神話の真相
### 第四話:老婆の詠唱
クレストの町を後にして数日、リノアたちは荒れ果てた平原を歩き続けていた。風が草を揺らし、空には灰色の雲が低く垂れ込めていた。疲れが一行を蝕み、カイルが「もう限界だ」とぼやき、ミラが「どこかで休みたいね」と呟く中、テオが遠くを指さした。「あそこ、家があるぞ」
見ると、道の脇に小さな家がぽつんと立っていた。屋根は苔に覆われ、壁は風雨に削られてボロボロだが、煙突からは細い煙が上がっている。リノアが「誰かいるみたい」と言い、一行は恐る恐る近づいて扉を叩いた。
中から現れたのは、背の曲がった老婆だった。白髪は乱れ、顔は深い皺に刻まれていたが、手には針と糸を持ち、穏やかな目で縫い物をしていた。「旅人かい?まあ入れ。寒いだろう」と彼女は言い、一行を狭い部屋に招き入れた。暖炉の火が弱々しく燃え、壁には古びた布や鍋が吊るされている。老婆は名を「エリナ」と名乗り、「遠くまでよう来たね」と微笑んだ。
暖炉の前で体を温めながら、リノアはふと尋ねた。「おばあさん、神話のこと知ってる?」 石版の謎が頭から離れず、律師の目的に何か繋がりがあるかもしれないと思ったのだ。エリナは手を止め、じっとリノアを見つめた後、「待ってな」と立ち上がり、部屋の隅の棚に手を伸ばした。そこから取り出したのは、革の表紙が擦り切れた一冊の本だった。
老婆は本を膝に置き、震える声で詠唱を始めた。まるで古い歌のように、低く響くその言葉に一行は息を呑んだ。
「今の世界が生まれる前、この大地は二つの大いなる力に支配されし。西に『鷲の国』、東に『龍の国』あり。鷲は天空を切り裂く槍を手にし、龍は大地を焼き尽くす炎を吐き、互いに覇を競い合えり。両者は古代魔法文明を築き、その力は神をも超えんとす。されど、欲と憎しみが戦争を呼び、魔法は破壊となり、世界は灰と化した。生き残りし者は僅か。神話は風に散り、新たな時が始まれり」
詠唱が終わり、部屋に静寂が戻った。リノアは目を丸くし、「鷲の国と龍の国…それが昔の文明?」と呟いた。テオが「天空の槍って、石版に書いてあったやつじゃないか?」と興奮し、カイルが「戦争で滅びたなら、律師は何で今さら動いてるんだ?」と首をかしげた。ミラは本をじっと見つめ、「魔法文明って…すごい力だったんだね」と震えた。
エリナは目を閉じ、「この本は祖母から受け継いだものさ。律師が何者かは知らねぇが、古いものを嫌うなら、あの戦争の残り香を消したいのかもな」と呟いた。リノアは石版を手に持ち直し、考え込んだ。鷲と龍の戦争が古代を滅ぼし、その遺物が今も残っているなら、律師はそれを根絶しようとしているのか?だが、なぜそんな執念を?
夜が更け、一行は老婆の好意で床に毛布を敷いて眠った。翌朝、エリナは「気をつけて行きな」と見送りながら、本をリノアに押し付けた。「お前になら、わかる日が来るかもしれねぇ」。リノアは礼を言い、本を抱えて仲間と共に家を後にした。
外へ出ると、風が一層冷たくなっていた。リノアは本と石版を握り、遠くの地平線を見据えた。律師の目的が、古代の戦争と繋がっているなら、この旅は予想以上に大きな真実へと向かっているのかもしれない。一行の足音が、静かに大地に響いた。