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誕生日パーティー・後編〜セレシア

 一同がただただ呆然とする中、王家の面々は恭しく頭を下げる━━セレシアを除いて。


「ヴィーズ王国をお守りくださるヴォダ神様。このたびは間近にお目にかかるばかりか、王宮へお出ましいただけましたこと、身に余る光栄と存じ奉ります。僭越ながらこの場と国を代表し、心よりの感謝を申し上げたく……」

《構わぬ。楽にせよ、女王。王配、王太子もな。我が妻ニノアの姉を祝う場なれば、我も祝いに駆けつけて当然というものであろう?》


 人ならぬ美貌と同じほどに美しい声音に、広間には数秒の静寂が広がり━━その内容を理解した者たちによる驚きとざわめきが取って代わった。


「つ━━妻ですって!? ニノア殿下が……いえ、この上なく相応しいお方であるとは思いますけれど」

「いやしかし、巫女は別名『神の花嫁』とも称されるお役目。であればヴォダ神様は、そちらの意味で仰っているのかも……」

「それはないでしょう。もしもそうであるならば、歴代の巫女様のご家族のお祝いにも、神様がお越しくださった記録の一つくらいは残っているものでしょうし」

「何て素敵なお二方なのかしら……ご覧になって、あのニノア殿下のお幸せそうなお顔。守護神様も、とても愛しげに殿下を見つめていらっしゃるわ」

「まあ、ヴォダ神様がお顔を寄せてニノア様に何かささやかれて……ニノア様が赤面なさるお姿の、何とお可愛らしいこと」


 さまざまな反応はあれども、皆概ね好意的に受け入れている。敬愛する王女が王国の守護神の妻となったのだから、ごく当然とも言えよう。

 むしろあまりに好意的すぎて、今日この場の主役であるはずの二人が完全に霞んでしまっていた。


 ……ぎりぎりぎり、みしみしみし。


 当然そんなものが面白いわけはないセレシアは、あまりの忌々しさにより、歯と手にした扇を盛大に軋らせるという王女にあるまじき振る舞いをしていた。気づいているのはすぐ隣にいる未来の夫と、彼女の家族くらいだったが。

 妖精姫と名高い美貌を、百年の恋も千年の愛も一瞬で冷めそうなレベルで歪めた彼女の視線の先、セレシアとヴィーズ王国そのものへの祝福を述べ終えたヴォダが、この場を借りてと前置いてから再び衝撃的な言葉を発する。

 曰く、ニノアのたっての願いにより巫女制度は廃止。その代わりとして、自分とニノアが夫婦となった日を国を挙げて祝う祭りの日とするように、とのことで━━流石のセレシアもぽかんとしてしまった。


《どこぞより聞こえたが、巫女は『神の花嫁』と呼ばれているとか。だが我はニノア以外の巫女を花嫁と見なしたことはなく、それは今後も変わらぬ。我の妻はニノア一人で良いのだ。そして今後は、我とニノアは夫婦としてともに末永くヴィーズ国を守り続けるとしよう。いずれ我らの子に守護神たる役目を委ねるやもしれぬがな》


 更なる歓声に包まれる中、ニノアは慌てて夫に抗議をする。


「ヴォダ様!? 私はそのようなことは初耳ですわ! その、ヴォダ様と私の子が次代の守護神となるかもしれないというのは……」

《ふふ。照れておるのか? 愛らしいな。正確には「我らの子のひとり」と言うべきであったが》

「なお悪いです! もう……!」


 恥じらうニノアの額や頬、こめかみにヴォダの唇が触れる。

 調子に乗った彼にぎりぎり唇ではない口元にキスを落とされ、ニノアは「人前です!」と怒るが、上機嫌の夫は更に楽しげにするばかり。


 ━━バキンッ!!


 扇の折れる音が響き渡り、一同は静まり返ってそちらを見た。

 発生源は言うまでもない、本来の主役だったはずのセレシアである。

 すぐ隣でレオンティーズがドン引いているのを気にもせず震えている姉へ、ニノアはにっこり微笑み声をかけた。


「お久しぶりです、お姉様。予想をはるかに超えてお元気そうで何よりですわ。あまりにお元気すぎて、未来の旦那様が引いておいでですけれど」

「そんなことはどうでもいいのよ! ニノア! あなたは一体どんな手を使って神様を誑かしたわけ!?」

「そう言われましても……」

我が妻(ニノア)がそのようなことをするはずがなかろう。そなたでもあるまいに》


 シンプルながら容赦ない反論に女王夫妻が苦笑いし、王太子は大笑いしたくなるのを必死でこらえている。

 一方、言われた当人は怒りゆえか欠片も怯むことなく、遠慮なしにヴォダへ食ってかかった。


「おかしいではありませんか! 本来の巫女はわたしであり、ニノアはその代わりとしてそちらに参ったはずです! ならばあなた様の妻となるのは、妹ではなくわたしであるべきですわ!」

《ほう? たいそうな戯れ言であるな。われが一目で気に入ったのは正真正銘ニノアでしかないのだが……何故彼女とは全く違う上に資格すら失ったそなたを、わざわざ妻に迎えねばならぬのか。━━思い上がりも大概にするが良い》

「っ━━!」


 物理的な何かすら感じる圧力のせいか、既に乙女ではないことを声高に指摘された恥じらいゆえか、セレシアは怯んで黙り込む。

 それでも周囲が完全に蒼白になる中で早々に復活し、困った顔の神の妻(ニノア)をぎっと睨みつけるあたりは凄まじい胆力であり、この上なく巫女たるべき者と言えなくもない。所詮は一面的な要素でしかないけれど。


「ですが! わたしをご覧になればお分かりのはずです! わたしはニノアなどよりもよほど美しいのですから、あなた様の隣に相応しい者はわたし以外にはおりません!!」

《容姿の美は認めぬでもない。ただ種類が違うのみであり、美しさのほどは姉妹に大差ないとな。だが心根には明らかな差があろう?》

「それはっ……わたしが病弱だったせいですわ! ニノアは昔から心身ともにとても健康で、だからこそ歪まずに今まで過ごせただけのことです! けれどわたしは幼い頃から病弱で、したいことがあっても何もできずにただベッドにいるしかありませんでしたもの。ですから……」

《では問おう。病弱の身であった者ならば誰でも、健康な他者を故意に引きずり落とそうとするとでも? 仮にそうであるとして、その行為は皆に許容され得ると言えるか?》


 ━━厳然たる問いかけと声音が、セレシアの言葉をいっそ鮮やかに奪い去った。


《引きずり落とすことを思いつくまでならばまだ良い。人間誰しもそのようなところはあろう。実行に移さんとして思い留まれば、その理性は評価せぬこともない。所詮は人間の行いゆえ、実行されたとて積極的に我の関与するところではないが……かと言って、それを(われ)が是とするとは限るまいよ》


 正論である。反論の余地など皆無の。

 けれどそれで素直に納得するには、セレシアは何もかもを拗らせすぎていた。


「ニノア! 優しい妹のあなたなら分かってくれるわよね? わたしがどんなに病弱だったことに苦しんでいたのか、あなたが誰よりも知っているはずだわ! だからどうか、ヴォダ神様にお()り成しをして、わたしを神の花嫁に━━」

「お断りしますわ」


 笑顔で一刀両断すれば、目の前の姉は驚愕に満ち満ちた表情を浮かべた。

 何故そんな反応をされるのか、ニノアも少々どころでなく理解に苦しむ。花嫁となるための最低条件(純潔)さえ自分から投げ捨てておきながら。


「私はこれまで様々なものをお姉様にお譲りしましたけれど、譲れないものというのも世の中にはありますのよ。それに━━」


 ゆらり、と首を傾げる仕草さえ優雅に、ニノアは続けた。


「お姉様は既に、病弱でも何でもなくお元気になられたのでしょう。であれば健康な私が、同じく健康でいらっしゃるお姉様に何かを譲るべき理由など、微塵も存在いたしませんわよね?」


 むしろ数多く存在する病弱な方々へ、お姉様こそが何かをお譲りすべき立場になられたはず━━そう静かに付け加えれば。


「あ……あっ……! い、嫌よ。そんなの……わたし、わたしはっ……!!」


 現実を突きつけられ、ふるふると小刻みに震えるセレシアの顔は、完全に色をなくしていく。


「わたしには、何もない……! わたしだけの価値あるものなんて……何もない、のに……っ!!」


 崩れる体をとっさにレオンティーズに支えられたことにも気づかず、彼女はただただ彼の腕の中で、初めて自覚した絶望と恐怖にひたすら怯え続けるのだった。


「お願い……! どうか……わたしから、奪わないで……っ!!」


 あまりにもか細い、けれど血を吐くような叫びを紡ぐその様は……ただひたすらに奪われることを恐れる、小さな子供のように見えた。



ざまぁ終了。

結果論とは言え、いくら色々やらかしたにせよ自分の誕生日パーティーでざまぁされたセレシアは若干不憫かもしれません。セレシアが変に突っかからなければ特にトラブルなく終わったのも確かですが。


次回でラスト、エピローグとなります。

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― 新着の感想 ―
クソ気持ち悪いな神様も姉も公爵家三男も
略奪女が奪わないでとはなんの寝言でしょう? 反省も何もないのにざまぁ終了? はい?
あれも欲しいこれも欲しいあれをよこせこれを譲れ 何を得たところで満足なんかしないんだろうな
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