第3話 夢の残響
目が覚めたとき、頬にまだ夢の温度が残っていた。
好きな配信者と、実際に会って、笑って、話して、連絡先を交換した――そんな夢だった。
彼の声も、画面越しのそれではなく、すぐ隣で聞こえていた。
柔らかい声色。指先がほんの少し触れた瞬間の、現実のような感触。
あれは確かに、あの瞬間は“生きている”と思えた。
けれど、目を開ければ、天井の白が広がる。
机の上には昨夜のコップ。
カーテンの隙間から、まだ朝にもなりきれない光が滲み込んでいた。
「……夢、か。」
現実に戻されたときの、この感覚。
胸の奥に鈍く沈む“痛み”にも似た感情。
まだ起床まで少し時間がある。
再び眠れば、せめてもう一度、あの夢に戻れるかもしれない――そんな淡い期待が、私を枕へと押し戻した。
そして、驚くことに夢の続きが始まった。
私はまた、あの人と話していた。
笑って、ふざけて、まるで現実が続いているようだった。
……けれど、また目が覚めた。
そして再び眠り、また夢の続きを見た。
それを五回ほど繰り返した。
まるで夢が私を離してくれないみたいに。
夢の中では確かに“生きていた”。
現実よりも鮮やかに、現実よりも温かく。
けれど、そのどれもが、夜明けとともに消えていく。
起き上がったとき、心はひどく重たかった。
スマホを開いても、連絡先なんてどこにもない。
あの笑顔も、声も、温度も、全部――灰のように崩れ落ちていた。
現実は、残酷なまでに正確だ。
夢の中で得たものを、きっちりと取り上げていく。
なにも感じることができない私に、一瞬の希望を与えては、それを奪い去る。
その繰り返しが、まるで私を壊すために仕組まれているみたいで。
――わかっている。
こんな夢を信じてしまう自分が、愚かだということは。
それでも、心のどこかで縋ってしまう。
だって、現実にはもう、縋るものなんて残っていないから。
「……ねえ。私は、どうしたらいいの?」
口に出した声は、誰にも届かず、部屋の中で消えた。
その音の余韻が、まるで“夢の残響”のように、静かに消えていった。




