第6話 ――声の残響
朝、目覚ましの音よりも先に目が覚めた。
瞼の裏にはまだ、夢の景色が焼きついている。薄暗い部屋、隣で笑う声、そして確かにあった“温もり”。それらが現実のように鮮明で、起き上がるのが怖かった。
――あの夢は、もう終わったのだろうか。
そう思いながら、天井を見上げた。
部屋の空気は冷たく、現実だけが静かに息をしている。時計の針が刻む音が、やけに大きく聞こえた。
「……はぁ。」
吐き出した息が白く見えた気がして、手を伸ばしてみたが、何も掴めなかった。
やっぱり、ここは夢じゃない。
コーヒーを淹れ、机に向かう。
作業用のヘッドホンをかけると、イヤーカップの内側から微かな金属音が響いた。
――カチッ。
電源を入れた覚えはない。モニターの隅で、マイクの小さなランプが点灯している。
「……おかしいな。」
念のためにケーブルを抜こうと手を伸ばした瞬間、耳の奥でノイズが鳴った。
ザーッという雑音の中に、何かが混じっている。
「……――まだ、ここにいるよ。」
その声を聞いた瞬間、背筋が凍った。
間違いない。
夢の中で、何度も聞いた“あの声”だ。
手のひらがじっとりと汗ばむ。マイクを覗き込むが、当然、そこに誰かがいるはずもない。
それでも、確かに“誰か”がそこにいた。
「あなたは……誰?」
問いかけたが、返事はなかった。
ただ、ノイズが少しだけ弱まり、まるで呼吸のように波打っている。
――これは、現実なのか。
それとも、まだ夢の続きなのか。
不安と興奮の境目で、鼓動がどくどくと耳の奥を叩いた。
画面には何の異常も表示されていない。録音ソフトも、配信ツールも、何も起動していない。
それでも、マイクだけは静かに光り続けている。
試しに録音を開始した。波形が、ゆっくりと動く。
「もしもし」と声をかけると、その波が一瞬だけ跳ねた。
しかし、返事はやはりない。
ただ、最後にほんの一瞬、音の隙間に何かが紛れ込んだ。
それはまるで、人の笑い声のようだった。
背筋が震える。マイクの電源を切ろうとしても、ボタンは反応しなかった。
ケーブルを抜いても、ランプは消えない。
「なんで……」
その瞬間、部屋の電気が一度だけチカッと瞬いた。
そして暗闇の中、マイクのランプだけが淡く光を残す。
――瞬いた。
まるで意思を持っているかのように。
その夜、私は眠ることができなかった。
夢の続きが怖いのではない。
“夢の方が現実に近い気がする”ことが、恐ろしかった。




