第10話 灰の街
目を覚ますと、世界が灰色に沈んでいた。
天井も、壁も、床も、色という概念を失っている。
昨日までいたはずの部屋の形は、うっすらと残っているのに、そこには現実の輪郭がなかった。
まるで、記憶の中の部屋を無理やり再現したような歪さ。
私はゆっくりと立ち上がった。
身体の重さも、呼吸の感覚も、確かにある。
けれど、どこかで「これは夢だ」と告げる声がした。
誰の声でもない。私の中の、もう一人の私の声。
玄関の扉を開けると、そこは見知らぬ街だった。
空は濁った灰色で、雲とも霧ともつかないものが流れている。
ビルのような影が遠くに見えるが、形が定まらない。
風はないのに、髪が静かに揺れる。
――ここは、どこだろう。
歩いても足音がしない。
街には誰もいない。
信号も、車も、看板も、すべてがかつて「あった」ものの亡霊のようだった。
ふと、道の端に倒れた標識を見つけた。
そこにはかすれた文字でこう書かれていた。
“灰の街へようこそ”
胸がざわついた。
誰が書いたのかも、誰に向けた言葉なのかもわからない。
けれど、その文字を見た瞬間、頭の奥がチリチリと痛んだ。
何かを――思い出しかけている。
「……誰か、いますか?」
声を出してみた。
返事はない。
ただ、灰の風が私の声を吸い取っていくようだった。
そのとき、足元の灰がゆっくりと揺れた。
波紋のように広がり、遠くで人影のようなものが動いた気がした。
灰色の中に、わずかに“色”が混じる。
淡い光の粒――まるで、星屑のような。
私はその光を追って歩き出した。
足元に確かな地面の感触があるのに、歩くたび、現実が少しずつ遠のいていく。
――ここが夢なら、どうしてこんなに息苦しいのだろう。
灰の街は、静かに私を呑みこんでいった。




