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ヴァッサー公爵家〜レオンティーズ

プチざまぁ第二弾、元婚約者レオンティーズ編。

恋をするなとは言わないけど溺れて軽率な行動をするなよって話。

 時は少しだけ遡り、ヴァッサー公爵家の執務室にて。


「愚か者」


 三男(レオンティーズ)の報告を受けた公爵の反応は、この上なくシンプルなもので。

 あまりにも端的すぎたせいで返答に時間を要したレオンティーズだったが、そう言われた理由については全く掴めないままだった。


「……あの、父上?『愚か者』とは、一体どういう意味なのでしょうか」

「分からない時点で既に愚か者だろう。あろうことか巫女となるべき王女殿下に手を出すなどという、ヴォダ神とヴィーズ王家への反逆とも取られかねない行為をしたことくらいは自覚済みだと思っていたが━━」

「は、反逆などと! どうしてそんなことになるのです!? 私はただ、巫女になどなりたくないというセレシア殿下のご希望を叶えるために━━!」

「純潔を奪った、と? 他の穏当な手段はいくらでもあろうに、よりにもよって。それもニノア殿下の婚約者であると王家にも認められていたお前が、自分の体でわざわざ、か。……やれやれ。恋か肉欲のどちらのせいかは知らないが、よくもそこまで考えなしな真似ができたものだ」


 心底失望したという目で、ヴァッサー公爵は息子を見ている。

 父からそんな風に見られた経験など、レオンティーズが生まれてからの二十年で初めてのことで……彼の美貌はさあっと蒼白になった。

 それでもどうにか言い分を聞いてもらわなければと思うものの、上手く言葉が出てこない。


 レオンティーズはただ、愛しいセレシアの望みを叶えてあげたかっただけだった。元々密かに恋慕(こいした)っていた彼女に『頼れるのはあなただけなの』と泣きすがられ、病弱な体のせいで家族と疎遠になってしまったことを切々と訴えられ。


『このままではわたしはなりたくもない巫女にされ、聖地に追いやられてしまうわ。そんなのは嫌。わたしはレオンの側にいたいの……! 結ばれることができなくても構わない。ただあなたと同じ王都にさえいられるのなら、それだけで━━』


 そんな風に言われてしまえば、長年秘め続けていた恋心が堰を切ったとしても誰が責められよう。

 ……夢が叶って結ばれた後、冷静になってからは、大変なことをしてしまったと自覚もした。まだニノアと婚約している立場でこんなことを、と……けれどセレシアは微笑んで言ってくれた。


『わたしもニノアと同じくお父様の娘だもの。マイヤ家の後継者になる権利はあるわ。だからニノアに頼んで、わたしとあの子の立場を交換すれば丸く収まるはずよ。二人で一緒に謝れば大丈夫。あなたとニノアの間には愛はなかったのだし、あの子もきっと許してくれるわ。何より、未来のマイヤ家の婿としてあなたがこれまでやってきたことが、無駄にならずに済むでしょう?』


 言われてみればその通りだ。マイヤ家は王配殿下の実家なのだし、その血を引いているのはセレシアもニノアも同じ。だからレオンティーズも納得し、正式にセレシアを妻にできるという希望を抱いた。

 そして実際、セレシアの言った通りになった。レオンティーズとニノアの婚約はどこまでも政略的なものであり、互いに特別な気持ちは皆無である。だからこそニノアも、驚きはしたものの婚約破棄を受け入れてくれたのだ。『そうする以外にどうしようもないでしょうね』と。

 今後はセレシアがレオンティーズと婚約し、マイヤ家の次期当主となる。巫女として聖地に赴くのはニノア。当事者であるセレシアとニノア、レオンティーズがそれぞれ納得したのだから、外野が騒ぐ必要などどこにもないはずだ。レオンティーズはそう思っていた。

 なのに━━


 はあ、と公爵が溜め息をついた。


「それで、何が目的でお前はここにいる? 私はこれから、王宮とマイヤ家へ謝罪に赴くという緊急の用ができてしまったので、ここでのんびりお前の相手をしている暇などないのだが。お前がマイヤ家へ同行したいと言うなら止めはしないぞ」

「……え? マイヤ家へ謝罪、とは━━っ!?」


 絶対零度の父の視線に貫かれ、レオンティーズは舌の根まで凍りつく思いを味わうことになった。


「……分からないのならいい。私は王宮へ向かうので、お前はおとなしく謹慎していろ。マイヤ家には代理としてランドルフを向かわせる」


 長兄ランドルフまで引っ張り出す事態になるなど、レオンティーズには完全な予想外だった。


 父と長兄がらしくもなくばたばたと玄関を出ていく音を、凍りついたまま聞いていたレオンティーズが解凍したのは、次兄ルーカスにぽんと肩を叩かれてからのことだった。


「!? あ、る、ルーカス兄上……」

「聞いたぞ、レオン。随分なことをやらかしたんだって? ニノア殿下との婚約が駄目になって、その理由がよりにもよってセレシア殿下に手を出したせいだとか……具体的に何があった? 俺はお前の監視をするよう命じられたから、詳しく聞く権利くらいはあるだろう」

「監視……」


 何故そんなことまで、と思いながらも、レオンティーズは促されるまま説明を始めた。




 ……話し終えると、執務室を盛大な溜め息が満たした。無論ルーカスの発したものである。

 無造作に頭をがしがし掻く姿は、母方の祖父である先代辺境伯似の容姿と振る舞いにとてもしっくり来るものだ、と場違いな感想をレオンティーズは抱いた。


「また、えらく盛大なやらかしを無駄に手際よく達成したな……一応確認するが。今回のことで、王家と我が家とマイヤ家に満遍なく泥を塗った挙げ句、場合によっては王国全体に被害がいくってことくらいは分かって……なさそうだな、どう見ても」

「そんなつもりはありません! それに泥を塗るも何も……確かに衝動的に行動したのは事実ですが、結果的にはセレシア殿下とニノア殿下のお立場が入れ替わるだけで済むはずで━━」

「誰がそれを了承した?」


 どこまでも冷静な問いかけが、カウンター気味にレオンティーズに突き刺さる。


「言っておくが正式に、という意味でだぞ。お前たちのことだからニノア殿下には既に直談判してても驚かないが、それでもまだ口約束の段階だろう。陛下や王配殿下のご了承は得たか? 一番影響を被るマイヤ家は? 後継者に誰を据えるかを決める権利は、まず第一に現マイヤ侯爵にあるんだぞ。姪のセレシア殿下でも、婿入り予定のお前でもなく」

「━━━━っ!!」


 恋の成就に浮かれていた頭と心に、正論が容赦なく浸透し理性を喚起していく。


 ━━そうだ。自分は一体、何を誤解していたのだろう。

 第一王女という立場にあるセレシアが「マイヤ家を継ぐ権利はある」と言っていたから納得してしまっていたが……権利があるからと言って、マイヤ家側がその選択肢を取るかどうかは全く別の問題である。

 巫女の件はヴィーズ国全体の守護に関わる問題ゆえ、ニノアがマイヤ家の後継者から外れてそちらに回ることは了承されるだろうが、だからと言ってその後釜にセレシアを据えるべき理由があるかと言えば……果たしてどうなのだろう。

 美しくはあるが病弱で、公務どころかろくに社交の場にも出たことがない王女。それが世間一般におけるセレシアへの認識だと、ルーカスが言う。


「それでもまあ、お前と婚前交渉しても特に体調に影響はない程度にはお元気なんだろうが……そうでないならお前は殿下のお側を離れないだろうし。

 その上で、だ。仮にセレシア殿下が子供を産めるほどお元気になられたのだとしても、言ってしまえば()()()()()()の話だ。現侯爵はまだ四十代前半とお若いし、現役をあと二十年ほど続けて、イーサン殿下の二人目以降のお子様を跡継ぎとして教育する流れも有り得るからな。この状況であえてセレシア殿下を選ぶ理由は、マイヤ家にはないんだよ」


 分かるな? と念を押されれば反論の余地はどこにもない。

 押し黙るレオンティーズにルーカスは肩をすくめて続ける。


「俺からすると疑問で仕方ないんだが、何故お前はここでおとなしくしてるんだ? 本来ならセレシア殿下も一緒に、早急にマイヤ侯爵邸に駆けつけて心からの謝罪をすべきだってことを本気で分かってないのか? 今後のためにも」

「……ですが先ほど、父上には謹慎していろと言われましたし。マイヤ家にはランドルフ兄上が行かれていて、私の監視というルーカス兄上の役割を考えても、下手に私が動くのは不味いのでは」

「動かん方がよっぽど不味いわ阿呆!」

(いは)(いは)(いは)い! 頬を引っ張らないでく()さい兄上!」


全力でつねり上げてくるごつい手から逃れると、完全に呆れ返った声が降る。


「まあ理解してないまま動くのが最悪なのは確かだが……この際、はっきり言わなきゃ分からんようだから言うがな。今回のことでお前は、マイヤ家に婿入りする立場でありながら現当主の意向に反して、何の瑕疵もない正式な後継者のニノア殿下をその座から外さざるを得ない行為に加担したんだよ。それが一体どれだけの不義理なのか、本当に理解してるか? してないよな、絶対。根回しも何もなく勝手に後継者をすげ替えようとする男なんて、マイヤ家に限らずどこの誰が婿として迎え入れたいと思う?」

「っ……!!」

「俺がマイヤ侯爵だったら、家への忠誠心の欠片もない婿候補と、その男の立場を知った上で誘惑するような姪とは、可能なら後腐れなく絶縁することを選ぶとだけ言っておく。その姪が王女殿下であってもな」


 公爵家子息とは思えないほどに豪放磊落な次兄が、非常に冷ややかな目で見下ろしてくる。その目は先ほどの父公爵と瓜二つで━━

 あまりにも重たくて物理的にのしかかられるような現実と、自分の行いがどれほど浅はかだったかをようやく実感したレオンティーズは、がくんと床に膝をつくしかできなかった。



立ち止まってしっかりじっくり考えればちゃんと分かる頭はあるのに、恋心ゆえに思考停止したまま立ち止まれず大幅ライン越えしてしまったレオンティーズです。

親兄弟からの説教をくらってがっくり崩れ落ちたのはセレシアと同じ。仲良しですねえ()

セレシアにせよレオンティーズにせよ、身内が問答無用で切り捨てずに叱ってくれるだけ優しいです。その厳しい優しさをしっかり受け止められればいいんですが、さてはて。


ルーカスを書いてて思いましたが、ニノアの婚約者が三男じゃなく次男だったら何も起こらず平穏だったんだろうなあと。ガタイのいいルーカスがセレシアの好みじゃないことを差し引いても、セレシアの方もルーカスの好みじゃないので彼女がベッドに引き込もうとしてもしっかり拒絶しつつ、父親経由で速やかに王家に報告するルーカスが目に浮かびます。それはそれでシリーズ外の話を一本書けそうですが。

でもまあ次男なのでスペアの立場が優先されてしまったんですよね。巡り合わせって厄介だなあと。

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― 新着の感想 ―
これ普通だったらふたりとも病死ってことで処断されちゃう事態ですが何故プチなザマァで済んでるんでしょうか
色恋でやらかしかねない年代だからこそルーカスは監視を頼まれてたんじゃないのか ルーカスが止めなきゃダメな立場にいたのにまんまと出し抜かれて行為に及ばれたのはルーカスの致命的な失敗な気がする
スペアとかじゃなくても、この次男さんなら家を離れたとしても、自分で自分の立場や地位を確立出来そうな感じがしますね。 だからお膳立てした地位が無いと危ういと思われた三男に、婿の立場を与えたしたつもりの親…
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