93話 辺境三賢者
「“護庭盾”」
”鉄壁”は魔法を行使する。
それは、その異名に由来する特化型防御魔法。
「……マジか」
“至剣”を背に庇う“鉄壁”の周囲を、無数の結界が浮遊し周回する。
“護庭盾”。その魔法式の根本は、“至剣”の“征空剣”と近い。
掌大に形成された結界は、個々が意志を持つ生命体の如く能動的に、接近する外敵を索敵し阻む。
“征空剣”との相違点は、大きく三点。
一つは、“迎撃”を目的としないこと。これにより、火力に割く分の魔力を温存できる。
そしてもう一つが、その結界自体を魔力によって生成、維持していること。
「はは……馬鹿げてる」
結界の弱点は、“面”での防御に止まること。余りにも、魔力効率が悪いのだ。
卓越した実力を持つ冒険者は、“経験”と“勘”により被弾箇所を推測し、局所的に結界を張ることで急所のみを効率的に防御する。
しかしそれも、万能の盾ではない。一枚では心許ないのだ。彼らは戦闘において、“どこ”を、“どれだけ”守るかを常に判断しなければならない。故に、冒険者の間でまことしやかに囁かれるのだ。
“強者は、結界で相手の力量を見極める”、と。
しかし彼女の魔法体系、“護庭盾”はこの固定観念を覆す。
曰く、「結界が勝手に動けばいい話じゃない?」。
探知の魔法式を組み込まれた無数の結界群は、飛来する攻撃の威力を見極め必要枚数を割り出し、最短・最速・最適効率の“点の防御”を実現する。
そしてその効力は今まさに、一撃の破壊力を誇る“剛刃”のそれを防いだことで証明された。
「……」
“剛刃”はその長大な斧を納める。どういう原理か伸縮により質量すらも増減するそれは、機動時には遠心力を増す武器になるが、止められれば抱えていることすらできなくなるのだ。
「……さすが、“賢者”様ってことか」
呟き、シュートは溜息を吐く。それは、“最強の魔導士”に贈られる称号。“勇者”に並ぶ、最も誉高い称号の一つである。
『あり得ぬ話ではないな』
シュートは理解した。
全ての物質に魔力は宿っている。それは、大気中の塵も同様なのだ。恐らく彼女はそれを使役した。
これが三点目。“至剣”との最も大きな相違点。
彼女は大気中の魔力から結界を形成したのだ。
リアムの表層魔力が如何に莫大かなど、もはや問題ではない。大気中の魔力を使役する、“鉄壁”の魔力はほとんど無限に等しいのだから。
「……作戦変更だね」
シュートは呟く。意外にもその表情に険しさはなかった。彼は、知っていたのだ。
“辺境三賢者”。そう称される者達の力量を。
☆☆☆★☆☆☆☆
───……どれだけ寝ていた?
嫌でも感じる魔力と、目に飛び込んでくる強者達。
“剛刃”の不意打ちを受け、どうやら俺は気を失っていたらしい。敵ながら見事な一撃だった。
全員が“鉄壁”の挙動に意識を向ける中、彼だけが明確に俺の隙を見逃さず狙い打ったのだ。
───シエルに助けられたか。
我が配下ながら、彼女も天晴れの実力だ。
あの一瞬で、“剛刃”に僅かに遅れながらも俺に結界の魔法式をよこすとは。あれがなければ、今頃胴が半分になっていただろう。結界が衝撃の多くを吸収してくれたことで、剣での防御が間に合ったのだ。
───しかし、不味い状況だ。
そもそも俺は、“至剣”との相性が絶望的に悪い。
王座に座す俺の戦場は秩序に守られた“王都”。そして敵は“刺客”。奴らは明確に俺を、俺だけを狙っており、だからこそ“欺瞞”が有効に作用する。目も魔力探知も、“認識”に頼る索敵全てを欺瞞できるのだから当然だ。
しかし、“至剣”の戦場は森やダンジョン、即ち“大自然”だ。そこに秩序はなく、あるのは“弱肉強食”の理のみ。向かい来る全ての生命が敵なのだ。恐らく、彼の魔法体系はそこに主眼を置いている。
彼は不意遭遇戦を主戦場としている。そしてそれが日常なのだ。
森に住む魔獣や盗賊、他の冒険者が自分を狙っているとは限らない。
敵同士争ってくれるならそれも良し。その動向を探りつつ、確実に自分を狙うものだけを迎撃する。
そんな、“曖昧な索敵魔法”。狙いを明確にしないが故に、俺の”欺瞞”にかからないという訳だ。
「ぐっ! ……ふぅ」
───……まだ、戦れる。
戦線に復帰しなければ。
幸運にもシエルは無事のようだ。しかし、状況は芳しくない。
───“勇者”と“賢者”のパーティ、か。
まるで御伽噺のような役者の揃いようだ。“王”と呼ばれる俺の役割が、彼らに剣を託し送り出すだけなら気が楽だったのだが……。
ただの興行、目的は仲間集めのプロパガンダと高を括っていたが、思うようには行かないものだ。
☆☆★★★☆★☆
「陽炎の幻惑は───」
“賢者”・“鉄壁”のラズベルは、魔法行使の際“詠唱”を省かない。
「───汝の目を奪い、心を奪い───」
それは、彼女の“魔導士”としての矜持。
戦場に身を置く冒険者達は、戦いに明け暮れる中で自らの戦術を最適化していくように、魔法体系をも独自に改良、変化させている。
戦場で隙を見せる詠唱など悠長にやっていられないのだ。
その最も分かりやすい例が、“剛刃”の”巨人の覇道”。
“剛刃”はそもそも魔法理論への造詣が深くない。よって、その全てを“本能”で使役しているのだ。“胆力”で表層魔力を制しているのがその証左。もはや精神論である。
「───やがて息を奪い───」
しかし“鉄壁”はこれを嫌悪する。
彼女は自身を魔導士として、人々を、時に国をも教導する立場であると自覚している。
よって、“剛刃”のような経験や感性に頼る再現性のない魔法の価値を認められないのだ。
“鉄壁”は、魅せられているのである。
手順を踏むことで誰しもが自然を歪める程の現象を引き起こせる魔法、その機能美に。
そして、だからこそ詠唱の必要性を提起する。
「リアム、逃げるよ」
「逃げるって、あなた……どこへ?」
“詠唱”とは、魔法行使の“予備動作”。理論により体系化された最適なルーティンであると同時に、限界を定める秩序なのだ。
そして、彼女は結論を出す。
「───生命を奪う」
“詠唱”に必要な“間”を作るための魔法を生み出せば良いのだと。
「とにかく遠くだ、速く!」
「なっ待って!」
危険を察知したシュートは、リアムの手を取り後方の通路へと退避する。
「あれは剣二本飛ばすとか姿晦ますとか衝撃波とか、そんなチンケな魔法じゃない」
“鉄壁”の流暢な詠唱に呼応して脈動する大気中の膨大な魔力は、術者が指し示した目的を忠実に再現すべく威力を持って放たれる。
「───“獄炎”」
それは、大気を焼く超上級魔法。
視界を歪める程の超高熱は、肉体を溶かし生命を奪うだけでなく、酸素を焼き尽くすことで空間での生命活動を不可能にする。
「───ふむ」
焦るシュートとは対照的に、涼しい顔で佇むのは“白麗”のハウライネ。
「シュートよ、下がっておるが良い」
「……何する気?」
彼女には、確信があった。
“白麗”は、“引き篭もり”と揶揄される程の研究気質を持つ魔導士。在野の冒険者でその名を知らぬ者のない高名な魔導士だった。
人は、彼女を讃える際にこう呼ぶ。
「“熱胎動”」
“辺境三賢者”・“白麗”のハウライネと。
「……今ならスライム程度、まとめて吹き飛ばせそうだな」
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