91話 同調型魔法
油断なく睨み合い、互いに渾身の拳をぶつけ、同時に躱し合う。
───厄介な。
目の前の女、騎士団長を名乗る傑物・シエル。
───“同調型魔法”か。
それは、二人以上の人物が複数の制約のもとで同調し、魔力及び魔法式を補完し合う魔法体系の総称。
この女は度し難いことに、使っているのだ。
───微弱だが感じる。これは、“魔力”だ。
“魔力変調”の制限下ではあり得ない現象。
しかし、それなら納得だ。先程から、シエルの体技は人間の限界を容易に飛び越えている。
“強化魔法”を使っている。条件的に、僕の勝機は薄いだろう。
───不味いな。
魔力がある者と、無い者との戦闘。これ程馬鹿馬鹿しいものはない。
───騎士の誇りだと? 冗談じゃないぞ。
苦笑いしかできない。
美しい純白のドレスに身を包んだこの女が、誇りとやらの裏にこんな奥の手を隠し持っていたとは。
軽蔑はしない。性別を偽る手前、シエルは僕を無力な女だと認識しているだろうからな。
だからこそ僕は、シエルの認識を超えない範囲で力を加減していた。
ナイフを使えば意表を突ける。だが、それをするか否か。
───こんなことなら、作法など聞かなければ良かったな。
僕が賭けた“誇り”、それは“女として敵を圧倒する事”。
考えながら、シエルの拳をいなし、カウンターを合わせる。
「ふっ!!」
「くっ……」
右ストレートで顔面を捉えるが、強化されたシエルへのダメージは少ない。
───長くは持たないぞ……シュート……!
「……これ程とは」
「ごめんね、少し本気を出すわ」
「いや、その必要はない」
シエルの表情は真剣そのものだ。
相変わらず僕に射殺すような視線を向けていながら、まさか“降参”などと言うつもりはないだろう。
「どういうことかしら?」
「度し難いことだが、貴殿の勝ちだ。今の私では、貴殿を制すことはできないらしい」
だから、警戒する。
「誇れ。そして約束通り、私は恥を晒すとしよう」
「……っ!!??」
驚愕した。
「すまぬ……だが───」
───あり得ない!!
それは、魔力により肉体を強化するなどといった単純なものではない。
魔力をエネルギーに変換し種々の現象を引き起こす“属性魔法”、中でも殺傷能力に長けた“威力魔法”。
───……無茶を言うな、この規模は、回避が間に合わない……!
シエルから突如発された強力な魔力反応。
「───私は貴様に、貴様らに……負ける訳にはいかないのだ……!」
それは火属性の中級魔法、“業火”だった。
☆☆★★☆☆★☆
「焦ってるね、どうしたの? 欺いてみなよ得意でしょやればいいだろ“欺瞞”!」
剣を振って煽る。
「貴様程度に必要を感じぬわ! それで俺を謀ったつもりか? 甘い! 正面から砕いてやろう! 地力で勝るは俺の方だ!」
「分かってないね、その認識が間違ってる!」
剣を躱して煽る。
“剣王”には焦りが見える。しかし、彼は思っているだろう。
配下は敗れない、と。自分は俺を抑えているだけで方が付くと。
「相棒を狙うとは良い判断だね。でも残念、それは悪手だ」
「好きなだけ吠えているが良い! 俺の配下は敗れん!」
「見苦しいね、黙って見届けなよ。“魔法”で水を差したら失礼だ」
横目で相棒のエルフの様子を窺う。リアムの拳がシエルの顔面を捉えていた。
───うおぉ……。
輪郭が変形しそうな重い一撃。女性相手にも全く容赦が無い。
「ほら、早くも決着が付きそうだ」
「いいやまだ終わっていない!」
「だから、させないって」
───来たよ、チャンスだ前に出ろ!
俺は渾身の踏み込みで“剣王”に斬り掛かる。
「何をっ……!?」
「……ズラすくらいなら簡単なんだよね」
俺は“剣王”が手元に構築した魔法式に向けて斬りつける。俺の超微弱な表層魔力にも、用途を絞れば使い道はある。
「終わりだよ」
「図に乗るな!」
「君は判断を間違えた」
魔法式の改竄。
通常なら構築を終えた瞬間に発動するそれを、“剣王”は相棒の元に転送するために維持していた。俺はそれを、乱してやった。
「俺の配偶者はさぁ───」
隙は作った。奴ならこれで十分だろう。
「───“最強”なんだよね」
☆☆☆★★☆★☆
「……なっ!?」
「残念ね───」
勝利を確信したシエルの一瞬の隙。僕は正面から接近し、彼女のがら空きの腹部に拳をめり込ませる。
「かっ……は……」
───上手くやったか。
突如出現し、そして何も起こさずに消失した魔法式。
「───うちの相棒の方が、一枚上手だったみたい」
───しかし冷や汗をかいたぞ。
溜息を吐いて安堵する。
魔力もロクに練れない無防備な状態で、正面から威力魔法を受け止めるなど自殺行為だ。
しかし、どうやらシュートが上手くやったらしい。予備動作なく“業火”を放たれそうになった時はもうダメかと思った。しかし、聞こえたのだ。
───『前に出ろ!』
無茶言うなとぶん殴ってやりたい気分だったが、結局魔法は放たれなかった。
シュートが、“剣王”の意図を半ばで挫いたのだろう。“同調型魔法”の魔法体系は、条件が揃えばほぼ無敵に等しいというのに。
敵には二つ、誤算があった。
一つは僕の体術。これを見誤ったことで、“剣王”は“魔法式の譲渡”を選択せざるを得なくなった。
そして、もう一つが“指輪”。
───同調してるのは、お前達だけじゃなかったってことだな。
しかし、まだ油断はできない。僕は膝をつく亡国の騎士団長を見下ろす。
シエルは瞬時の判断で自身に魔力による防御を施したのだろう。突きは完璧に決まったが、これでとどめとはいかなかった。
───これでも落ちない、か。なかなかの胆力だ。
天晴れと言って手を叩きたい気分だが、困った。気絶してくれれば楽だったのだが、これ以上手を加えるのは流石に気が引ける。
「……大人しく寝てくれないかしら」
「ぐ……手加減など要らぬ、殺せ……!」
ダメだ覚悟が決まり過ぎている。
「魔力が使えないの。少し、手荒くするわよ───」
シエルに追撃を加えるため、僕が一歩を踏み出した時。背後に強烈な魔力反応を探知した。
───“剛刃”か。
探知と同時、轟音が迷宮に響く。どうやら彼は、“至剣”を押し返したらしい。
そうしてふと、背後を振り返る。一応、攻撃を受けた“至剣”の様子を見ておこう。その程度の認識だった。
「───馬鹿な……」
そうしてその後見た光景に息を飲んだ。
☆☆☆★☆☆☆☆
シエル、リアムの決着より数分前。
「……“勇者”の名に相応しい実力だ」
立ち上がった“剛刃”は、油断なく対峙する“至剣”を見据える。
先の一撃は、まともに受けるのは不味かった。防御が間に合わず、最悪命を落としていたかも知れない。
しかし、殺されかけたことに対する怒りはない。寧ろ、尊敬の念すら抱いていた。
“勇者”、“至剣”、大層な異名だ。そして、そんな大物と覇を競える。光栄だと、心からそう思った。
「……俺も、本気で相手をしよう」
だからもう、誤魔化す必要もない。
“剛刃”は幼少期に魔法教育課程を修了していない。その点では“至剣”に通じるものがある。両者共に、戦場で生き延びる中でその“技”を磨いてきた。
大きく異なるのは、師の有無。
よって、彼の扱うそれは“理論”ではなく“感性”、或いは“本能”に基づいて使役される“野生の術”。
「むん……」
血統などにより上下する魔力量の上限。“剛刃”は常人のそれを遥かに凌駕する爆発的な魔力を解放した。
徒に放出される、膨大な表層魔力。それは、“剛刃”が生まれ持った素質に他ならない。
そして霧散していくかに見えたそれを、“剛刃”は驚異的な胆力によりその場に留めおく。彼の魔力は、彼の周囲数メートルを隈なく覆った。
その規模、“剛刃”を中心に半径七メートルに及ぶ。
「……構えろ、“至剣”」
それは正しく“魔力の鎧”。
「できるだろう、防御だ」
「何を言ってる?」
“人間”を始めとする“人類”は、“知性”を得たことで魔法を体得したが、同時に魔力操作を複雑化させてしまった。
“雑念”が操作を阻害するのだ。出来ることが多過ぎるために、一つの事に集中できなくなっている。
熟練の冒険者ですら手を焼くリアムの結界。森の魔獣キマイラが、“魔力球”などという単純な術でそれを突破できたのは、“雑念がない”ためだ。本能によって操作する方が、魔力の効率は高くなると言える。
そして、生物の持つ表層魔力は、その感情により昂りも鎮まりもする。
“人間”の操る“火”の魔力。適合する感情は”興奮”。それは皮肉にも、野生への回帰と呼べるものだった。
「……行くぞ」
呟いて、“剛刃”は拳を突き出す。
本来なら空を切るはずのそれは、周囲を覆う彼の表層魔力にその衝撃を伝達する。
そして“表層魔力”は、意志により操作が可能。
突き出された拳の衝撃、僅かな風圧をも伝達する彼の表層魔力は、拳の動作に合わせて前方に伸びる。
即時にその魔力反応を探知した“至剣”の飛空剣が迎撃するが、表層魔力をいくら斬りつけたところでダメージは生まれない。
衝撃を伝達しつつ加速度的に威力を増しながら直進する“剛刃”の魔力は、やがて前方に捉えた“至剣”のもとにまで到達し、そのエネルギーを炸裂させる。
「……ぐっ……は……」
衝撃波を受けて、“至剣”は後方の壁にまで吹き飛ばされる。轟音と共に砂塵を撒き散らせて壁を砕いた彼を、その魔力反応を、“剛刃”はなおも警戒していた。
「……」
“巨人の覇道”。
後にシュートによって命名されるそれは、“勇者”・“至剣”のジーニアスの魔法体系、“征空剣”をこの時確かに圧倒していた。
「ジニー……」
“至剣”に接近する一人の女性。それが彼の相棒、“鉄壁”のラズベルであると判断した“剛刃”は逡巡する。
先の一撃、決して手心など加えていない。
仕留めきれなかったのは、ひとえに“至剣”の防御能力が優れていたからだ。しかし困った。ここで追撃を加えては、無防備な“鉄壁”まで巻き込んでしまう。
そうして“剛刃”が追撃の一手を躊躇った一瞬の間。
「立って」
その、一瞬の判断が“凶”と出る。
「“心圧”」
何が起こったのか。目の前で繰り広げられる異様な光景に、居合わせた猛者達は時が止まったかのように動きを止めた。
「……馬鹿な……」
沈黙の迷宮に驚嘆するエルフの呟きが響くが、遅かった。
面白いと思って頂けたら下の☆マークを押して評価をお願いします。執筆の励みになります。




