92話 あり得ぬ話ではないな
コンマ数秒を駆け引きする戦場で、余りにも長い“一瞬”が沈黙の内に流れていく。
居合わせた実力者達はただ茫然と、目前の出来事に見入っていた。それ程までに衝撃的かつ理解不能、混迷を極める状況だったのだ。
彼らの経験をもってすら、即時には順応できない程に。
「……ふむ───」
最初に口を開いたのは、“白麗”のハウライネだった。
彼女はその卓越した頭脳と莫大な知識量から現状を分析し、一つの“結論”を口にする。
「───あり得ぬ話ではないな」
そうして放たれた言葉は、静寂の戦場を音速で駆け巡る。
そしてそれは、発信者が他ならぬ“白麗”であることが何よりの根拠となって全員の脳裏に刻まれた。
これを受け、場慣れした挑戦者達は状況に即応し“検証”を省く。そして疑いようのない現実を額面通りに飲み込むと同時、戦慄した。
“鉄壁”が、枷の魔力変調を克服した、という事実に。
そして全員が直感する。
“大局が、動く……!”
「むん……!」
最初に動いたのは、“剛刃”だった。
或いは彼だけは、“白麗”の言葉の意味を理解していなかったのかも知れない。しかし───
「ぐお……あ……!」
それが、功を奏する。
「殿下っ!!」
急変する戦況にほんの一瞬気を奪られた“剣王”は、“剛刃”の長大なハルバートに隙を見せる。
それを襲う、“剛刃”の一撃。
“欺瞞”を巧みに扱い、敵の認識の隙を突く“剣王”に正面から攻撃を通せる“好機”はこの瞬間をおいて他になかっただろう。
直撃を受けた“剣王”は岩壁へと強かに打ち付けられるが、しかしシエル共々転移させられる気配はない。防御を間に合わせたのだろう。手傷は負ったが、戦闘不能には至っていないようだ。
「どおおおりゃああああ!」
直後、攻撃的に放出される“剛刃”の表層魔力へと標的を定めた二本の飛空剣が、直線軌道で飛来する。
半自動で敵を追尾する飛空剣には迷いも動揺もなく、寸分の狂いなく補足した敵を迎撃する。
「邪魔っ!」
叫ぶシュートは“剛刃”を庇い、飛空剣を叩く。
───だけで良い!
僅かに軌道を逸らされた飛空剣は、敵との接触を検知したことで元の索敵軌道に戻っていった。
「エルディンっ!」
その時既にハルバートは短く引き戻され、“剛刃”は次なる攻撃の一手へと体勢を移している。
「むん」
再度ハルバートを振り抜く“剛刃”に迷いはない。先程とどめを躊躇ったことに対する後悔も、その一撃からは微塵も感じ取れなかった。
「ジニー ───」
しかし、
「───少し休んでてね」
この戦場に、“好機”は二度訪れない。
「“護庭盾”」
呟きと共に発動する“鉄壁”の魔法。
立ちはだかるあらゆる障壁をものともせず一蹴してきた“剛刃”の一撃は、この日初めて防がれたのだった。
☆☆★★☆★☆☆
「…………これは───」
画面内で繰り広げられる戦闘。拮抗し膠着するかに見えた戦況は突如急展開を迎えた。
「───“反則”、なのではないですか……?」
「にゃ」
枷を嵌め、ドレスを身に纏った女性冒険者達。運営によって、言外に彼女らに課せられた“役割”は“足手纏い”。文字通り、パーティの“枷”のはずだった。
「別に、反則じゃないにゃ」
しかし、クエストのルールについて運営よりも詳しそうな少女は首を振る。
「そもそも運営は、“魔法を制限する”としか言ってないにゃ」
開会式での司会者の言葉を思い出す。
確かに彼は、明確に“魔法の使用を禁止する”とは発言しなかった。できない状態にするのだから当然だ。
「ですがそれでも、この状況は運営の意図する展開ではないのでは?」
しかし彼女、“鉄壁”の異名で知られる挑戦者ラズベルは、あろうことか“剛刃”の攻撃を防ぐ程の魔法を行使した。
それは明確に運営の意図に反する行為、即ち“反則”に当たると思うのだが。
「どうかにゃ〜、寧ろシナリオ通りなんじゃないかにゃ?」
「それは……この状況が、運営にとって“想定内”である、と……?」
意味が分からない。
枷を嵌め、事実上魔法の使用を封じた上で、挑戦者がそれを破ることを運営自身が望んでいた?
「難しく考え過ぎだにゃ。これは、“興行”だにゃ? 盛り上がらなくちゃ話にならないにゃ。ま、“番狂わせ”を期待したんじゃないかにゃ? じゃないと、ただの足手纏いにキャスティングしたゲストの説明が付かないにゃ」
そう言われれば、確かにその通りだ。
事実、会場の盛り上がりは尋常ではないことになっている。既に大成功と言って差し支えない程だ。
“競技”ではなく、あくまで“興行”。
そう考えれば、“鉄壁”は寧ろ運営の意図を最大限実現した功労者という見方もできるのか。
「それに、魔法なら“剣王”の側近も使ってるにゃ。まぁあれは“剣王”の魔法だけどにゃ〜」
サラッと言う少女。
待て待て。
映像で視れるのは視覚情報だけのはず。魔力など視えていないのだ。
つまり彼女は、王族の扱う魔法すら把握しているというのか?
いや、それ以上に───
「にゃ、これ、オフレコで頼むにゃ」
そんな情報、SSSではきかないだろう……。
「……お戯れが過ぎます」
聞かなかったことにはできないだろうか。
「とはいえ、誰にでもできることじゃないにゃ。もしかしたら誰か、入れ知恵した者が居るかも知れないにゃ〜」
彼女に知らない事などない。「かも知れない」などあり得ない。
居るのだろう。恐らくそれが“駆け引き”、他のプレイヤーの“一手”なのだ。
そして彼女はそれを知りながら、“盤面”に支障が出ないと判断し見逃した。これが“合意”といったところか。
何となく、分かってきた……!
「ルールについては納得致しました……しかしそれでは───」
だが、分からないこともある。
「───シュート様は、勝てないのではないですか?」
彼女の窺う“盤面”。“鉄壁”の暴挙とも言える行動は、その趨勢を覆しかねない。
「にゃはっ!」
それどころか、“最悪”すら想定できる状況だ。
「随分シュー君を心配してるみたいだにゃ?」
「いえ……そういう訳ではないですが……」
確かに、彼の実力は底知れないものがある。得体が知れないと言い換えてもいい。
しかし、この状況ではどうだろう。寧ろ、「貴女は心配ではないのですか?」と問いたくなるのが本心だ。
「ま、見てたら分かるにゃ」
いったい、何が“見れる”というのか。
「きっと、面白いものが見れるにゃ?」
「そうですか」
彼女は、何を“見ようと”しているのだろう。
「あ、そうだにゃ」
考える私をよそに、猫耳少女はご機嫌そのものの声音で告げる。
「モニターの魔法式、変えて欲しいにゃ」
「……はぁ」
それは、彼女が他人に難題を突き付ける際の表情。
「すみませんが、業務外ですので……」
「何言ってるにゃ?」
楽しくて仕方がないかのような、子供が見せるそれのような、しかし底知れない作為を感じさせるような。
「SSSの対価だにゃ。安いもんだにゃ?」
どこか、妖しさを纏う笑みだった。
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