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84話 手遅れではないかね?


「ちくしょぉぉおおお!」


「……終わりだ」


 金髪の青年は剣を振り下ろす。


「……口ほどにもなかったわね」


 それまで四人居たはずの空間に、現在は二人の姿しかない。金髪の青年が剣を振り下ろし、叩き折ったはずの剣すらこの場には残っていなかった。


「あぁ。でも毎回こういう訳にはいかないだろう」


「そうね。厄介なのが三人くらいは居たはずだし」


 私達は、世間から自分達が何と(・・)呼ばれ(・・・)ているか(・・・・)知って(・・・)いる(・・)


 そして、同じ様に称される者達が居ることもまた、知っているのだ。


「……気付いてるか?」


「えぇ、尾けられているわね」


 “隠蔽”しているつもりなのだろうが、バレバレだ。私達は当然、その存在に気付いている。無視しているのは、対処の必要がないからだ。


「……どうするの? もしかして、このままほっとくつもり?」


 しかし、敵に好き勝手させるというのは気分が良くない。敵は、明らかにこちらに殺気を放っているのだ。


 先程の戦闘でも、虎視眈々と私達の隙を窺っていたのは見抜いている。


───まぁ、出てきたところで返り討ちにするだけなんだけど。


「このクエストの目的は、“宝箱”だろう。無闇に戦う必要はない」


「でも、隙を突かれて不覚を取るかもよ?」


隙があれば(・・・・・)、そうなるかもな」


 青年の自信に満ちた回答に、私は笑みを浮かべる。


「出てこれやしないさ。一歩踏めば、俺の間合いだ」


「ふーん───」


 適当に返事をしながら、私は足元の地面の窪み、その一点に視線を移す。


「───きゃ」


 次の瞬間、窪みから間欠泉が吹き出した。開会式で聞いた、衣服を溶かす薬物入りの忌々しい間欠泉。


「……何してる?」


「……」


 私は、間欠泉が吹き出すと同時、金髪の青年に寄りかかっていた。


「……こういう時はね、抱き寄せたりするものよ?」


「必要とは思えないな」


 棒読みの悲鳴は演技、私は間欠泉の噴出を事前に察知していた。そして青年はそれを看破していたのだ。


 私は魔導士だ。魔力の指向性を操り、摩訶不思議な現象を意図的に引き起こす存在。そんな私が、見落とすはずもない。


「ちょっとくらい、サービスしてよ」


「今はクエスト中だ。余計なことしてる暇はない。進むぞ」


 冷たくも感じられる青年の言動。しかしそれが、二人の信頼関係の上で成り立つやり取りなのだと私は知っている。


「えぇ、そうしましょう」


 言って、口元を緩める。


 確信があるのだ。


 茶番のようなクエストだと辟易していたが、集められた挑戦者達はいずれも実力者揃い。このクエストを通して、きっと彼は武勇伝を一つ追加することになるだろう。


「誰も、あなたの敵じゃないわ」


 彼は、“至剣”のジーニアス。“最強の冒険者”の称号を戴く国内屈指の異才。


 そして、私は“鉄壁”のラズベル。彼と並ぶため、“最強の魔導士”の称号を掴み取った魔女。


 そんな私達にとっては、やはりこんなクエストは茶番でしかない。笑みもこぼれようというものだ。


 しかし同時に、気を引き締めなければならない。


───危なかった……何あれ、めちゃくちゃ勢い強いじゃない!!

 先の間欠泉。下心の発露によって、下着を全国中継される大恥を晒すところだった。


 冷や汗をかきながらも面の皮は厚く保つ。猫を被るのは得意なのだ。




☆☆★★★☆★☆




「ハリー! 無事!?」


 俺は一心不乱に剣を振りながら後続の魔導士に声を掛ける。


「うむ。スカートは残り三分の一といったところか」


「OK分かった致命傷だね!」


 切って捨てたスライム、その飛沫や地面に散らした残骸すら薬物を含んでいる。恐ろしい話だ。


「良いわねそれ、動きやすそう」


「馬鹿言ってないでとにかく走れええええええ!!」


 ナイフでスカートを裂こうとするリアムを絶叫で諫める。


 自傷は一つの表現行為だとする説があるが……馬鹿め。全国放送で晒すなど正気でやることじゃないぞ。


 そんなことを思いながらスライムの包囲を抜け、俺達は一際広い空間に出る。そこに待っていたのが、


「……厄介な……!」


 ヘヴィベアの群れだった。数は、二十程だろうか。無視して進むのは無理そうだ。


「仕方ないな……ふぅ」


 剣を左手に持ち替え、右手で相棒(ペン)を握る。


───どうでも……。

 その時、背後から肩を叩かれた。


「……俺がやろう。その方が早い」


「え……そう?」


 言って、前に出るのはエルディンだ。彼が諸手で扱うのは、長大なハルバート。


「下がっていろ」


 エルディンは呟くが、言われるまでもない。


 それはインターネットのダンジョン配信で目にした、強烈な一撃。まさかそれを、間近で目にする日が来ようとは。


 エルディンは腰を低くしてハルバートを構える。刃を背に、横薙ぎに払う構えだ。


 彼我の距離は、目測で十メートル以上。斬撃はおろかその余波すら届かない距離。


 しかし、関係ない。


 条件が整った今、エルディンに距離の(・・・)概念など(・・・・)存在(・・)しない(・・・)のだから。


 エルディンは強大な膂力でハルバートを振り抜く。空を切るかに見えたそれは、“頂点速度(ヘッドスピード)”が最速に達した瞬間に───


「……むん!」


 伸びる(・・・)


 そして更なる遠心力をも味方につけたハルバートは、遥か前方に居る群れを紙の如くまとめて両断した。


「……はは」


 苦笑いしかできない。


 銘を、無間刃(むけんじん)・“リサノート”。呪器だ。


「先に進もう」


 呟くように出発を促すエルディンの手元には、既に短くなったリサノートが握られている。


───いや、“短い”は語弊があり過ぎるね……。

 平時のエルディンが持つリサノートのサイズ。俺の身長を越える長さのそれが表すのは、彼の無尽蔵の魔力である。


 呪器・リサノートは、使い手の表層魔力の出力に応じてその強度と長さが変化する。


 仮にあの呪器を俺が持てば、恐らく筆箱にしまって持ち運べる程度にまで収縮するだろう。


 いったいどういう理屈で質量保存の法則を捻じ曲げているのか甚だ疑問ではあるが、それがリサノートに付された魔法式だ。


 込められた魔法式は単純だが、デカ過ぎる武器など振れないし持ち運べない。扱いには繊細な技術を要する。そういった意味でも、百戦錬磨のエルディンはやはり最強の一角だ。


───敵じゃなくて良かった……。

 心底思ったが、これと同等の人物があと二人居ることを思い出す。


「ねぇエルディン」


 やってられん。こんなもん、やってられんぞ。


あれ(・・)も何とかなるかな?」


 ヘヴィベアの群れの奥に、俺は更なる魔獣を察知する。


「……善処しよう」


 先程とは違い、エルディンは自信なさげに返答する。


「ぎゃああああああああ」


「サラ! 今助ける!」


 そこには魔獣と、二人の挑戦者の姿があった。


 どうやらエルディンがヘヴィベアを一蹴したことで、意図せず他の挑戦者を助けてしまったようなのだが───


「……テンタクロス」


 その甲斐なく、二人は別の脅威に晒されていた。


 どうやら前衛がヘヴィベアの対処に気を取られた隙に、後衛の女性がテンタクロスの触手に絡め取られたようだ。


「ふむ───」


 状況を察し、ハリーが口を開く。


「───手遅れではないかね?」


 それは、無情だが限りなく確度の高い事実だった。


「いやああああ」


「っ! この!」


 テンタクロスなど、本来このクエストに参加するような高位の冒険者が手を煩わす魔獣ではない。


 それは、牛の体をタコに挿げ替えたような醜悪な見た目の魔獣。決して戦闘力が高い種ではない。肉体強度もそれなり、ブレスは愚か、魔力弾すら扱えない低級の魔獣。


 しかしここのテンタクロスは、観客を楽しませるためのギミックを捩じ込まれて魔改造されている。


「きゃああああああ」


「サラあああああ!!!」


「あ」


 触手に絡め取られあられもない姿を晒し、分泌される体液により服を溶かされたサラは、相棒と共に光に包まれて転移させられてしまった。


「……先に進もう」


 俺達は、無言の内に覚悟を決める。


 サラの最期は忘れない。忘れることなどできないだろう。


 次に同じ目に遭うのは、自分達なのかも知れないのだから。


「任せて。あれなら二秒で倒せるわ」


「エルディン」


「……」


 エルディンが魔獣を狩る間、俺は全力で相棒を羽交い締めにする。前世で身に付けた絞め技が、こんなところで役に立つとは滑稽だ。


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