90話 それが君の魔法だろ
「ほう、俺がこのクエストに参加した理由、か」
俺の言葉に返事をしつつ、“剣王”はなおも油断なく対峙する。
───やっぱり。ノって来たね。
「それは、依頼を受けたからに他ならないが?」
「面白い冗談だね。“王様”が、誰の依頼を受けたって言うのかな?」
俺は“剣王”の返答を真っ向から否定する。嘘ではないのかも知れない。しかし、それだけが目的などあり得ない。
「君は君で、ここに来る目的があった」
「ふむ。それで、どんな目的があると言うのだ?」
“王族”の彼が娯楽に興じている理由。
「仲間だ。仲間が欲しかった」
彼の治める国、“フランベル王国”は、既に地図から消えている。
城内の敵対派閥により打倒された彼の王朝。
地位、名声、功績。それら全てを失った彼は、この新天地で仲間を募ることを考えた。
「冒険者。試してみれば存外に肌に合ったのだ。どうだ、様になっているだろう?」
「……そっか」
“剣王”の今までに見ない、どこか諦めの混じったような表情。
「でも、腹心の部下はそう思ってないみたいだね」
「勝ち気な女でな」
彼の配下、王直属近衛騎士団の団長・シエルは、今も彼の再起に燃えているように見える。
「それで? 俺の浅慮を暴き、それで満足か?」
「もちろん、そうじゃないよ」
彼は、以前からダンジョン配信を通して支持を募っていた。真っ当な冒険者だ。希望に満ちた冒険者なら必ずそうするが、
「疑問だったんだ。なんでそんなに目立ちたがるのか」
その認識が間違っている。
亡命している王。友好国とはいえ、刺客などどこから湧いて出るか分からない。実力は確からしいが、それ故に賢い判断とは思えない。
───どっかのお上りエルフじゃあるまいし……。
命を狙われる王。それが、こんな公衆の面前に姿を晒す理由。
無論、彼の“欺瞞”は刺客対策の魔法だろう。彼に対して“逃げ隠れする臆病者”など笑える。
それは城の防備と強大な軍の防衛力を持つ王にとって、無用の長物に他ならない技術。それが意味するところは、“自ら矢面に立つ”という心構え。
「君は力が必要だった」
彼は“戦う王”だ。“現代の英雄王”などとも称される。
「自分で倒そうと思ってるんだよね? 現王朝、フリベルタを」
ただ担がれる神輿になるつもりはないのだろう。
「ふ。笑うか?」
「さぁ、ね。君の心境は、俺には計り知れないから」
彼を謀った首謀者。名を、ワイナール・フランベル。
今は姓をフリベルタと改めた、前王フレデリックの弟だ。
ワイナールは王不在の王城を占拠、一部の重臣を排除して新王朝“フリベルタ王国”樹立を宣言した。
その時フレデリック王は、アレクサンドリアを視察していたために難を逃れ、同時に王権を手放した。
そうして生き残ったフレデリックを追い詰めるためのプロパガンダとして、新王・ワイナールは“命惜しさに民衆を見捨て、弟から逃げた”と民に吹聴した。
弟に裏切られ国を追われ、地位も名誉も奪われて冒険者として活動しているんだ。おおよそ肉親に向けるべきではない感情もあるだろう。
「真っ向勝負なんて天晴れだよ。ただ……茨の道だろうね」
王不在時の謀略とはいえ、ワイナールの手腕は称賛の一言だ。
数名の重臣を処分したが、命を取った訳ではないらしい。そんな知恵の回る弟に対し、同じく謀略で挑むのは明らかな悪手。だからフレデリックは武力で再起を狙っているのだ。
そしてそこには反発もある。血を一滴も流さずに王権を手にした弟に対し、兄は正面から剣で斬りかかろうとしているのだから。
「まぁ、頑張ったら良いと思うよ。俺を巻き込まない程度にね」
いつの時代も、どの世界線でも、“権力”が絡んだ闘争など目も当てられないものだ。
「不遜な態度だな」
「うん、気を遣うと疲れるからね。だから俺は冒険者相手に遜ったりしない」
「……そうか」
呟いて、“剣王”は笑みを浮かべる。曇りのない、すっきりとした表情だ。
「そこまで分かっているのなら、俺の魔法も割れているのだろうな」
「もちろん。君が仲間を集める理由から逆算して、仮説を立てたんだ」
“剣王”が無詠唱どころか魔法式の構築すら破棄して、高度に魔法を行使できていた理由。
「君、配下に肩代わりさせてるよね?」
「……根拠を聞いても?」
俺の言葉に、“剣王”は更に笑みを深める。
「“欺瞞”だよ」
そんな彼に、俺も笑みで答える。
「さっき、俺に背を取られて、君は結界で防いだ」
「あぁ。貴様の体技も見事だったが、俺はこの通り無傷だ。悔しいか?」
「そうだね。でも分からないんだよ」
俺は疑問をぶつける。
「なんで、得意の“欺瞞”を使わなかったの?」
“欺瞞”は対人戦において攻防一体の万能の一手だ。俺の攻撃を凌ぎつつ、返しの一手を加えるチャンスだった。
「……どうせ、使っても貴様は見切れるのだろう?」
「その言い訳は苦しいね。俺が言いたいのは、何で予め“欺瞞”を使わずに、後出しで結界を張ったのかってことだよ」
これ程戦闘に長けた“剣王”が、結界という防戦一方の消極的手段を選んだ。しかも防御というには余りにお粗末な強度。隠せない違和感がある。
「使えないんだ。自慢の配下もそれどころじゃなさそうだしね」
リアムとシエルは、おおよそ人間のそれではない威力の拳を互いにぶつけ合っている。
リアムにそれができるのはまぁ分かる。でも魔力を封じられたシエルが、それに応戦できているのは何故だろう。
「ふふふ、ははははは!」
“剣王”は遂に破顔する。そこには王の威厳も、戦士の誇りもない。どこまでも屈託のない笑みだった。
「見事だ! シュート!」
声を張る”剣王”・フレデリックの短い称賛。それが冒険者にとって最大の賛辞であることを認め、俺は笑みを見せる。
「よもや、そこまで見切られているとはな。天晴れだ!!」
「……続ける?」
「いや、よそう」
どうやら考えは同じらしい。
「見届けようじゃないか」
しかし、いや、だからこそ、
「彼女達の決着を」
警戒する。
「実はさっき俺、嘘吐いたんだ」
会話しながら、俺はずっと警戒していた。だから確認した。
先程の結界は、“剣王”自身が展開したものだ。魔法式の構築を探知できたから間違いない。
全ての魔法を予備動作無しでブチかませる訳じゃないんだ。エルディン目掛けて放った“業火”のような事が、そう何度もあってはたまらない。
何か、条件があるんだ。
「今分かった!」
そして今、再度“剣王”自身から魔法式の構築を探知した。
俺は迷いなく斬りかかる。
「そうか度し難いことだだが遅い!」
「あぁ本当悪かったでもさせないよ!」
“剣王”が俺との対話に応じた時から分かっていた。
しかし得られていなかった確信を今、俺は手にした。
故にほんの少し、タイミングをずらしてやるだけで十分だ。
「……くっ!」
「“魔力と魔法式の貸し借り”! それが君の魔法だろ!」
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