第11話 声だけの存在
目を開けると、私は見知らぬ場所に立っていた。
灰色の空。
地面は乾いた土ではなく、まるで色を失ったアスファルトのようだった。
建物はなく、音もない。
ただ、空気だけがそこに在る。
ここは夢なのか、現実なのか。
判断する手がかりは、なにもなかった。
ただひとつだけ――私は、自分の足で立っていた。
「やっと、気づいたんだね。」
声がした。
背後から。
いや、上からでも横からでもない。
“方向”という概念が存在しない場所から響いてきた。
私は反射的に振り返る。
しかし、誰もいない。
「探さなくていいよ。姿はないから。」
声は淡々としていた。
優しくもなく、冷たくもなく、ただ“事実”のように語る声。
「……誰?」
私は問いかける。
声はすぐに応えた。
「君が、ずっと求めていたものだよ。」
意味がわからない。
期待も、恐怖も、安堵も湧いてこなかった。
ただ、脳が状況を処理できずに停止している感覚だけがあった。
「君は、ここに来たいと願っていた。
だから、来られたんだ。」
「願ってなんて……ない。私は……」
言いかけた瞬間、言葉が途切れた。
本当にそうだと言い切れるのか。
“ここではないどこか”を願っていなかったと、断言できるのか。
沈黙が落ちる。
声は、続けた。
「君はずっと、現実と夢の境界を歩いている。
どちらからも救われず、どちらにも属せず。
その在り方を、君はもう選んでしまった。」
それは告げるようであり、責めるようでもあり、ただの観測のようでもあった。
「……私は、生きたいのか死にたいのかも、わからない。」
「それでいいよ。
答えはまだ、用意されていないんだから。」
私は、その言葉に違和感を覚えた。
“まだ”――?
まるで、答えがどこかに存在している前提のようだった。
「あなたは……私を導く存在なの?」
声はすぐには答えなかった。
代わりに、淡く断ち切るような言葉を落とす。
「導く? いいや。私はただ、“君が沈む深さ”を見ているだけ。」
ざわり、と胸の奥で何かが動いた。
それは恐怖か、理解か、あるいは拒絶か。
わからない。
何もわからないまま、声だけが存在し続ける。
そして、次の瞬間。
視界が白く弾けた。
気づけば私は、自分の部屋のベッドにいた。
朝のアラームが鳴っていた。
スマホを止めると、不自然な静寂だけが残った。
夢だったのか。
それとも――“帰ってきただけ”なのか。
わからないまま、私は息を吐いた。
その吐息の中に、かすかにあの声の余韻だけが残っていた。




