81話 まず、一人目が君
油断ならない男だ。それが黒髪の青年に抱いた印象である。
最初に彼を目にしたのは、クエストの開会式。空から降ってきた彼は遠目にも隙が無く、司会者の叫ぶ称賛の言葉や観衆が贈る喝采にも動じていなかった。
真に受けていないどころか、相手にすらしていない。
達観している。あの歳にして、異常な程に。
観衆は彼のパートナーであるエルフに夢中だったが、我にとってはそんなこと些事だった。
異質過ぎる。彼の纏う雰囲気、何より魔力の在り方が。
「じゃあ現状の確認から行こうか」
───運が、ないな。
そんな要注意人物と真っ先にエンカウントしてしまうとは。
状況の確認、つまりは情報交換か。抜け目がないな、やりにくい。
我ら二人は国内でも名が知れている。対して青年は全くの無名、情報が無い。
なんとか付け入る隙を見出さなければ……。
「クエスト挑戦者二十名の内、特筆すべき戦力は三人いる」
やはり、青年は名のある同業者の情報はある程度抑えているらしい。しかし、これは好機だ。彼が警戒する相手から逆算して、彼の弱点を特定できるかも知れない。
幸か不幸か、先程我らはハウンド程度に手間取る醜態を晒したところだ。まさか我らを警戒などしていないだろう。
───皮肉にも程があるがな。
「まず、一人目がエルディン」
───な、何だとぉぉおおおお!!
まさかとは思っていたが、今確信した。これは明確な“脅迫”だ。
考えてみれば、最初からおかしかったのだ。
先の獲物交換。青年は「ポイントと引き換えにあなたを守ります」と言った。
確かに彼は八体のハウンドを狩って二十四ポイント、我らはヘヴィベアを一体狩って三ポイントだ。結果から見れば、確かにポイントの取引にも見える。
しかし、真の目的は示威行為だったのだ。
魔獣討伐による加点がこのクエストにおいて、幾らも意味を持たないことはもはや自明。その上で青年が示したのは、誠意と実力である。
ハウンドもろとも我を害する事は容易だったはず。確かにあの局面でそれを強行すれば、エルディンは青年のパートナーであるエルフを害するだろう。
二人の間で無言の内になされた合意、それは獲物交換であると同時に人質交換だったのだ。
しかし、今回のクエストには“ルール”がある。どちらかが手を下した時点で、害された相棒もろとも転移させられる。我にはどう考えても、この青年がエルディンより遅いとは思えなかった。
迅過ぎる。恐ろしい程に。
エルディンとて強化魔法を用いて人外の速度を発揮することはできる。しかし驚くことに、この青年のそれは魔法の類ではなかった。
今もそうだ。生物とは思えない程に、表層魔力の出力が少ない。
つまり、彼は純粋な筋力のみでハウンドの群れを一蹴したのだ。
警戒する相手に実力を見せる意味はない。しかし、彼は圧倒的な迅さで敵を処理した。
彼は言外に言っているのだ。“お前ら程度、いつでも始末できるんだぞ”と。
───くっ……! 不味いぞ、エルディンよ……!
背筋を冷たい汗が伝う。
「純粋な白兵戦でエルディンに勝てる挑戦者は居ないはずだよ」
「だ、そうだぞエルディンよ。過分な評価ではないか」
───大丈夫か……? 我、今ちゃんと笑えているか……?
白兵戦なら十中八九エルディンが勝つ。それは間違いない。しかし、ルールを解釈すればその限りではないのだ。
───我は、今……明確にエルディンの足を引っ張っておる……!
この青年にとって、魔法の使えない我を一捻りするなど雑作もないだろう。
「……」
一切動揺を見せない相棒、素直に感心する。“剛刃”の異名は、内面の胆力をも表しているのだろう。
「てな訳で、運営の方針には舌を巻いていたんだよ。ルールが無ければ正直、君達二人の独壇場になっていたかも知れない」
青年の言葉に心底同意する。運営め、とんでもないダークホースを用意しおって。
「何を言う。お主、先にも言っていたではないか。強者は他に二人おるのだろう?」
「君こそ何を言ってるのかな? その枷がなかったら、今頃俺達は控室で寝てたはずだよ」
「……ほう」
少し、調子を取り戻してきた。青年の今の言葉は間違いなくブラフだ。
我の扱う“凍結魔法”について、彼がどれだけ知っているかは分からない。しかし多くは知らないはずだ。
我は研究に重きを置く魔導士。冒険に出る数も少ない。
凍結魔法とは、エネルギーを熱として放出する火属性魔法とは違い、他のエネルギーを奪い取る概念。
地味な魔法だ。戦闘を生業とする魔導士が究める類の魔法ではない。
そしてそれすらも封じられている現状、エルディンが機動力戦を苦手とすることは隠し通さなければならない。我など“剛刃”のおまけ、相性が良いから行動を共にしているだけなのだから。
───面の皮を厚くせよハリー。ここが正念場ぞ。
「君達は、相性が良過ぎる」
───……こやつ、知っておるな……。
「ふむ。お主の戦略眼も大したものだな」
久しい感覚だが、そういうものだと思い直す。認める他ないだろう。間違いなく彼は、我の“天敵”だ。
「そこで提案なんだけど、共同戦線を張らない?」
しかし幸いにも、他ならぬ彼自身がこちらに敵意を抱いていないと言う。それは先の言動からも明らかだ。楽観はできないが、しかし願ってもない申し出だった。
───特性から考えて、盗賊、或いは暗殺者と言ったところか。
青年の扱う術。謎に包まれたそれを解明するのは、魔導を究める我の役割だろう。そしてそれが叶わなければ、我らに勝ちの目は無い。
並々ならぬ魔力を内包するエルフのことも気に掛かるが、彼女は我同様に枷を嵌めている。度外視する他ない。
寧ろ、ことによっては彼女を“弱点”として突く策を考えなければ。
「協力してあげるよ。君達の勝利にね」
全く真意が掴めない。
恐らく、それは本意ではないだろう。しかし、この状況で彼らと敵対するのは得策と思えなかった。
「ふむ、良かろう。して、今後の方針は如何にする?」
───これは、存外に面白いことになってきたな。
こうなったら楽しむべきだ。やはり時には世俗に流れることも必要なのだろう。
83話
「そっか、まずは礼を言うよ。ありがとね」
「うむ。これより我らは同盟だ。よろしく頼むぞ」
ハウライネは意外にもあっさりと俺の提案を飲んでくれた。
「我のことは気安くハリーと呼ぶが良い」
ハリー、か。顔に傷とかありそうな名前。
「俺はシュートだよ。で、こっちが配偶者のリアム」
「ふむ。よろしく頼む」
恥ずかしい挨拶にも良い加減慣れてきた。けど、俺はさっきもっと恥ずかしいことをしでかしたところだった。
───空から舞い降りる演出、皆、いつになったら忘れてくれるかな……。
更新される黒歴史。
「で、方針なんだけど……」
「その前に聞いておきたい」
俺が作戦を話そうとした時、それまで沈黙を貫いていたエルディンが口を開いた。
見た目通り、低く落ち着いた声だ。泣く子も黙らせる気迫を感じる。
「同盟の件、彼女は納得しているのか?」
エルディンの指摘により、三人の視線は一人の人物に注がれる。
「えぇもちろん、そのつもりよ?」
リアムの言葉を聞いて、確信する。嘘だ。
何故分かるかというと言うまでもなく指輪だ。
曰く、「良い作戦だ。油断させ、寝首をかくんだな? この策士め」だそうである。
「そうか。つまらんことを聞いた、忘れてくれ」
言って、エルディンは目を伏せる。しかし彼は、どちらの足にも重心を寄せていない。
リラックスしていないんだ。ここはダンジョンだからそれも当然だが、理由はたぶんそれだけじゃない。
───殺気漏れてますよ……。
相棒が戦闘狂過ぎる。
「あの……あんま説得力ないかも知れないけど、少なくとも俺に君達を害する意図はないから安心してね」
「ふむ。それは先のお主の行動で明らかとなっている。疑うつもりはない故、心配は無用ぞ」
「……そっか」
そこはかとなく、警戒されている。
───くっそお! せっかく対人関係構築術をキメたのに……!
道のりは未だ長い。
「……で、方針だったね。その前に、状況と認識を確認しておきたい。さっきも言ったけど、注視すべき戦力は君達の他に二人居る」
「……“剣王”に、“至剣”といったところだな」
「その通り」
エルディンの言葉に感心する。強者の嗅覚は確からしい。
「俺の見立てでは、このまま進めばエルディンを含めた三人が生き残るはずだよ」
「ほう」
「ねぇ、良いかしら?」
俺の見立てに対し、ハウライネは興味を抱いたらしく続きを促した。しかし戦闘狂ことリアムは待ったをかける。
「“剣王”に“至剣”って誰のことよ」
「……そこからか」
俺は溜息を吐く。
「……まぁ、実物を見たらすぐ分かるし、後で説明するよ」
「そう」
「話を戻すけど、挑戦者十組の中で、三組が異様に高い実力を持っている。ルール的にも挑戦者同士の戦闘は避けられないから、宝箱に辿り着く頃にはその三人に絞られているはずなんだ」
運営の資金力には舌を巻く。これだけの傑物達をよくも一堂に集めたものだ。
俺が参加者でなかったら───或いは空から舞い降りる演出がなかったら───、参加者全員にサインをせがんでいただろう。
一刻も早く俺の黒歴史を忘れて貰うため、接触を避けなければならない現状が口惜しい。
「それで? 三人がぶつかったら誰が勝つのかしら?」
「それは……」
リアムの質問に、俺は逡巡する。答えを言い淀むのは、本人を前にしているからではない。
「分からない。状況によって、誰が勝つとも考えられるね。それ程三者は実力が拮抗してる」
三名の挑戦者は、それぞれ道中出会う挑戦者を蹴散らしながら、深部へと到達するだろう。
そして戦闘に発展するはずだ。問題は、それまでに受けたダメージと、深部に到達する者の“順番”。
「……君なら、二人に勝てる?」
俺は、エルディンに尋ねる。すると彼はゆっくりとした動作で腕を組み、
「難しいだろうな」
一言だけ発した。
「謙虚ね」
「そうな。我の見立てでは、エルディンの“力”は“至剣”には通用するであろう。しかし、“剣王”とやらには難しかろうな」
「ま、そうだよね」
戦いには、相性というものがある。“剣王”はエルディンに有利、エルディンは“至剣”に有利、そして“至剣”は“剣王”に有利だ。
「……つまり、三竦みってこと?」
「うん。だから俺達の方針は、“至剣”と“剣王”の戦いを見届けて、勝ち残るであろう“至剣”を討つこと。つまり───」
他の二者も相当強いが、彼の個性は明快にして強靭だ。
「───“後の先”を取ることだよ」
これが現状、俺達が取り得る最良の選択肢だと思う。
「ふむ。では、“剣王”が勝ち残った場合は如何にする?」
当然の指摘だね。彼女が言いたいこととはつまり、
「そのための保険だと思って欲しい」
「お主は何をするのかね?」ということだろう。
この作戦は、エルディン一人で達成できる。しかし、所詮は相性論だ。
水は火を消すが、焼け石に水という言葉もある。少なくない可能性で、“至剣”が“剣王”に敗れることも考えられるし、エルディンが“至剣”に敗れることもあり得る。
「“剣王”は遥か格上だからね。確実なことは言えないけど、まぁ一矢報いるくらいはできるんじゃないかな?」
「ふむ。それならば分かりやすくて良いな」
ハウライネは頷き、方針は決した。
俺達の同盟は、最終決戦で“至剣”と“剣王”どちらを相手取るかによって勝者の席を互いに譲る。
「ありがとね」
「礼を言うのはこちらの方だ」
返事をしたのは意外にもエルディンだった。
「俺達も事前に、敵対を避けるべき戦力を三人、想定していた」
「へぇ……」
───慎重だね。
エルディン程の強者なら、誰と当たっても問題ないと考えていそうなものだが。
「ちなみに誰のことを警戒していたの?」
リアムは興味深そうに続きを促す。
「“至剣”、“剣王”の二人は言うまでもないな。そして残る一人が───」
エルディンはゆっくりとした動作で指を差す。
「───お前だ、シュート」
「そう。ま、当然ね」
聞いて、何故かリアムは胸を逸らしていた。
「お前と手を組む以上、他に敵は居ないだろう」
「買い被り過ぎだよ。そこに並べられるのは、まぁ、光栄だけどね」
言いながら、俺は内心で叫んだ。
───うぅぉぉおおおおお!! あの“剛刃”にっ! この俺がっ!! 認っっ知されているううううううううう!!!
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