86話 征空剣
学校で習うのは、単純な効果しかない“基本魔法”ばかり。しかしそれすら、全ての者に分け隔てなく施される教育ではない。それは魔法大国“アレクサンドリア”でも同じである。
転生したシュートが、教育を受けられる水準の家庭に生まれたことは幸運と言える。
彼自身にそれを満足に扱う素養がなかったとしても、その知識がこれまで彼の生を助けてきたことは明白だからである。
「……貰った」
“剣王”の魔法は単純にして明解。“分身”と“隠蔽”からなる“欺瞞”、即ち“囮”である。
学校で習う単純な魔法。それを高度に複合することで、更なる効果を得られるのが”魔法”の極意だ。
一定の目的のために、複合的、連鎖的に魔法を発動する概念。これを“魔法体系”と呼ぶ。
“剣王”の扱う魔法は、廃倉庫の抗争でグレイスが使用したものと根本は同じ。
シュートはそれを、知っていたからこそ対応できた。
「……」
自身の背後に突如出現したそれが、“剣王”の操る“欺瞞”であると即時に理解したジーニアスは対応を割り切る。
「……こっちだ」
「見えてるよ」
前方の本体のみを敵と定め、右手に持つ剣でそれを受け止めた。
「……ぐっ!」
しかし次の瞬間、“欺瞞”だったはずの“剣王”の一撃が自身の背を捉えた。
「はあっ!」
“剣王”の更なる追撃。ジーニアスはこれを結界を用いてやり過ごす。
その間同時に回復魔法を使用。背を守るように結界を維持していたことが功を奏し、打撲程度で済んでいる。回復に手間は取らないだろう。しかし、
「……」
違和感。
距離を取りながら、ジーニアスは考える。
「初撃を受け切ってやり過ごすとは、流石の腕前だな」
ジーニアスは魔力探知を全開に、状況を掌握する。“欺瞞”は既に消えているようだ。
正面に居た“剣王”は、間違いなく本物だった。剣が実体だったことからもそれは間違いない。
“欺瞞”とは、自分の残像を残して暗躍することを目的とした、ごく一般的な魔法体系。
つまり、そもそも“欺瞞”を敵の背後に忍ばせるなどあり得ないのだ。
何より、敵の虚を突くための“欺瞞”を使いながら、隠すべき本体が目視で確認できた意味が分からない。
考えられるとすれば、陽動。背に注意を惹きつけ、正面からの突破を狙ったか。
しかしそれだと更なる疑問が浮かぶ。
一般的な“欺瞞”に実体はない。何故ならその魔法は、自分を複製できても武器を複製できないのだ。
しかし先の“欺瞞”、あれは“剣王”自身どころか剣まで実体化していた。
「……そういうものだと、考えて対策する他ないか」
「そうするべきだ。できるのなら、な」
常に体表から漏れ出る“表層魔力”。
心得のない者がそのほとんどを無為に放出・消費してしまうそれを、“剣王”は見事に統制し切っている。つまり、魔法の精度もそれ程ということに他ならない。
そして“剣王”の握る剣。豪奢な異名とは裏腹に控えめな装飾、実用性に特化したそれは魔力の流れからも間違いなく呪器だ。
実体のある“欺瞞”、その原理もその辺りにありそうだと予想を立てる。
ジーニアスは空いた左手で更にもう一本の剣を抜く。
そして両手に持ったそれらを手放し、空いた手で更に二本の剣を抜く。
「……ほう」
地に落ちるかと思われた二本の剣は、ジーニアスの手を離れると一人でに宙を舞い、彼の周囲を周回し始めた。
「“征空剣”」
☆☆☆★☆☆☆☆
───……強い。
それが“至剣”・ジーニアスに抱いた印象である。
我が王は油断なく初撃を決めた。その剣は敵の背後を確実に捉えていた。
───恐ろしい程、戦い慣れている……。
流石、武勇を謳われるだけのことはある。
出し惜しみせずに魔法を行使した殿下の全力の一撃。“至剣”はそれを、結界のみで捌いてみせた。
並の手腕ではない。彼とて油断していた訳ではないのだろう。背後にまで結界を忍ばせていたのがその証左。
初撃を見極め、こちらの手管を暴こうとした。背の傷は彼が払った最低限の犠牲というところか。逆にこちらは手札を大きく晒すこととなった。
殿下の魔法体系、その本領は大軍指揮において発揮されるものだ。味方が多ければ多い程より強力に作用する魔法。
しかし、現在殿下が侍らせる臣下は私一人。そしてその私も枷による制限を受けている。
───殿下……!
相手は百戦錬磨の“至剣”。故に、厳しい戦いになる事は必至。
☆☆★★☆☆★☆
「“征空剣”」
“至剣”は二本の剣を宙空に浮かべた。
「ほう。予備をそれだけ携えて、準備に余念がないとは思っていたが───」
人に、手は二本しか生えていない。それが四本もの剣を使役する方法。
「─── 一度に扱うか。強欲は身を滅ぼすと言うが?」
間違いなく何らかの魔法、彼の本領というところだろう。
“至剣”、その由来にも関わるのだろうな。
「足りないくらいだ。逃げ隠れする臆病なネズミを始末するには、な」
「……言ってくれる」
言いながら、手をやってシエルを制す。
「出るな。原理が分からん」
「……は」
見るまでもなく不機嫌なのが分かる。憤っているのだろう。
───忠義は買うが、ここで冷静さを欠くのは不味い。
彼女は生命線だ。それは俺の魔法体系故ではなく、このクエストのルールにおいて。
不用意に前に出す訳にはいかない。
「やはり臆病だな。女と主従を代わったらどうだ?」
「勝ち気な女でな。そう油断していると手を噛むぞ。それに───」
言いながら、サインを送る。
「───来客だ。賑やかに行こう」
───お手並み拝見、だな。
言葉を放った次の瞬間、彼らは絶叫と共に姿を現した。
「うおおおおお野郎共おおおおお!! 出会え出会ええええええ!!!」
面白いと思って頂けたら下の☆マークを押して評価をお願いします。執筆の励みになります。




