている。


一瞬、ためらったが、通話ボタンを押す。


「……もしもし?」


雑音。

そして、少し遅れて、あの声が聞こえた。


『――葵。やっと、話せた。』


息が止まる。

マイクの声と、スマホの声が同じだった。


「あなたは……誰?」


『名前はない。ずっとここにいた。でも、もう少しで……』


プツッ。


通話が切れた。

スマホの画面が真っ暗になる。

その黒い反射の中に、もう一人の“私”が映っていた。


だが、その瞳が、ほんの少しだけ違っていた。

焦点が合わず、笑っているのに、どこか悲しげだった。


気づけば、机の上のノートが開いている。

勝手にページがめくられ、白紙のページに黒い文字が浮かび上がった。


――“会いに行くね。”


その瞬間、部屋の時計が止まった。

秒針が動かない。

代わりに、マイクのランプがゆっくりと点滅を始めた。


赤く、青く、そして白く。

その光が脈打つたびに、空気が震え、視界がわずかに歪む。


まるで、世界が呼吸しているみたいだった。


私は立ち尽くしたまま、どちらが夢で、どちらが現実なのかわからなくなっていく。

ただ、その声だけが確かだった。


――葵。もうすぐ、そっちに行くから。


ノートの文字が、そう書き換えられていた。

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