第12話 境界の残響
朝、目を開けた瞬間から、胸の奥に違和感があった。
身体は確かにベッドにあるのに、意識の一部がまだ“あの場所”に残っている気がした。
灰の街。
声の存在。
そして――あの問い。
「君は、生きたいのか、死にたいのか。」
夢の中の言葉なのに、今も耳の奥にこびりついて離れない。
私は起き上がり、机に向かった。
マイクのランプは消えている。
ノートは閉じられ、昨夜と同じ位置にあった。
けれど、何かが違う。
ページの端が、わずかに焦げていた。
火を使った覚えなどない。
それでも、黒い跡が確かに残っている。
指でなぞると、灰のような粉が指先についた。
手を止めた瞬間、頭の奥で“あの声”が微かに響いた。
――「それが、境界の証だよ。」
思わず振り向いた。
部屋には誰もいない。
それでも、声が空気を震わせた感触があった。
「……やめて。今は現実なの。」
言葉を吐き出しても、何の反応もない。
ただ、部屋の照明がゆっくりと明滅した。
まるで、呼吸するように。
私は立ち上がり、カーテンを開けた。
外は曇っていた。
けれど、窓ガラスの向こうに見える街の一部が、どこかおかしい。
ビルの形が歪み、遠くの電線が空の中に吸い込まれていく。
現実の街が、灰の街に少しずつ似ていく。
「……やめて。」
呟いた瞬間、スマホが震えた。
画面には通知が一件。
差出人は不明。
本文は――たった一行。
“おかえり、葵。”
息が止まる。
その文字を見つめたまま、身体が動かなくなる。
次の瞬間、視界が波打った。
机の上のマイクが、一瞬だけ光を放つ。
ノートが勝手に開き、ページの上に黒い文字が浮かび上がる。
――“現実はもう、片方だけじゃない。”
私は、もう笑うこともできなかった。
ただ立ち尽くしていた。
そして、頭の奥で再び、あの声が囁いた。
――「君は、どちらを望むの?」
答えは出なかった。
ただ、その問いが、心の奥の一番深い場所を静かに叩いた。




