80話 対人関係構築術
「とりあえず目下の脅威は撃退できたね」
「ふふ……そうね」
俺の言葉に生返事をしながら、にこやかに作業を進めるエルフ。
天女の如き微笑みだが、その作業というのが魔獣の剥ぎ取りなのだから物騒だ。
「やっぱり買って良かったわね、“アイテムボックス”」
それは、先日フローラから融資を得て購入した、冒険者御用達の道具。
「……まぁ、せっかく買ったんだしね。存分に使ってよ」
アイテムボックス、呪器だ。
通常のそれ─── 一千万ペイの方───が容量に制限があるのに対し、リアムの持つそれ─── 一億ペイの方───は無制限にものをぶち込める。
───あぁ……そんな無造作に生物入れて……。
人は、箱を得ればそれをいっぱいにしたがる生き物だ。
「……終わったら教えてね」
言って、俺は油断なくこちらに視線を送る二人へと意識を移す。
「色々と相談したいし、ね」
「うむ。話くらいなら、聞いてやらんこともないぞ?」
「……」
不遜な態度のハウライネに、無言を貫くエルディン。
「……じゃあ現状の確認から行こうか」
☆☆☆★☆☆☆☆
「……ハンズと言ったか、貴殿の剣技、見事であった」
「ハンズ! 何してるの、しっかりしなさい!」
ダンジョン某所。対峙する両者は油断なく睨み合う。
「ここまでとはな……クク、“剣王”の名は伊達じゃないらしい」
「ただの肩書きだ。実力も、地位も伴わぬ我が身においてはな」
しかし、一方は膝をつき、他方はそれを見下ろしている。既に雌雄は決していた。
「殿下、恐れながら進言を」
「許す」
「複数の魔力が接近しているようです。先を急ぎましょう」
「あぁ、そうだな」
「なんだ、お喋りもこれで終わりか……一思いに頼むよ」
「ねぇハンズ! 逃げましょう!」
居合わせた四名がそれぞれに口を開く中、一人の女性が歩み出る。
「殿下が手を下されるまでもありません」
「……なんだ? 嬢ちゃんがとどめを刺してくれんのかい?」
「うるさいぞ下郎が───」
吐き捨てるように呟いた女性は、強烈な一歩の踏み込みで瞬時にハンズの眼前へと肉薄し、
「───頭が高い」
「ごあっ……は……!」
「ハンズ!───」
踵を振り下ろしてハンズの脳天を叩いた。
この一撃でハンズは失神。戦闘不能と判断された彼は、パートナーのコリン共々光に包まれ、やがて転移し姿を消した。
「……痴れ者が」
「ふむ。魔力の脈動が激しいな。枷がなければ殺していたのではないか?」
「はい。魔力の乱れは精神の乱れ、鍛錬の不足を恥じるばかりです」
男の言葉に、女性は膝をついて返答した。
「何、責めてはおらん」
男は笑みを浮かべる。
「昂っておるのだろう? これは単なる興行なのだ、貴様も気を抜いて、楽しむが良い」
「はい。次の機会あれば、あの下郎を地平線の果てまで殴り飛ばすことを約束致します」
「……過激だな。話を聞いていたか?」
女性は俯き奥歯を噛み締め、憎々しげに表情を歪めていた。まるで、親の仇を取り逃しでもしたかのように。
「張り切るのは良いが、適切に手加減してやれ。今回の興行では、殺しは趣旨に反するようだ」
そんな女性を見て、男は困ったように口を開く。
「それと……シエル。“殿下”と呼ぶのは辞めるようにと言ったはずだ」
彼は、イベントに招待された冒険者。その程度の身分だ。そんな人物に対し“殿下”などと、この国の王族が聞けば黙っていない。
シエルと呼ばれた女性。栗色の髪を肩まで伸ばした彼女は、自身が“殿下”と崇め付き従う男の言葉を聞き、顔を上げる。
そこに、仇敵を逃したような険しさはない。ただ、真剣そのものの眼差しがあるだけだった。
「はい。いいえ殿下、殿下の御命ある限り、我が主は貴方様の他にありません」
「返答になっていないようだが……まぁ良い。苦労をかける」
男は溜息を漏らした。
「先を急ぐとしよう。貴様が先に述べた、三名の“特異戦力”のことも気に掛かる」
「はい。仰る通りにございます。私が先行しますので、殿下はご自衛いただきますよう」
「それは、賢い策とは思えぬな……」
シエルは美しい純白のドレスに身を包み、手首に枷を嵌めている。
“魔力変調”。
それは罪人を拘束する際に用いる技術だ。しかし今回、運営はそれを娯楽に転用している。そして国民はそれを楽しんで受け入れているというのだ。
凄まじいカルチャーショック。異国の文化、恐るべし。
この国を初めて訪れた時の衝撃は、今でも鮮明に思い出せる。美しい街並み、優れた文化と魔法技術、晴れやかな市民の表情。
そして、それを守り抜く強き王と国民の信頼関係。
もしやこの国では、鎖に繋ぐべき罪人が不在なのだろうか。平和過ぎて、枷が余っているのだろうか。
だとしても、どちらにしても狂っている。
「却下だ」
今の彼は、自由を手に危険と対峙する冒険者。
「余が……いや、俺が先行する。ついてこい」
「はい。足手纏いとならぬよう、全霊をもって追従いたします」
「……そう気を張るな」
苦笑と共に、男はシエルの肩に手を置く。
「気安く接して良い。俺のことも、親しみを込めて“フレディー”と呼ぶが良いぞ」
「ありがたきお言葉。ではその様に、フレデリック殿下」
シエルの言葉に苦笑いを浮かべる男、フレデリック。
元は黄金の輝きを宿していた長髪も、今は「市井に紛れるため」黒く塗り潰され切り揃えられオールバックにまとめられている。
そんな姿に、シエルはまたも奥歯を噛み締める。悔しいのではない。彼の覚悟に心を奮わされているのだ。
フレデリックは一言「行くぞ」とだけ告げ、シエルを伴いダンジョン深部を目指す。
「聞くが、シエル。先に述べた三名の“特異戦力”とやら───」
そんな彼らの進行方向、暗い通路の奥から複数の魔力反応を察知する。
「───あれのことか?」
「はい」
クエストは、既に中盤。この先は佳境となりそうだと気を引き締める。
「警戒せよ。エンカウントするぞ……!」
☆☆★★★☆★☆
「クエスト挑戦者二十名の内、特筆すべき戦力は三人いる」
言って、俺は指さす。
「まず、一人目がエルディン」
彼は“剛刃”の異名を持つハルバート使い。
「純粋な白兵戦でエルディンに勝てる挑戦者は居ないはずだよ」
「だ、そうだぞエルディンよ。過分な評価ではないか」
「……」
───よしよし、反応はまぁ上々だな。
シュート式対人関係構築術、初対面攻略編、その一。“事実を称賛する”。
俺の評価は事実だ。一対一の白兵戦でエルディンに敵う者は、今回のクエスト挑戦者の中には居ない。
もちろん後衛職が魔法を使えたら話は別だけど、少なくとも俺では素手のエルディンにすら勝てないだろう。
しかし俺の評価に対し、ハウライネは軽口で返答したがエルディンは口を開かない。
彼は今も、難しい表情で何事かを考えているようだ。
───正直、ハウライネが想像以上に明るい人格で助かったよ……。
俺は何としてもこの二人と良好な関係を築かなければならない。
その点、エルディンは全くと言っていい程隙が無い。
彼と打ち解けるには、年単位の努力が必要になりそうだ。無表情が標準の彼は感情が読めない。
しかし、彼と親しいハウライネが居れば話は別だ。
俺の対人関係構築術の効果は彼女のリアクションで検証すればいい。
「てな訳で、運営の方針には舌を巻いていたんだよ。ルールが無ければ正直、君達二人の独壇場になっていたかも知れない」
「何を言う。お主、先にも言っていたではないか。強者は他に二人おるのだろう?」
───おや、褒め過ぎたかな?
俺の言葉に、ハウライネはごく自然に異議を唱えた。
「君こそ何を言ってるのかな? その枷がなかったら、今頃俺達は控室で寝てたはずだよ」
───だが! ここで引く訳にはいかない!
「……ほう」
シュート式対人関係構築術、初対面攻略編、その二。“一人を褒めたらもう一人も褒める”。
ここでエルディンだけを過剰に持ち上げるのは得策じゃない。ハウライネの心象が悪くなる可能性がある。
彼女は魔導士、“白麗”のハウライネ。名の知れた実力者だ。
白過ぎる肌、薄く青みがかった長髪、穏やかな言葉とは裏腹に今も注がれる鋭く冷たい視線。
彼女は涼しい顔をしているが、本心では魔法を封じられた現状を口惜しく感じているだろう。
それを汲み取りつつ、エルディンとは別の角度で称賛する。そうすることで、“こちらはあなたの事も認めていますよ”と誠意を示すんだ。
認められたければ、まずは自分が相手を認めること。
称賛することで相手の気を良くし、結果的に自分を認めさせる。そんな下心を隠すため、称賛の根拠は事実で固める。
───行ける! 勝ち筋が見えたぞ!!
叡智対決と洒落込もう。そっちが魔法理論を打ち立てて世間から称賛されている間、俺は一人寂しく『紳士仕草』で自己啓発していたんだ。
───高慢な魔導士め、骨抜きにして完落ちさせてやるよ……!
「君達は、相性が良過ぎる」
シュート式対人関係構築術、初対面攻略編、その三。“相手が所属するチームを褒める”。
大人とは得てして仕事に誇りを抱きがちだ。だからそれを肯定してあげる。
ここで重要なのは、“その重大な仕事において、あなたは必要不可欠な存在ですよ”と殊更に強調する事。
“凍結魔法”。ハウライネが得意とする魔法であり、人間の得意とする火属性魔法の対局に位置する概念。
エネルギーを与えて熱を生む火の逆、エネルギーを奪い同時に熱をも奪う氷の技術。
速度もエネルギーだ。機動力の高い魔獣も、熱を奪われれば本領を発揮できない。
そして動かない相手ならどんな者でも粉砕できる破壊力を、エルディンは持っている。
───理想的なパーティ、対峙する者からすれば最悪の相乗関係だね。
薄く微笑むハウライネを真っ向から見据える。まるで時が止まったかのように瑞々しさを保つ彼女の美貌。
故に、“白麗”。
そんな彼女の容姿にも、凍結魔法は何かしら関係があるのかも知れない。
「ふむ。お主の戦略眼も大したものだな」
ハウライネは神妙に頷く。
───完っ璧だ……。
俺は二人を褒め、ハウライネは俺を褒め返してくれた。つまり、そういう事だ。
俺の対人関係構築術を三重に仕掛けて褒めちぎってやったのだ。
澄ましているが、二人とも内心舞い上がって小躍りしている事だろう。確信がある。
「そこで、提案なんだけど───」
俺は年上の二人に随分馴れ馴れしく話しているが、今回に限って目を瞑るしかない。協力関係を目指す以上、多少背伸びしてでも“対等”を強調したかった。
後でめちゃくちゃ謝ろう。俺が、個人的に、達成しなければ枕を濡らして後悔するであろう目的のために。
「───共同戦線を張らない?」
だから、後で一つだけお願いを聞いて欲しい。
「協力してあげるよ。君達の勝利にね」
───絶対に二人からサイン貰う! これは譲れん!!
そのために、今は全力で二人の勝利に貢献してあげる。
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