誕生日パーティー・前編〜レオンティーズ
本格ざまぁ編開始。
貴族の皆様の会話とラストを書くのが楽しかったです。
ニノアが王都を去ってから約三ヶ月。
王宮ではその日、第一王女セレシアの二十歳の誕生日パーティーが開かれていた。
スパルタ教育も約九ヶ月が経ち、セレシアの王女としての振る舞いはどうにか板につきつつあるものの、立派な成人王族の基準からすればまだまだ心もとないレベルとしか言えない。けれどこのパーティーは、レオンティーズとの正式な婚約発表とお披露目の場を兼ねているため、主役の欠席などは当然許されるものではなかった。
元々は第二王女ニノアの婚約者であったレオンティーズをセレシアが寝取ったことは、社交界にはとうの昔に知れ渡っている。であればもっと前に婚約発表をしておくべきだったが、タイミングが難しかったのだ。
まず姉と元婚約者の婚約が知れ渡ることで、被害者であり潔斎中でもあったニノアをこれ以上煩わせることは避けたい。そしてマイヤ家の後継問題の結論が出る前にそんなことをしては、「マイヤ家の後継者の座もまた第一王女に」というセレシアたちの目論見通りの誤解を招くことにもなりかねない。遅々として進まないセレシアの再教育も考慮した結果、騒動より九ヶ月が経ってようやく正式発表と相成ったというわけだった。
貴族たちが野次馬根性を優雅な微笑みで隠しつつ楽しげに会話する中、主役の二人はようやく姿を現し注目の的となった。無論、主に悪い意味での注目だが。
「まあ、何てお美しいお二方ですこと。……けれどあまり、嬉しそうなご様子ではありませんわねえ? おめでたい晴れの場ですのに」
「ふふ、確かにおめでたいお二方らしからぬご様子だ。あのような暴挙をやらかして恥じぬ神経の持ち主だったのが、この九ヶ月でようやく少しばかり矯正されたか、それとも現実がようやく見えてきたと見るべきか?」
「それはまあ、事実上の勘当をくらったようなものですしねえ……お二人は結婚後、ヴァッサー家の有するいくつかの爵位のうち子爵位を継承して、辺境の領地に下ることになるのだとか」
「あらあら、それはそれは……けれど身一つで放り出さない時点で、公爵閣下も随分と温情がおありではなくて? 爵位を継承させるとしても男爵位でも勿体ないくらいでしょうに」
「そこはお相手が第一王女殿下ということもあるのだろう。いくら妹姫の婚約者を寝取った実績がおありと言えども、他の男にも手当たり次第同じことをなさったわけでもなし、お互い貞節を守るなら辺境に隔離する程度で問題なしということなのではないかな?」
「領民が多少不憫ではありますが……自分たちで問題なく運営できるならよし、無理と判断されれば王家より有能な代官を派遣なさるということなのでしょう。公爵夫人の兄君であられる辺境伯も隣地で目を光らせておいでですし、監視の布陣としては完璧と見て良いのでは」
「違いない」
ふふふふ、くすくすくす。
ひそひそとささやかれる声は、主役たちの耳にも否応なく届いていた。
……ぐっ、と。レオンティーズの腕が、服に皺が寄るほど強く握られる。
「……みんな、酷いわ。わたしはただ、自分なりの幸せを掴みたかっただけなのに……! 確かに良くないことはしてしまったけれど、あんなに悪し様に言わなくたって……」
「セレシア様……」
「『不満があるなら何故もっと早く言わなかったの?』とお母様は仰っていたけれど。言ったって何も変わらなかったわ……わたしはきっと、王家のもつ適当な爵位を貰えたでしょうけど、伯爵位がせいぜいで……ニノアと婚約を解消したレオンと結婚はできたとしても、あの子は変わらず次期マイヤ侯爵のままで、巫女にはヒュドール侯爵令嬢の誰かが穏便に選ばれたはずよ。そんなのおかしいじゃない……ずるいわ。わたしもニノアと同じ王女なのに、あの子は女侯爵でわたしは伯爵以下なんて……」
小声で紡がれる言葉の意味を正確に悟り、レオンティーズの美麗な顔が引きつった。
つまるところセレシアは、妹のニノアが姉の自分よりも上の立場につくという未来が気に入らなかったというだけで……レオンティーズという個人を欲していたわけではなかったのだ。
それに「ずるい」と言うが……レオンティーズにとってはその言い分は不当でしかない。彼はニノアの婚約者だった。期間にすれば五年ほどで、幸か不幸か男女としての愛情は芽生えなかったが、それでも近くでニノアの頑張りを見ていたのだ。
誰もが優秀な王女と評するニノアだが、彼女は別に万能でも何でもないし、何の努力も経験もなくあれもこれもをこなすことなどできようはずもない。それでもニノアは頑張ってきた。王女として要求される水準を満たすべく、血を吐くような努力を重ねて。━━病弱であり、将来は巫女となるべき姉の分まで。
優秀な妹の存在と巫女になるべき未来あればこそ、セレシアは病弱であることを瑕疵とされずにいられた。━━公務もこなせず、他国に嫁ぐこともできない、美しいだけで役立たずの第一王女。場合によってはそんな陰口が叩かれていたかもしれないのだから。
一方で、妹が優秀だからこそセレシアも長年コンプレックスを拗らせていたのだろう。優秀な第二王女と王太子さえいれば何も問題はない、言い換えれば第一王女などいてもいなくても変わらないのだと━━レオンティーズと同じように。巫女という役割も、次期マイヤ侯爵の婿という立場も、彼女や彼でなくては務まらないものではないのだから。
生来病弱であるがゆえに、セレシアは学んだり努力できる時間は人よりも少なく、どう足掻いたところでニノアを超えることはできない。確かに健康にはなれたけれども、ニノアが積み上げてきたのと同じだけの努力や経験をこれから積むのは途方もなく難しい。子供特有の、学べば学ぶだけ吸収するがごとき純粋さや伸び代も、大人になってしまった今のセレシアにはないのだ。
病弱ではなくなったのだから、今までできなかったことを取り戻そう━━そうポジティブに思うのではなく、健康になったからこそ見せつけられた妹との埋められない差が、セレシアをどこまでもネガティブな方向に走らせてしまったのだろう。
だからセレシアは強硬手段に出たに違いない。自分が妹のところまで達するのではなく、妹を手っ取り早く自分のところまで引きずり下ろし、更に下に叩き落とすために。他でもないレオンティーズをその道具として。
━━今になってようやく気づかされた真実と自らの愚かさに、レオンティーズは深々と嘆息した。
「……そのため息はどういう意味かしら? レオン」
「いいえ。ただ━━殿下の仰る『わたしなりの幸せ』とは、一体どんなものだったのかと思いまして」
「決まっているわ! わたしをわたしのまま受け入れてくれる素敵な伴侶と、マイヤ家を継いで楽しく優雅に暮らすこと。それがわたしの望む幸せだったのよ。……それなのに……」
『わたしをわたしのまま受け入れてくれる』……つまり、仕事も出産といった大変な役割などはさせずに、ただただ遊んで過ごすのを許容するといったところだろうか。……恋に溺れていた頃のレオンティーズならば、それも受け入れていたかもしれないが。
他にも気になる点はある。
「…………恐れながら、何故そこまでマイヤ家にこだわるのです? 無事に健康を取り戻されたのですから、他国に嫁いで女性の栄華を極めることを望まれてもよろしかったのでは」
若い王女の将来としてはさほど常識外れでもない話のつもりだったが、セレシアは信じられないものでも見るかのように見上げてきた。
「わたしにそんなことできるはずないでしょう! よく知らない国になんて行ったら、意地の悪い姑や他の妃たちにいじめられるに決まってるわ! マイヤ家なら国内で、よく知っている身内の家でもあるし、将来的にイーサンの子供を養子にもらえば子供を産む必要もないと……思ってたのに……」
「……セレシア殿下は、身内だからと甘えすぎではありませんか? 王族や貴族に限らず、多くの権利を持つ立場でありたいのならば、多くの義務を果たす必要があるのですよ。聞いた話では、下向前のニノア殿下にも泣きつこうとなさったとか……」
「いいじゃない、それくらい! 潔斎中でニノアは暇だったんでしょうし、わたしの代わりに叔母様たちの相手をしてくれたって問題は━━」
「あったに決まっているでしょう。巫女となられる準備に加え、公務とマイヤ家関係の引き継ぎ作業が山積みだったと、私の耳にも入っておりましたよ」
「! ……何よ。あなたもニノアの味方ばかりするのね! あなたはもうわたしの婚約者なのに! ……ああ、もしかして婚約してしまったら興味が失せるタイプなのかしら? そうよね、ニノアの婚約者だった時にも、あんなに簡単にわたしに靡いたくらいですもの。知らなかったわあ、あなたがそんな最低な男性だったなんて。あーやだやだ、そんな人と見抜けずに純潔を捧げたなんて最悪だわ。あなたとの婚約とお披露目なんて、この際このまま反故にしてしまおうかしら」
「お好きにどうぞ。むしろ願ったりですね」
間髪入れず本音を返せば、セレシアは露骨に目を剥いた。王女教育の成果はどこへやら、である。
「はぁ!? 何を言っているのよあなた! わたしの純潔を奪っておいて、今更逃げるつもりなの!?」
「殿下が反故にしようと仰ったのではありませんか。逃げるおつもりなのはあなたの方でしょう。私としては逃げられるのなら嬉しいですが、こちらから切り出しはしません。殿下との婚約や結婚は諸々の責任を取るためであって、それ以上のものではありませんので」
少なくとも今のところは、と声に出さずに続ける。もしも今後、セレシアがしっかり反省して過去のやらかしに向き合うと決めたなら、同志として生涯をともにする気がレオンティーズにはあった。恋愛感情を再び抱くことはないとしても。
けれどそんな決意をセレシアが感じ取ることはなく……感じたところで一顧だにしなかっただろう。結婚に伴いヴァッサー家の爵位の一つを継ぐということは、子爵となるのはあくまでもレオンティーズであり、彼と結婚しなければ子爵家でのセレシアの権利は発生しない。そこのところをセレシアは理解しているのか、それとも頭からすっぽ抜けているのかは微妙なところだ。
「ふざけないで! あなたはわたしを愛してるはずでしょう!? 前には確かにそう言っていたわ! なのに━━」
「お静かに、セレシア姉上。主役が何を騒いでいらっしゃるんですか、みっともない」
王太子の冷ややかな声に我に返ったセレシアは、広間全体から向けられる冷笑に耐えられず、真っ赤になってレオンティーズの肩に顔を伏せた。
その仕草だけならとても可愛らしくはある。それ以前の言動さえなければ、だが。
ようやく静かになったところで女王が開会を告げる。
「皆、このたびは第一王女セレシアの誕生の日を祝う宴によく来てくれた。長きに渡る療養を終え、セレシアが無事に二十歳を迎えてくれたこと、母としては非常に嬉しく喜ばしく思う。この場を借りて、彼女には礼を言わせてほしい。ありがとう、セレシア」
「……お母様……!」
優しい微笑みとともに紛れもない本心を告げられ、セレシアは感極まって涙ぐんだ。
思うところはいくらでもあれど、女王が親として家族としてセレシアを愛しているのは事実である。それは父である王配も、弟妹たちもまた同じであった。
けれど当然ながら、彼らはニノアの親でもあり家族であり、同時に王族でもある。
女王は一通りのスピーチを終え、次に移った。
「さて、此度は諸々の事情で出席者は国内貴族のみとなっているが……これより特別なゲストがおいでになる。皆くれぐれも無礼を働かぬように」
会場が軽くざわめく。他でもない女王が敬語を使う来賓とは一体━━
それに応えるように、女王はすっと左側に一歩退き、右腕を上げて空いた空間を示した。
するとそこに、鋭くも温かな白い光が出現し━━同時にぶわりと神気が広がって、広間を隅々まで満たし清浄な空間を作り上げる。
そして現れたのは、何より高貴な濃紫色の、東方では直衣と呼ばれる装束を着て髪をなびかせたヴォダと━━深緋色を基調とした十二単をまとい、黒髪の一部を美しく結い上げ神に肩を抱かれるニノアの姿だった。
ラストに登場したふたりの装いが思いっきり和風なのは趣味です。
ヴォダが正装の束帯じゃないのは神様だから(きっぱり)。髪も結わず下ろしっぱなしですしね。
《何故神たる我が、ニノアの姉とは言え人間に過ぎぬ者の祝い事に正装する必要がある?》とのことです。そもそも正装することあるのかなこのひと……神同士の会合とかならなくもない、かも?