89話 欺瞞
魔力探知とは、“魔力の指向性を察する技術”。
生物が常時発する表層魔力。それがどこに、どれ程の勢いで向かっているかを分析する。
そして魔力は感情によって励起される。
それが自分に向いていれば、即ちそれは敵だという事だ。
よって一般的に魔力探知では、“ただそこにある魔力”を無視する。そうすることで身に迫る危険のみを察知するのだ。
その傾向は、戦闘における高等な技術を持つ冒険者ほど強く表れる。
───ふむ、この男……。
だからこそ、信じ難かった。
───視えている、か。
目の前の青年、シュートの異常さが。
熟練の冒険者は、広範に広げた魔力探知で得た情報を目で検証し判断を下す。
二つの探知機構を相互に補完することで、情報の確度を高めるのだ。“欺瞞”はそれを逆手に取った技術。
表層魔力を絞り暗躍し、人畜無害な幻影の分身を見せる事で油断を誘い隙を突く。
視える範囲の索敵を目に頼りがちな冒険者は、これを見破るのが難しい。警戒を厳にすることで看破することは可能だが、初見で見切るとは天晴という他ない。
───しかし、これは……。
俺の魔法体系は、詠唱どころか魔法式の構築すら破棄できる。
魔法戦においては、魔法式の探知の精度がものを言う。それが破棄されればそもそも探知が成立しない。
不可避。故に“確実な一撃”を実現できるのだ。
しかしこの青年は、威力魔法の発動を事前に察知し、仲間に呼び掛けてみせた。
あり得ない。あの“剛刃”ですら、突如放たれた火球に驚愕していたというのに。
矛盾する。
常軌を逸した警戒心と、それを可能にする彼の技量が。
探知が脆弱な弱者が戦場に立てば、危険を見極め切れず全方位を警戒して勝手に消耗するだろう。
強者はあんな風に、無害───を装った───な気配にいちいちめくじらを立てたりしない。
つまり、
───シュートは、何も信じていないのか。
彼は全てを疑っている。
おおよそ常人にできる思考ではない。しかし、それを確信に至らしめる彼のもう一つの異常性。
視えない。彼の“個性”とも言える表層魔力が。
───……飲まれているな。
興味がある。魔力探知に頼れば、風景に同化してしまいそうな程希薄な存在感で立ちはだかる彼に。
───見極めてやるぞ……!
目に頼れば刺す程に向けられる視線。
彼はその“意志”で、何を想い、同時に何を見限っているのだろうか。
☆☆☆★★☆★☆
“拳”を交える程に感じる敵の技量。
───このエルフ、できる……!
エルフは“森の賢者”と呼ばれ、高い魔法知識を誇ることで有名な種族。
その印象から、強大な魔法の行使を役割とした後衛職だと認識していたが、近接戦闘も並以上にできるらしい。そして感じる違和感。
───まさか、手加減されているのか?
あり得ない。
王国の近衛騎士団で団長を務める私が、その本領である戦闘において遅れを取るなど。
もちろん、現在の私は魔力を封じられ実力の一割も発揮できない状態。
しかしそれは相手も同じで、相手には味方の援護すらないというのに。
「ふっ!」
「……っ!」
エルフの拳をいなし、整わない体勢で右足を振り抜く。上段蹴りは左腕に受けられ、右拳の突きを許す。
「ぐ……」
強い。
「あなた、やるわね」
エルフの言葉。
───冗談じゃない。
称賛に他ならないその言葉を、私は真に受けることができなかった。
エルフが薬ばかり作っている穏やかな種族だと侮っていた訳ではない。
枷により乱されているが、それでも隠しきれない表層魔力の出力は圧巻の一言だ。それが戦闘に用いられた場合、とんでもない破壊力を生むことは容易に想像できた。
───馬鹿にしおって……!
あの男───確か開会式ではシュートと呼ばれていた───が殿下の“欺瞞”を見破るならば、無視はできない。
主攻である殿下を消耗させるより、隙を突いてこのエルフを戦闘不能にする方が賢いと判断した。
“欺瞞”を見切れない“剛刃”などはもはやついでである。
しかし、殿下が“至剣”との決着に拘るのなら、それを助けるのが配下の務め。
手早く二人を処理し、殿下の援護に回るつもりだったが……。
「……貴殿こそ、並の手合いではないな」
───予想外だ。まさか正面から打ち合ってなお互角とは……!!
息を整え、認識を改める。
「……私は“フランベル王国”、“王直属近衛騎士団”団長・シエルだ。貴殿、名は?」
彼女は、強い。ならば、強者を相手にしていると考えて取り組むだけだ。
「僕は、リアム。よろしくね?」
「そうか……参る」
リアムと名乗ったエルフの妖艶な笑み。吸い込まれそうな引力を秘めたそれから目が離せなかった。
☆☆★★☆☆★☆
相変わらず剣は鋭く重い。しかし、状況には変化も見られる。
───小細工は辞めたのかな?
“剣王”はさっきから魔法による攻撃を仕掛けてこない。
───やっぱり、無関係じゃないみたいだね。
視界の端で、戦闘を開始したリアムとシエルの姿を捉える。
───試してみるか……。
剣を低く構え、下半身に集中する。
「……はっ」
「……!?」
“剣王”の鋭い剣をいなし、俺は彼の脇をすり抜けて背後を取る。そして俺は初めて攻勢に出た。
「くっ!」
「……やっぱりね」
背後を取った俺の剣。完全に隙を突いた俺に対し、“剣王”は結界で対処した。
「慌て過ぎだじゃない? 結界、随分脆かったけど」
「あぁ、だが十分だったようだ」
“剣王”の結界は紙のように薄かった。彼の実力とはかけ離れた脆弱な防御。
「……もう終わりか?」
「一区切りかな。俺、無駄な戦いとかしない主義なんだよね」
「そうか。だが残念だな。もう俺に先程のような隙は無いぞ」
「いいんだ。もう分かったから」
「ふむ。何が分かったと言うんだ?」
俺は息を吐いて、情報を整理する。
「最初に思ったのは、何でこのクエストに参加したのかってことだ」
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