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85話 眺める者、睨む者、一瞥する者


「行けー! そこだにゃ! 潰せえええええ!!」


 城の三階、穏やかな空気の流れる一室に、一際大きなモニターが異彩を放っている。


 私が設置した。


 今日も今日とて雇用契約に無い職務に従事させられている。少女のわがままに付き合うのも骨が折れる。


「順調のようですね」


 モニターに映し出されるのは、王都で開催されているクエスト。そのダンジョン配信である。


 画面に映る黒髪の青年に向け、猫耳少女が拳を振り上げて声援を送っている。


 彼女は謎の紋様が書かれた鉢巻───「必勝」、何か意味があるのだろうか───をして、真っ赤な羽織りに身を包み、両手にメガホンを持っている。


 叫んでもモニターの先に居る彼に言葉は届かないのだが、言っても聞かないのだ。言葉が物騒なのは、加熱する戦闘の余波を受けているのだろう。


 まぁとにかく盛り上がってくれて何よりである。


「……しかし、今回は何故、ダンジョンなどに?」


 一介の被用者である自分に、彼女の意図は相変わらず計り知れない。しかし、気になるのだ。


「シュー君のランクアップのためだにゃ! 応援するにゃ!!」


 言葉通りの意図ではないような気がする。


 青年、シュートのランクは先日Cとなった。実力を思えば当然と言えるが、逆に言えば十分な成果だ。


 徒らに名声を得て目立つことを好む人格とも思えないし、更なる昇格が逼迫(ひっぱく)した課題であるとも感じない。


「“宝箱”とやらに、何かあるのでしょうか?」


 仮説を立ててみよう。運営が用意した優勝者への報酬、或いは“褒美”。それが重要な意味を持っている、というのはどうだろう。


「にゃ、そんなの別に興味ないにゃ。あ! なんで出てくるにゃ“剛刃”! お呼びでないにゃ!!」


 しかしこれも違うという。


 つまり、参加すること自体に何か意味があるということか。それとも言葉通りに、名声を得て早急にランクを上げる必要があるのだろうか。


「にゃあ……退屈だにゃ……」


 画面を見ると、シュートは他の挑戦者と何やら交渉をしているようだった。


 “剛刃”。精強な冒険者だ。


 戦闘に区切りが付いたところで、音声が司会者の実況に切り替わる。


 途端に少女は肩を落とした。つまらないらしい。


 しかし、好都合だ。気になることを質問できる、またとない機会である。


「では、如何様な目的でダンジョンに?」


「駆け引き、或いは合意と言っても良いかにゃ」


「はぁ……“駆け引き”……或いは、“合意”……ですか?」


 さっぱり意味が分からない。駆け引きに合意。字面を並べると、それらは相反する姿勢に思えるが。


「盤面を読もうとしているんだにゃ〜。その姿勢は三者三様、即ち“眺める者”、“睨む者”、“一瞥する者”だにゃ」


 これもよく分からないが、“対価を払えない者”に対する最大限の譲歩なのだろう。


───三者三様の姿勢……。

 言葉の真意を検証してみる。まず分かるのは、盤面を囲むプレイヤーが三人居ること。そしてその姿勢、態度。


───眺める者……。

 自らは手を下さず、しかし趨勢を注視する者。今まさに、シュートを送り込んでダンジョン内部の趨勢を眺める猫耳少女。彼女がプレイヤーなのであれば、恐らくこれに該当する。


───睨む者……。

 “確信”を持って見つめる者。一連の騒ぎを絵に描いた者……? 盤面の首謀者、或いは三者の中で最も主体的に行動しているプレイヤー。研究所か、運営か、或いは十組の挑戦者か……。


───そして、一瞥する者……。

 盤面を囲みながら、我関せずを貫く者。正直これについては全く想像が及ばない。


 そんな人物を、彼女がわざわざ意識するのだろうか。


 主体的に接触してくる訳でもない人物を……?


 或いは、動きがないからこそ、警戒している?


 強者故の余裕。最も消極的に見えるが、その実趨勢を覆す強力な一手を隠し持っている者……ダメだ分からない。


「……つまり、何らかの駆け引きの後、合意に至った結果、今日のクエストに辿り着いた……と?」


「にゃ? 駆け引きは続いてるにゃ?」


 駆け引きは続いている。そしてその上で同時に、合意している。


『盤面を読もうとしているんだにゃ〜』

 互いに打てる手を開示しながら最善手を手繰り、それが読まれていることを読んでいる。


───高次元の駆け引き。そんなプレイヤーですら、見届けざるを得ない“盤面”、か。


「……良いものが見れそうですね」


「あ、動いたにゃ! 今はとにかく応援するにゃ! 行けえええええ!! 蹴散らせえええええ!!」


 (シュート)は、いったい何に巻き込まれたのだろう。傀儡の主人公となって盤上で舞うことを、彼は喜んでいるだろうか。そんな姿は全く想像できない。


「……酷なことをするものです」


 プレイヤーの意のままに盤面を縦断する姿は差し詰め“龍”か。


───……いや……。

 シュートのこれまでの身の振り方から、彼自身に“羽”を落とす意志は無いように思える。


 “盤面”をかの遊戯に例えるならば、“魔”の一柱になぞらえるのが相応しいだろう。




☆☆☆★☆☆☆☆




「決闘を申し入れる。俺はフレデリックだ。“剣王”などとも呼ばれているな」


「……ジーニアスだ。受けて立とう」


 ダンジョン深奥。目的の“宝箱”の置かれたゴールまであと僅かというところに至り、最悪の敵と対峙してしまった。


───“至剣”のジーニアス……!

 彼我の実力は五分といったところ。しかし、得てして“戦術”には相性があるものだ。


 我らが“剣王”、フレデリック殿下の魔法体系は、敵の不意をついてクリティカルを狙うもの。対して“至剣”の操る魔法体系は手数を得るものだ。


「……殿下……!」


「案ずるな」


 最悪を想定した私に、殿下は温かく微笑む。


「負けぬさ。相手が何者であろうと、な」


 その志の深さにまたも私は奥歯を噛み締める。


 我が王は偉大なり。なれど、私はといえば明確に足手まといとなっている。無力が口惜しい。


 しかし、心の大半を占めるのは尊敬の念である。


───その勇姿、見届けさせて頂きます。

 跪き、思う。


「……ご武運を」


「あぁ。背は任せた(・・・・・)


 立ち向かう王の帰還を待つことも、忠臣に課された役割であるのだと。


「……参る」


「どこからでも」


 返事をした“至剣”は携えた四本の剣の内、一本を抜いて構える。


「……貰った」


 次の瞬間、我が王は見事“至剣”の背後を取り一撃を加えた。




☆☆★★★☆★☆




「っ! キリが無いね……!」


 ダンジョン深奥へと向かう道中。無数に湧き出る魔獣を蹴散らしながら、僕達は進んでいた。


 シュートが狩ったそれらは、既に百を越えるだろう。ポイントにして二百といったところか。


 それでも誰かが“宝箱”を開ければ直ちに覆される点数。よって、こんなポイントには意味がない。


「ふむ。しかし惚れ惚れする剣技であるな。その“黒剣(こっけん)”もなかなかの業物と見た」


「そんな良いもんじゃない、これはおもちゃだ分かったら下がって!!!」


 そうその“おもちゃの剣”。さっきからずっと気になっていた。


 レジルの土産屋で購入したと聞いた代物。


 僕は剣について詳しくないが、あれ程乱雑に、魔力(・・)での(・・)強化も(・・・)用いずに(・・・・)敵を斬りまくって、刃こぼれ(・・・・)しない(・・・)などあり得るのか。


───噂に聞く“聖剣”は、透き通る(・・・・)様な(・・)純白(・・)の刀身(・・・)だと聞くが……。

 塗り潰したような漆黒の刀身。その他の意匠(デザイン)は確かに似通っているのだろうが、違和感はある。


「あなた。このままだと……」


「そうだね、でもどうしようもない。相討ちを祈ろう」


 前方で衝突する二つの脅威的な魔力反応。


───不穏だ。

 このクエストは、あの忌まわしき情報屋からの紹介。恐らく奴は僕の素性を知っているだろう。


 断ることなどはなからできなかったが、それを差し引いても面白そうな仕事だと思って請け負った。


 しかしシュートの挙動を見るに、何かもっと深い思惑があるのかも知れない。


 それこそ、挑戦者十組(・・・・・)の趨勢など(・・・・・)元から(・・・)関係無い(・・・・)ような(・・・)


「二十メートル先、エンカウントするわよ」


「気合入れてね、皆。脇腹を叩くよ」


 この胸騒ぎの原因が、腕輪による無力感のせいだと良いのだが。



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