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灰の灯  作者: 明月 太陽
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第2話 光の欠片

キーボードを叩く指の音が、かすかに響く。

しかしその音は、まるで誰か別の人間が打っているように遠く感じる。

自分の意志で動いていない気がする。

ただタスクを消化するための機械のように、時間を削っていくだけ。

時計の針が進むたび、胸の奥で何かが少しずつ欠けていく。


昼を過ぎた頃、ふと違和感に気づいた。

画面の右下――タスクバーの隅に、見慣れない“灰色の光”がちらついた。

通知アイコンのようでいて、そうではない。

何かが“瞬いた(かがやいた)”のだ。

光でも反射でもない。

まるで、そこに「生き物」が息づいたような……そんな感覚だった。


マウスを動かしても反応しない。

アイコンをクリックしようとしても、カーソルがその部分だけを避けてしまう。

目の錯覚だと自分に言い聞かせる。

けれど、見間違いではない。

光は、まるで呼吸をするように淡く明滅を繰り返していた。


「……なんだ、これ」


思わず声に出した。

次の瞬間、光は“じわり”と滲んで、画面の中に溶けた。

モニターの色調が変わったわけでもない。

けれど部屋の空気が一瞬だけ変わった気がした。

湿ったはずの空気が乾き、音のない空白が広がる。

何かに“見られている”――そんな感覚が背筋を這う。


結局そのまま午後の作業を終えることになった。

心ここにあらずのまま報告書をまとめ、チャットに提出する。

誰からも特に反応はない。

「おつかれさまです」というテンプレートの言葉が並ぶだけ。

葵はその文字を眺めながら、自分の存在が文字と同じくらい“薄い”ものに感じた。


夜になり、PCをシャットダウンしようとした瞬間、またそれが現れた。

今度はタスクバーではなく、画面中央。

黒く落ちたモニターの中に、“灰色の灯”が揺れていた。

まるで鏡の向こう側にあるように、静かに、確かに――。


葵は立ち上がり、無意識に画面へと手を伸ばした。

その光は、一瞬だけ強く瞬き、

次の瞬間、部屋の照明が――切れた。


闇の中で、葵は息を呑んだ。

しかし不思議と怖くはなかった。

ただ、胸の奥が“懐かしさ”で満たされる。

なぜか涙が溢れそうになる。

理由なんて、どこにもないのに。


そして、暗闇の中で聞こえた。

――「葵」

自分の名前を呼ぶ声がした。

優しく、けれどどこか遠く、灰に混じるような声で。


次に目を開けたとき、部屋は元に戻っていた。

モニターには何も映っていない。

光も、声も、もうどこにもなかった。

それでも葵の胸の奥には、確かに“何かが灯った”ままだった。


光は、確かに存在した。

けれど、あの声が誰のものなのか――まだ、わからない。

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