87話 三竦みだね
先頭を走るシュートが通路を抜け広場に躍り出た瞬間、“剣王”フレデリックは“欺瞞”を発動し暗躍する。
しかし巧妙に“隠蔽”された彼自身は、“至剣”・ジーニアスの魔法に隙を見せる。
“征空剣”。それは宙に浮かべた剣に魔法式を付与する魔法体系。
滞空する二本の剣、“飛空剣”はただ宙を漂っているだけではない。それは付された魔法式により、目標に狙いを定め直線軌道で追尾・攻撃する。
“至剣”は飛空剣に、敢えて単純な魔法式しか与えていない。よって、彼の意のままに精密な軌道を描くことは不可能。しかしそれが功を奏する。
“剣王”の“欺瞞”は、対人戦闘を目的とした魔法体系。それは敵の目と魔力探知を欺くことに主眼を置いている。
つまり、彼自身の姿が見えないだけで、実体が消える訳ではないのだ。
よって、例えば“接近する魔力反応を感知・追尾する”とでもプログラムしておけば───
「───何っ!?」
簡単に本体の居場所を特定できるのである。
「そこか───」
飛空剣を迎撃するため姿を現した“剣王”に向け、“至剣”は更に追撃を加えんとして踏み込む───
「むん」
しかし新手、“剛刃”のエルディンはそれを許さない。
彼が真っ先に“至剣”に狙いを定めたのは、事前の打ち合わせがあったためか、それとも本能による判断かは分からない。
しかし目視で敵を視認した“剛刃”は瞬時にハルバートを振り抜き、距離の壁を無視して“至剣”を攻め立てた。
「───ぐっ」
“至剣”は飛空剣を意図的に操作していない。そして彼の飛空剣は、武器を探知できないのだ。
武器は道具、生命が宿らない。よって壁や地面、天井と見分けが付かない。
魔法式で武器を“敵”と見極めるには、予め敵の武器の精密な魔力反応を調べ、それを元により複雑な魔法式を施さなければならない。
よって、間合いを無視して必殺の一撃を放つ“剛刃”は“至剣”の天敵と言える。
“剛刃”の攻撃を受けた“至剣”の攻撃の手が緩む。“剣王”はその隙を逃さず再度“欺瞞”を発動し、“剛刃”へと攻撃対象を移した。
「……させないよ」
“剣王”の“欺瞞”を見事看破したシュートは、“剛刃”との間に入ってその剣を受け止めた。
「……やるな!」
「ぐっ! が……」
強化魔法を使用した“剣王”の一撃。シュートはその膂力に負け、後方の“剛刃”の元にまで吹き飛ばされる。
「む……」
「う……悪いね」
シュートを受け止めたことで生まれた“剛刃”の隙。“至剣”は長大なハルバートの勢いが弱まるこの機に難を脱した。
「……あぁ、最悪だよ……」
シュートは吐き捨てる。
「三竦みだね……」
☆☆☆☆★☆☆☆
「久しぶりですわね」
短い挨拶。おおよそ再会を喜ぶ二人の間で交わされるものではない。
しかしそれが二人にとって、最適な言葉の選択であることを共通認識としているのだから滑稽だ。
「返事は要りませんわ」
期待すらしていないそれを、先んじて断る。そして思う。
そんな言葉すら必要なかったと。
人間の社会に身を置く中で、“コミュニケーション”なる雑事が習慣化してしまっているようだと自嘲する。
「リアム様から、伝言ですのよ」
或いはこれも、無駄なやり取りなのかも知れない。
「“何もするな”。確かに伝えましたわ」
わたくしがここを訪れることすら事前に察していたはずなのだから。
要件を終えたわたくしは踵を返す。返事どころか、振り返りもしないとは相変わらず傲慢だ。
そう思ったが、それを咎めることすら無駄なやり取りである。
そんなことを考えながら、わたくしはふと思い立って足を止める。
「……“それ”、しっかりと最後まで見届けることを勧めますわ」
以前のわたくしであれば、こんなことはしなかっただろう。
「“あの男”に興味がお有りなら、きっと良いものが見れるはずですもの」
わたくしとしたことが、他人に期待するなど滑稽だ。だからこそ、裏切らないで欲しいと思う。
───いや……。
ふと別の考えが浮かぶ。
常識外れの彼のことだ。寧ろ、盛大に裏切ってくれた方が面白いことになるかも知れない。
☆☆★★★☆★☆
膠着しかけた戦況は、しかし一息の呼吸で沈黙を終える。
「むん」
“剛刃”の、それと呼ぶに相応しい距離を度外視した一閃を、“至剣”は跳躍により回避する。
「頼むよエルディン。しっかり押さえといてね」
言って、シュートは目を閉じた。
「だりゃ!」
「……ほう、これも見切るか」
目に頼っては“剣王”の“欺瞞”を見切れない。
そしてこの瞬間、“至剣”の隙を突き圧倒し得るエルディンと、“剣王”の“欺瞞”を看破するシュートの乱入により、剣を交えた二人の利害が一致する。
「ならば、これならどうだ?」
「ええええエルディンっ!」
無言の内に合意した“剣王”は、目下の脅威を排除すべく魔法を放つ。選択した魔法は、火属性の中級魔法“業火”。
「む」
シュートの叫び声と共に突如放たれた火球を回避するため、“剛刃”はハルバートを一時収め身を躱す。
「───隙あり、だ」
そしてその一瞬を“至剣”は逃さない。
“征空剣”は、“探知”と“迎撃”に特化した魔法体系。それは、広範囲を曖昧に索敵することを目的とする。
よって剣に付す魔法式は最低限で良く、空白部分により強力な魔法式を組み込む余地がある。
「……」
「距離を無視できるのは───」
加えて、彼の扱う四本の剣はそれぞれ呪器である。
付された魔法式は“魔力の蓄積”。単純な魔法式だが、無為に放出される表層魔力を再利用することができる。
そうして蓄積された魔力、そのほとんどを消費することで日に一度だけ───
「───お前だけじゃない」
飛空する剣の位置へと転移できる。
「……」
互いに距離の軛を度外視する戦術を持つ戦士。しかしその意味は大きく異なる。
“剛刃”のそれは長大なハルバートの伸縮により、遠心力を味方に付けるもの。
対して“至剣”のそれは、各個撃破を容易にするものだ。
単純に近接戦闘において、“至剣”に分があるのだ。“剛刃”は至近距離においてその破壊力を十全に活かせず、“至剣”はその間合いこそ本領なのである。
「遅い───」
よって、小回りの効かないハルバートでは“至剣”の二刀流に劣る。
「───寝てろ」
“至剣”は二本目の呪器の魔力を解放。それを一閃して“剛刃”を壁まで吹き飛ばした。
「心配か? 随分仲が良いようだ」
趨勢を察し、“剣王”は尋ねる。
「……いや?」
“剣王”の剣を躱しつつ、シュートは視界の端に“白麗”を捉え、僅かに安堵した。
相性から言って、“至剣”が“剛刃”から距離を取ることはない。
つまり、吹き飛んだのは“剛刃”の判断。衝撃を流したのだろう。余力はあると言うことだ。
瞬間、シュートの判断を肯定するように砂埃を裂いて伸びるハルバートが“至剣”に迫る。身をかがめてそれをやり過ごした“至剣”は、なおも油断なく“剛刃”の居る地点を睨みつけていた。
「……流石」
その身で壁を砕いた“剛刃”は、武器を手に再度立ち上がる。
「……“勇者”の名に相応しい実力だ」
展開が熱くなってきました。こっからどんどん盛り上げていきます。
面白いと思って頂けたら下の☆マークを押して評価をお願いします。執筆の励みになります。




