束の間の達成感〜セレシア
病弱()な姉セレシア視点のプチざまぁ編。
恒例のお花畑ですが、同時に結構拗らせているお姉様でもあります。
「うふふふふふ。やった、やってやったわ! これでようやく、目障りなニノアがいなくなるのね!」
妖精姫と呼ばれる美貌に浮かぶものとしてはあまりにも不似合いな、毒を含んだ笑みを隠すことなく、セレシアは一人自室で快哉を叫んでいた。
もしもレオンティーズが目撃すれば自分の目を大いに疑っただろうが、幸か不幸か彼は父公爵に報告するからと自宅への帰途についており、既にこの場にはいない。だからこそセレシアも本音をさらけ出しているのだが。
「大体最初からおかしかったのよ。こんなにも美しいわたしが巫女としてあんな山の上に追いやられて、美しくもなければ可愛げもないニノアがレオンと結婚して侯爵家を継ぐだなんて……わたしは病弱なんだから、ろくに人のいない辺鄙な場所よりも医療の整った王都にいるべきだって、少し考えれば分かるはずなのに」
客観的評価としては、セレシアとニノアはタイプは違えどそれぞれに際立った容姿をもつ美人姉妹である。単にセレシアは父親似で、ニノアは母女王に生き写しというだけだ。そのためニノアを「美しくない」と評することはつまり、女王を貶すことにも直結してしまうのだが……残念ながらセレシアがその点に思い至ることはない。
彼女の頭にあるのは、自分が次期マイヤ侯爵として理想の男性レオンの隣に並び、互いをよりいっそう美しく輝かせ合う未来の姿だけだった。
「そもそもマイヤ家はお父様のご実家で、わたしの顔立ちはそのお父様譲りなのだもの。本来マイヤ家を継ぐのはわたしであるべきなのよ。確かにわたしは病弱で仕事はできないかもしれないけれど、そこは全面的にレオンに任せて、わたしはこの美貌で社交界に君臨すればいいだけ。それが適材適所ってものだわ」
イーサンが聞いていればさぞかし呆れ返っただろう。容姿で継ぐべき家が決まるというのなら、三姉弟のうちニノアが女王として即位すべきで、マイヤ家は目の色と年齢以外は王配に瓜二つであるイーサンが継ぐことになるはずだ。
加えて、自分を「病弱」とことあるごとに強調するセレシアは、それがニノアと立場を入れ替えるに当たり大いに不利になるということには欠片も気づいていなかった。病弱であることは当然ながら罪ではないが、常に免罪符になり得るわけでもない。
実子や養子に関係なく貴族の後継者へ要求されるのは、優秀さもさることながら、第一には子を成すことである。本当に病弱だとすると、それを滞りなく果たせるかは甚だ怪しい。健康な女性でも出産は命がけであるのに、母体が弱ければ尚更のこと。場合によっては母子共に命を落とすことだって十分有り得るのだ。子のないマイヤ侯爵がニノアを後継者として望んだのも、言ってしまえば彼女が健康だったからである。
その果たすべき義務に対して、病弱を自称するセレシアはどう考えているのか━━
その夜、そこのところを両親と弟から問われたセレシアは、けろっとした顔でこう答えたのだった。
「あら、それなら平気ですわ! 病弱のわたしがわざわざ子を産まなくとも、イーサンの子供の一人を養子にさせてくれればいいのですもの。いいわよね、イーサン?」
……目まいを覚えた一同を責められる者はいないだろう。
どうにか回復してまず口を開いたのは、この場の誰よりもマイヤ家に近しい王配で、その声はまるで地の底から響くように低いものだった。
「…………セレシア。お前は家の存続というものを何だと思っている?」
「だって、わたしにせよニノアにせよ、マイヤ家の子として生まれたわけではありませんわ。現当主の姪であるわたしがマイヤ家を継げるのですから、そのわたしの甥か姪が次のマイヤ家の当主となっても何も問題はないではありませんか」
大いにあるに決まっている。
イーサンは完全に表情をなくし、女王のほっそりした手の中にある扇がみしみしと音を立てているが、にこにこ笑っているセレシアの目や耳には一切入っていないようだ。相変わらず大変に幸せな五感をしているらしい。
残る王配は腹の底からため息をつき、長女へこう確認した。
「それならばセレシア。お前は一体、マイヤ家で何をするつもりなのだ? 社交界に君臨すると言うが、健康状態に関係なく、こうなってしまったお前がまともな社交をこなすのは不可能と言っていい。加えて当主としての仕事は婿に丸投げ、子を産み次代へ血を繋げるつもりも最初からない。自分はただマイヤ家と血が繋がっているだけの、何もできずする気もない存在だと、堂々と自己申告したようなものだ。そんなお前を何故わざわざ、次期当主として据えなければならない? そんな理由がどこにある?」
あまりにも厳しい言われようにセレシアは真っ赤になった。羞恥ではなく怒りで。
「酷いですわお父様! そんな言い方はまるで、わたしが何もできない役立たずのような━━」
「お前が自分でそう言ったのだろう。『わたしは今後、喜んでマイヤ家の穀潰しとなるつもりです』と。違うのか?」
「ごっ、穀潰しですって!? あんまりです! お父様は病弱なわたしに、子を産んで死ねと仰りたいのですか!? それに子供がいないのは、現マイヤ侯爵である伯父様夫婦も同じではありませんか! 要するにお父様は、ご自分のお兄様夫妻のことも役立たずだと━━ひっ!」
ぎろり、と射殺しそうな目で父親に睨まれ、セレシアは蒼白になり後ずさる。
そんな長姉へ、イーサンがこの上なく冷ややかに声をかけた。
「論点をずらすつもりでずらし切れていないのは、ただ愚かさを晒すだけですよ、セレシア姉上。反論は僕からさせていただきましょうか。
①『子を産んで死ね』などとは父上は一言も仰っていないし、そんなつもりはどこにもない。
②子供がいようといまいと、マイヤ侯爵夫妻は立場に相応しい役割を果たしているので穀潰しなどとは口が裂けても言えない。
③『後継者たる子供が欲しかったが結果的にできなかった』マイヤ侯爵夫妻と、『最初から子供をつくる気は欠片もない』セレシア姉上では全く意味が違う。
④そもそも姉上は自分を病弱と主張していますが、既に医師により全くの健康体との診断を得ている。
⑤健康体なので社交に精を出せるとしても、急遽ヴァッサー公爵子息の婚約者となったセレシア姉上には、明らかによろしくない噂が付きまとうことになる。
以上です。反論がおありならどうぞ」
「…………っ! ひ、酷いわ、お父様もイーサンも……! お母様だっていつもいつも、ニノアの味方をして! 確かにわたしはもう健康になったかもしれないわ! でもそれならどうして、わたしが健康だと分かった時点で巫女にならなくていいと言ってくれなかったの!? 誰も何も言ってくれなかったから、わたしはっ……!! わたしは何も悪くないのに……!! ただ体が弱いからって、なりたくもない巫女にさせられる私の気持ちなんて、誰も分かってくれないし分かろうともしてくれなかったくせに! なのに今更そんな、偉そうなことを言うなんて……!!」
ぽろぽろと、子供のように泣きじゃくるセレシアの声音には、紛れもない本心が宿っていた。
けれど。
「分かるわけがないでしょう。何も言ってくれなかったのはあなたも一緒よ、セレシア。巫女になりたくないなんて、あなたは親であるわたくしたちにも弟妹にも、一言も口に出すことはなかったわ。重要な役割だからこそ言えなかったのだとしても、今回のように暴走されててんてこまいになるくらいなら、予め言ってくれた方が影響は少なく済んだはずなのに」
何ら動じることのない、至極冷静で穏やかな女王の声はしかし、聞く者に無視することを決して許してはくれない。
実際問題、もっと前にセレシアが意思表示をしてくれていれば、ヒュドール家の令嬢たちへ穏便に話を持っていくこともできたのだ。幼い娘を親元から引き離すことはニノアも抵抗を覚えていたが、それはあくまでも急な話だからであって、十分な準備期間さえあればそうでもない。むしろ子供は順応が早いものだ。
ただそれでは「目障りな妹を王都から追い出す」というセレシアの目的は達せられないのだけれど……そこまでのことを長女が企んでいたとは女王たちも気づいていない。気づきたくないのかもしれない。
「それどころかむしろ、『どうせわたしは巫女になるのだから、そんなことする意味なんてないでしょう?』と言いながら、公務から逃げ回っていたわね。それならば当然、あなたは何の不満もなく巫女となることを選んだのだと、皆が判断するのはごく当然ではないかしら。違って?」
はっきり明確に言葉で表明しなくとも、回りくどい言い回しや匂わせにより意思疎通を図るのは社交において定番の手法ではある。けれど家族に対して巫女になりたくないと明言することに、社交の手法など無関係でしかない。
要するに、女王はじめ一同はこう言いたいのである━━「察してちゃんも大概にしやがれ」と。
大体にしてセレシアは、自分がしたくないことを主張することに何ら躊躇しない傾向にある。少なくとも周囲はそう認識している。「体が弱いから」「巫女になるのだから」「気分が悪くて」「わたしよりもニノアの方が上手くやれるから」……それを長らく受け入れてしまっていたという点は、確かに家族にも責任はある。
けれどもそれはやはり、「セレシアは巫女になる」という大前提があったがゆえに通用していたのもまた事実なのだ。その大前提が覆らない限り、周囲は思うところはあれど、比較的セレシアに寛容でいられた。
だがそれはほんの数時間前に覆った。他でもないセレシア自身の、軽率極まりない振る舞いによって。
「何にせよ、セレシア。あなたは望み通り、巫女となる資格を永遠に失ってしまったわ。次なる巫女にはニノアが就任することを受け入れてくれていて、今あの子は引き継ぎと潔斎の準備に入っているところよ」
「そ、そうなのですね……ニノアが……」
嬉しさにだらしなく緩む顔を見せたくなくて、セレシアはうつむき髪で隠れるようにする。その様子にイーサンがぼそりと「今泣いたカラスが……」とつぶやいたあたり、全く隠しきれてなどいないけれども。
━━パチン、と。女王の扇が音高く鳴る。
反射的に背筋を伸ばした長女へ、ヴィーズ国女王は口調を改め凛然と告げた。
「第一王女セレシア・ド・ヴィーズよ。そなたには今後、その生まれと肩書きに相応しい働きが要求されることとなろう。ついては早速明日より、王女としての徹底した再教育が開始されるゆえ、心して受けるが良い」
「…………え?」
一人ほくそ笑んでいたセレシアは、思わぬことに目をぱちくりさせた。容姿は紛れもなく可憐な美女なのでそんな様子も絵になるが、ただそれだけでしかない。
「同時にそなたの体に関しては、一切の誤解を招かぬよう、紛れもない健康体であると正式に周知徹底させることとする。これは女王の命であり、異論等は受け付けぬ。良いな?」
「ま、待ってくださいお母様! わたしの体調なんて個人的なことを、そんな大げさに━━」
「異論等は受け付けぬ、と言ったばかりだが。返事はどうした、第一王女よ」
━━あ、これは駄目だ。
完全に女王モードである母親相手には、真っ当な言葉と強靭な度胸がなければ異なる主張を通すことはできないと、セレシアは本能的に悟り……少なくとも度胸は到底、自分は持ち合わせていないと実感せざるを得ず。
周囲を味方につけようにも、泣き落としが効いたためしのない父と弟にそれを望むのは、いくらセレシアでも無謀と分かる。
(もしかしなくともわたし……詰んだ、のかしら……)
セレシアの頬と背中を冷や汗が伝う。
今までならば振りかかってきた面倒事は、「病弱」「巫女には不要」「ニノア任せ」の切り札を駆使して回避していた。
けれどもうその切り札は使えない。セレシアは健康体だと医師に太鼓判を押され、巫女になる未来は完全になくなり、ニノアは最初からこの場にはいない。仮にいたとしても、セレシアのためのスパルタ王女教育を、ニノアが代わって受ける理由などどこにもないわけで……
「まあ頑張ってくださいね、セレシア姉上。現時点でも『妹の婚約者を寝取った王女』なんて強烈な肩書きをお持ちなんですから、社交界ではさぞ注目の的となるでしょうし。父上が先ほど『こうなってしまった』と仰ったのはそういうことですよ。━━本音を言わせていただくなら、姉上は素直に巫女になっていた方が楽に過ごせたと思いますけれどね」
退屈ではあったとしても、全方位から軽蔑の目で見られるよりはよほど平穏に。
イーサンの言葉に容赦なくとどめを刺され、セレシアは蒼白になりその場に崩れ落ちたのだった。