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悪役令嬢として虐げられ、家族に捨てられた私が、脱走先で隣国の皇太子に一目惚れされ、最初は拒絶したものの、彼が私の代わりに家族を完膚なきまでに滅ぼしてくれたので、結果として次期王妃の座に落ち着いた件

作者: 結城斎太郎
掲載日:2025/07/25

――私は、必要とされなかった子だった。


「なんでお前なんかが生まれたのよ。お父様もお母様も、誰も望んでなかったのに」


そう言って、姉はまた私の髪を掴んで壁に叩きつけた。私の部屋なんてなくて、納戸に毛布を持ち込んで寝ていた。侍女も付かず、食事も与えられたり与えられなかったり。けれど、私は我慢した。


だって、それが「令嬢」として生まれた私の責務だと信じていたから。


──それが、すべて間違いだったのだと気づいたのは、婚約破棄の場でのことだった。


「この婚約は破棄する。君には品位がないし、姉君のほうがよほど才色兼備だ」


貴族社交界の中央で、元婚約者であるハロルドはそう言った。笑顔で私を罵る姉。その姿を見て、私は心の何かがぷつりと切れる音を聞いた。


「……もういいわ」


そう呟き、私は立ち上がった。会場の誰もが私を見て笑ったが、構わなかった。私はその足で馬車に乗り、ただ一人、国境を越えた。



逃げ出した先は、隣国ヴァレリウス王国の辺境。疲れ果て、名前も身分も偽って働きながら日々を過ごしていた。粗末な宿屋の給仕として、無表情に皿を運ぶ私を、人々は誰とも話さない「氷の令嬢」と揶揄した。


そんなある日──


「……君の名前を聞いても?」


振り返ると、金髪碧眼の男が立っていた。圧倒的な存在感、背後に控える騎士団。見間違うはずもない。隣国ヴァレリウスの皇太子、アレクセイ殿下だった。


「……客に名前は必要ないでしょう」


冷たくあしらった。誰に心を許すものか。あの宮廷で、誰一人私を守ってくれなかったのだから。


けれど彼は、笑った。


「君は心を閉ざしている。だが、その瞳は燃えている。君を、知りたいんだ」


……ああ、この人は、私を壊しに来たのだ。


私は彼の申し出──護衛をつけるとか、給仕を辞めて後宮に来ないかという誘いを、すべて断り続けた。


それでも彼は、諦めなかった。



ある日、宿の裏で盗賊に襲われた私を、アレクセイ殿下は自ら剣を抜いて救ってくれた。血で染まったその手が、私を優しく包み込む。


「君は、何も悪くない。君が信じてきたものが壊されたのなら、僕がそれを取り戻す」


そのとき、私は気づいた。彼は本気だ。そして──私には、何も返せない。


「あなたのその好意、無駄になります。私は……壊れたお人形のようなものです」


「なら、君のために復讐させてくれ。それが、僕にできる唯一の誠意だ」


復讐?


私は、その言葉にぎょっとした。けれど、彼の目は冗談などではなかった。


「君を傷つけたすべてを、僕が裁く。君が名乗らぬのなら、僕が名乗って仇を取ろう」


そうして彼は、私の過去を独自に調べ上げ──私の許可も取らぬまま、動き始めた。



まず最初に断罪されたのは、私の元婚約者ハロルドだった。


商会の賄賂、貴族令嬢との不適切な関係が明るみに出され、爵位を剥奪。すでに姉と結婚していたが、それも婚姻無効とされた。姉はヒステリックに叫び、取り乱したという。


次に、父と母。過去の財務不正、そして令嬢へのネグレクトの事実が記録と証言から発掘され、名家クラウゼヴィッツ侯爵家は取り潰し。資産はすべて国庫へ。父は投獄、母は国外追放。姉は庇おうとしたが、それも叶わず、遠く辺境の修道院へ送られた。


私が何一つ言わなくても──アレクセイ殿下は、私の人生の呪いを、全て断ち切ってくれた。



彼は、静かに言った。


「君は、これから誰にも踏みにじられない。僕が、守る」


私は涙を流しながら、首を横に振った。


「あなたにそんなこと……させたくなかった……」


でも、心はすでに決まっていた。


この人となら、もう一度、生き直せるかもしれない。


──そう思ったのだ。



---



「アメリア・クラウゼヴィッツ嬢、国王陛下の御前へ──」


アレクセイ殿下の手によってすべての過去が裁かれた後、私は王宮に招かれた。仮の滞在所ではなく、正式に王太子妃候補として。


「……信じられない」


鏡に映るのは、汚れた服ではなく、純白のドレスを纏った私。昔、姉の古着しか与えられなかった私が、今や王族の正装に身を包んでいる。


だが──私の心には、まだ怯えが残っていた。


「私なんかが、ここに立っていいのかしら……」


呟いたその時、背後からふわりと優しい声が届いた。


「君が立たずに、誰が立つ。君は誰よりも、努力し、耐え、そして逃げることすら自分で選んだ。誰にでもできることじゃない」


振り向けば、アレクセイ殿下がそこにいた。


「僕は、君と共に歩みたい。隣で、笑ってほしい。王妃としてでなく、アメリアとして、君自身の意志で」


そのまなざしは真っ直ぐで、揺るぎがなかった。


私は、ゆっくりと頷いた。


「……はい。なら、私も、逃げません」



王城の玉座の間には、国王と王妃、そして多くの重臣たちが列席していた。


「アメリア・クラウゼヴィッツよ。汝の過去は聞き及んでいる。だが、アレクセイの隣に立つ覚悟があるか?」


国王陛下の問いに、私は迷わず答えた。


「はい。私は、誰かの飾りでも、傀儡でもありません。私自身として、殿下の隣に立つ覚悟を持ってここに参りました」


場が静まり、そして次の瞬間、国王が大きく頷いた。


「よかろう。そなたの誇りと決意を称え、我が王家はこれを認める」


その瞬間、アレクセイ殿下が私の手を取り、指輪をはめた。


「ようこそ、アメリア。僕の……未来へ」



婚約発表は、王都を騒然とさせた。


「クラウゼヴィッツ家の……あの娘が?」「失踪したと思ったら、次期王妃?」「えっ、あの令嬢が“あの姉”を失脚させたの?」


噂が噂を呼び、元婚約者の家も、姉の名声も、もはや地に堕ちた。


けれど、私は知っている。


私は、何もしていない。すべては、彼が私のために動いてくれたこと。私には、まだ何も返せていないのだ。


だから、私は決意する。


「私は、王妃として恥じぬよう……強くなります」


「いいや、君は今のままでも、誰よりも強い。だけど──君が望むなら、僕は全力で支える」


アレクセイ殿下は、そう言って微笑んだ。



それからの私は、王妃教育を受けながら、外交や礼法を一から学び、誰からも恥じぬ振る舞いを身につけていった。


アレクセイ殿下は、いつもそばにいた。冷たい目で見ていた王宮の令嬢たちも、私のひたむきな姿勢に少しずつ心を開き、気づけば彼女たちは「アメリア様」と親しみを込めて呼んでくれるようになっていた。


ある晩、月明かりのバルコニーで、殿下が私を抱きしめながら言った。


「君が涙を流すたびに、僕の心も痛む。でも──もう、過去は終わった。これからは、未来を語ろう」


私は、殿下の胸に顔をうずめながら、そっと答えた。


「そうね……。私、幸せなの。信じられないくらい」


「信じなくていい、感じればいい。君は、僕の愛する人だ。誰が否定しようと、それだけは変わらない」



婚約から一年後、盛大な王宮で婚儀が執り行われた。


玉座の間には、数百名の来賓が並び、赤絨毯の先でアレクセイ殿下が待っていた。


私は、純白のドレスを纏い、父に手を引かれる──はずだったその道を、一人で歩いた。


「……私の人生は、私が決める」


そう呟きながら歩いた先で、アレクセイ殿下は優しく私を迎えた。


「ようこそ、僕の妻に。そして──ヴァレリウスの未来の女王に」


私は笑った。


「よろしくお願いします、あなた」


人々の祝福の声が響く中、私はすべての過去を手放し、ようやく、本当に愛される人生を歩き始めたのだった。


──これは、ただの悪役令嬢だった私が、本物の愛と誇りを手に入れた、ささやかで壮大な逆転劇の物語。




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