83話 事後承諾よ!
「申し訳ございません、取り逃しました」
シエルは跪いて謝罪する。対峙した冒険者、トビー及びムーランの姿は既にない。
「いや、とどめを刺せなかった俺の落ち度だ。気にする必要はない」
───……転移魔法か。まさか一介の冒険者がそのような奥の手を持っていようとは。
「流石、貴様が“特異戦力”などと呼ぶだけのことはあった。そういうことだろう」
「はい。ですが、結果的に索敵範囲外に逃げられてしまいました」
シエルがそうまで言った理由が、当時の俺には理解できなかった。平凡に見えたのだ。トビー本人と対峙しても、その印象は変わらなかった。
───実際目にした今なら分かる。あの男は厄介だ。
俺の魔法は攻防一体の万能型。だがその原理は単純だ。
手の内を明かした上で、有効打を与えられなかった。同じ手が通用するかどうか……楽観はできない。
“確実な一撃”とはそういうことだ。一撃必殺であるが故に、タネが割れれば容易に対策できる。
「……俺の、負けか」
「……はい。いいえ殿下、これは私の落ち度です。何なりと罰を」
───油断は、無かったと言いたいが。
「……やむを得ん。先に進もう」
しかし、言っても仕方がない。俺には元より、進む他に選択肢が無いのだから。
☆☆☆★☆☆☆☆
「やるじゃない。あんた、転移魔法なんか使えたの?」
「あぁ……けど、そんな便利なもんじゃない」
“剣王”と対峙した俺達は、遠く場所を移すことでその危機から逃れた。俺独自の魔法によって。
それは、俺の幼少期のトラウマに端を発し、その後の不遇の生活と十五年間の冒険業で磨かれた、“割り切るため”の魔法体系。
俺の魔法は、分析と対処の二つの段階に区切られる。
敵を分析し、弱い敵は魔法で倒す。強い敵は自分を強化して倒す。強い敵が複数いるなら、味方も同時に強化して倒す。
そして、
「“逃避”、話してなかったか?」
───まさか、初撃でこれが出るとはな……。
絶対勝てない敵からは逃げる。
───そりゃあ、向き合っただけで足が震える訳だ。
「まぁ、おかげで命は助かったし、恥を晒す事もなかったから一応礼は言うわ。ありがとね」
「うん、良いよ」
「でもね、言いたいことがあるの。あんたねぇ、ここ───」
“逃避”は無詠唱の転移魔法。そんなもの、どんな魔導士でもできない芸当だ。無論、正確に目的地を定めることなどできない。
しかし、安全地帯を求めて更なる危機に巡り合うことなどあってはならない。
それらの問題を解決すべく、俺の魔法が辿り着いた手法というのが、
「───ほとんどスタート地点じゃない!!」
元居た場所に戻る、である。
どれだけ戻るかは分析で決まる。
───“剣王”恐るべし。
これは今日初めて分かったことだが、俺の“逃避”は他の魔法には干渉できないらしい。
つまり、今回のクエストに関してはスタート地点がマックスの距離なのだ。
他の転移魔法でダンジョンに送り込まれた以上、遡って会場のステージにまで戻ることはできなかったのだろう。その上で、限界まで距離を稼いだということになる。
“逃避”が発動すること自体、稀だった。その上ここまで後退させられるとは……。
「言っただろ、便利じゃないんだよ、俺の魔法」
「事後承諾よ!!」
“逃避”は、他の全てを割り切って命だけを死守する魔法。
扱うのは転移魔法。超上級魔法だ。故に、消費する魔力量も尋常ではない。
「今からスタートじゃ、走っても間に合わないじゃない!」
そう、割り切ったのだ。戦うことを諦めたとも言える。
危機は脱したが、その実何も解決していない。“剣王”には幾らも手傷を負わせられず、彼らはほぼ無傷で俺を排除し、先へと歩みを進めた。
俺だけが大きく魔力を消耗したのだ。誰の目にも明らかだろう。
「……俺は、負けたのか」
「馬鹿言ってないで、なんとかしなさいよ!」
口に出すと、意外にも気分は清々しかった。
「……考え方を変えよう」
「はぁ!?」
「他の挑戦者を撃退して、最初に深奥に辿り着いて宝箱を開けるって勝利は、もはや不可能だ」
時間は既に、三十分ほど経過している。
大恥晒しもいいところだ。ただ逃げるためだけに魔力を使って、スタート地点に戻るだなんて。
しかし、と思う。
「だから、もう俺達は誰とも戦わない」
そう、割り切ったのだ。
「先に進んだ奴らは、消耗しながら削り合い、強者だけが残るだろう」
「そうよ! だから急がないと」
「だが、残るのは消耗し切った強者だ」
カッコ悪くても良い。最後に勝てば、それで良い。
「“後の先”を狙う」
「なに、開き直ってんのよ」
勝つにはこれしかない。
「魔力こそ消耗したが、無傷で、しかも他の挑戦者達が踏み均した安全な道を進むことができることを、俺達は幸運だと考えるべきだ」
「意味分かんないんだけど」
そう、それが俺のやり方だ。
「急ごう。後の先を狙うと息巻いておいて、“間に合いませんでした”じゃ冗談にもならないからな」
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