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灰の灯  作者: 明月 太陽
5/12

第5話 街に滲む夢

朝、いつもより少し早く目が覚めた。

窓の外は薄い曇り空で、世界全体がまだ眠っているように静かだった。

今日は在宅ではなく、週に一度の出社日。

いつもより早い電車に揺られながら、ぼんやりと流れる街並みを見ていた。


イヤホンの中で、無機質なアナウンスが響く。

それすらも、遠い誰かの声のように聞こえた。


駅を出て、会社までの道を歩く。

朝の通勤路は、変わらないはずだった。

いつも同じ道、同じビル、同じ人の流れ。

けれど、その“同じ”が今日は妙に違って見えた。


人々の足音が、少しだけ遅れて響く。

看板の文字が、一瞬、形を変えた気がした。

まるで現実が、誰かに“上書き”されているような――そんな感覚。


「……気のせい、だよね。」


小さく呟いて、自分に言い聞かせる。


信号が青に変わり、横断歩道を渡る。

そのとき、視界の端に見覚えのある横顔が映った。


心臓が、一瞬止まったように感じた。

白いイヤホンをつけ、肩までの黒髪。

振り返ったその顔――夢の中で、何度も見た“あの人”だった。


目が合った気がした。

いや、確かに合った。


けれど、その人は何も言わず、群衆に紛れていった。

呼び止めようとしても、声が出なかった。

喉が乾いて、息が詰まる。


“また、会えたね。”


頭の奥に、その声が響いた。

静かに、確かに、あの夢のままの声で。


手が震えた。

現実の中で、心臓の鼓動だけが異様に大きく響く。

冷たい風が吹き抜け、目の前の世界が少しだけ歪んだ。

遠くのビルが滲んで、灰色の空が“ノイズ”のように揺れた。


気づけば、横断歩道の真ん中で立ち止まっていた。

車のクラクションが鳴り響き、現実が急に“音”を取り戻す。


慌てて駆け出し、歩道へ逃げ込む。

心臓が痛いほどに打っていた。


あの人の姿はもう、どこにもなかった。

けれど、確かにいた。

あの“夢”の中の彼が、この現実に。


――夢と現実、どちらが先に壊れるのだろう。


葵は、止まらない息を整えながら、曇り空を見上げた。

空の向こうに、微かに“青”が滲んでいる気がした。

けれどそれが光なのか、幻なのかは、もうわからなかった。

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