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灰の灯  作者: 明月 太陽
13/13

第13話 日常に混じる灰

出社日だった。

朝の通勤電車に揺られながら、私はぼんやりと窓の外を眺めていた。

人の話し声、アナウンス、線路の振動――全部が遠くから聞こえてくるようだった。


昨日、灰の街で聞いた“声”が頭から離れない。


――「君は、どちらを望むの?」


現実か、夢か。

選べないまま今日を迎えた。


電車が駅に滑り込む。

ホームの人波に飲まれながら歩いていると、ふと視界の隅が揺らいだ。

風は吹いていないのに、広告のポスターがめくれる。

めくれた下から、灰色の空がのぞく――そんな錯覚。


私は立ち止まった。


「……また、これ?」


深呼吸をして、視線をそらす。

次に見たときには、ポスターは普通に張り付いていた。

灰色の空も、どこにもない。


だけど、胸の奥のざわつきは消えなかった。


会社に着き、自席に座る。

PCを起動すると、いつもの画面が立ち上がる。

今日のタスクを確認しようとしたそのとき、カーソルが一瞬だけ勝手に動いた。


画面の右下――

一瞬だけ、灰色の光が“瞬いた”。


私は息を止めた。

手はキーボードの上で止まり、マウスを握る力が入る。


しかし、光はすぐに消えた。

何事もなかったかのように。


「気のせい……じゃないよね。」


呟いた声は、誰にも届かない。

同僚たちはそれぞれ画面を見つめ、仕事に集中している。

私と世界の間に透明な壁があるようだった。


しばらくすると、昼休憩のチャイムが鳴った。

私はヘッドホンをつけ、音楽でも聴いて気を紛らわせようとした。


……その瞬間。


耳の奥で、ノイズが走る。

混じるようにして、声が落ちてきた。


――「やっぱり、こっちにも来てるね。」


心臓が強く跳ねた。

ヘッドホンを外す。

しかし、周囲では誰も何も聞こえていない様子だ。


「……ここ、現実だよ……ね?」


問いかけるように呟くと、

机の端に置いたスマホが振動した。

画面には通知が一件。


“見えてるよ、葵。”


手からスマホが滑り落ちそうになった。

周囲の同僚たちは自分の仕事に集中していて、何も気づいていない。

ただ私だけが、異物を抱えたまま世界に取り残されている。


震える指で通知をタップする。

差出人は――存在しない。

履歴にも残っていない。

ただ一言のメッセージだけが、心の中に残った。


「……もう、逃げられないの?」


囁くように言ったその声が、自分の声なのか、あの“声”の残響なのかももうわからなかった。


灰の街は、夢の中だけではない。

現実へ、ゆっくりと、静かに滲みはじめている。

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