神話の生き証人
リノアたちは衛兵隊と共に北の町グレンヴァルに到着した。眼前に広がる光景は、想像を超える惨状だった。石造りの家々は崩れ落ち、市場は焼け焦げた瓦礫と化し、風が灰と煙を運んでくる。遠くに残された魔法の結晶が微かに光を放つが、生命の気配は感じられなかった。衛兵隊長が「布陣しろ!敵が来る前に防衛線を張れ!」と叫び、兵たちが慌ただしく動き始めた。馬車から武器が運び出され、魔法使いが結界を張る準備を進める。
だが、一行——リノア、テオ、カイル、ミラ——は将軍から最前線に立つよう命じられた。「お前たちは戦えるんだろ?矢面に立って律師を引きつけろ。俺たちは後方で援護する」と冷たく言い放たれ、カイルが「ふざけんな!俺たちを捨て駒にすんのか?」と怒鳴った。テオが「落ち着け、ここまで来たらやるしかない」と宥め、ミラが「お守り…間に合わなかった」と震える中、リノアは石版を握り、「私たちが選んだ道だよ。逃げない」と静かに言った。
布陣が整う中、遠くの地平線に黒い影が現れた。黒ローブに身を包んだ5人の律師だ。空気が重くなり、風が不自然に止まり、衛兵たちの間に緊張が走った。律師はゆっくりと近づき、その足音すら聞こえないほどの静寂が場を支配した。一行は最前線に立ち、武器を構えたが、膝が震え、心臓が早鐘を打つ。カイルが「近すぎる…やべぇ」と呻き、ミラが「怖いよ…」と涙をこぼした。
だが、律師の一人が手を上げ、他の4人がその場に止まった。リーダらしき者がフードの下から低い声を発した。「攻撃するな。話がある」。衛兵隊長が「何!?」と叫び、弓兵が矢を番えたが、リノアが「待って!」と叫んで制した。律師はリノアに視線を向け、「お前が持つ石版…それを見せろ」と命じた。リノアは恐る恐る石版を差し出すと、律師は一歩近づき、衛兵たちがざわついたが攻撃はしなかった。
「お前たちに知る権利があるかはわからん。だが、これ以上無駄な血を流す気はない」と律師は言い、静かに語り始めた。「我々は神話の時代、鷲の国と龍の国の戦争を生き抜いた者だ。私は、この事の真実、魔法という概念が生まれた理由、我々の行いの訳を話す義務がある。」
リノアは息を呑み、「そっちが言うまでも無い、なぜ町や人を襲うの?遺物だけ壊せばいいじゃない!」と叫んだ。律師は目を伏せ、「愚かな人間が遺物を崇め、再び力を求めるからだ。お前たちの王も、過去の栄光を取り戻そうと遺物を集めている。我々はそれを許さぬ。だが…お前は違うようだな。その石版を手に持つ目が、ただの欲望ではない」と呟いた。
テオが「じゃあ、お前らは正義のつもりか?」と皮肉を込めて尋ね、カイルが「何人殺したか忘れたのかよ」と唸った。律師は静かに答えた。「正義ではない。償いだ。我々の罪を終わらせるため、永遠に生きねばならぬ呪いを背負い続けている」。その声には、深い疲れが滲んでいた。
律師は一歩下がり、「これが我々の理由だ。攻撃せぬなら、ここで去る。だが、石版を渡せば、お前たちの旅は終わる」と提案した。リノアは石版を握り、仲間を見回した。衛兵隊長が「渡せ!これで終わるなら!」と叫んだが、リノアの心は揺れていた。真実を知った今、旅を続ける意味は何か——その答えを、彼女はまだ見つけられなかった。