表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

86/120

80話 対人関係構築術


「とりあえず目下の脅威は撃退できたね」


「ふふ……そうね」


 俺の言葉に生返事をしながら、にこやかに作業を進めるエルフ。


 天女の如き微笑みだが、その作業というのが魔獣の剥ぎ取りなのだから物騒だ。


「やっぱり買って良かったわね、“アイテム(・・・・)ボックス(・・・・)”」


 それは、先日フローラから融資を得て購入した、冒険者御用達の道具。


「……まぁ、せっかく買ったんだしね。存分に使ってよ」


 アイテムボックス、呪器だ。


 通常のそれ─── 一千万ペイの方───が容量に制限があるのに対し、リアムの持つそれ─── 一億ペイの方───は無制限にものをぶち込める。


───あぁ……そんな無造作に生物(ナマモノ)入れて……。

 人は、箱を得ればそれをいっぱいにしたがる生き物だ。


「……終わったら教えてね」


 言って、俺は油断なくこちらに視線を送る二人へと意識を移す。


「色々と相談したいし、ね」


「うむ。話くらいなら、聞いてやらんこともないぞ?」


「……」


 不遜な態度のハウライネに、無言を貫くエルディン。


「……じゃあ現状の確認から行こうか」




☆☆☆★☆☆☆☆




「……ハンズと言ったか、貴殿の剣技、見事であった」


「ハンズ! 何してるの、しっかりしなさい!」


 ダンジョン某所。対峙する両者は油断なく睨み合う。


「ここまでとはな……クク、“剣王”の名は伊達じゃないらしい」


「ただの肩書きだ。実力も、地位も伴わぬ我が身においてはな」


 しかし、一方は膝をつき、他方はそれを見下ろしている。既に雌雄は決していた。


殿下(・・)、恐れながら進言を」


「許す」


「複数の魔力が接近しているようです。先を急ぎましょう」


「あぁ、そうだな」


「なんだ、お喋りもこれで終わりか……一思いに頼むよ」


「ねぇハンズ! 逃げましょう!」


 居合わせた四名がそれぞれに口を開く中、一人の女性が歩み出る。


「殿下が手を下されるまでもありません」


「……なんだ? 嬢ちゃんがとどめを刺してくれんのかい?」


「うるさいぞ下郎が───」


 吐き捨てるように呟いた女性は、強烈な一歩の踏み込みで瞬時にハンズの眼前へと肉薄し、


「───頭が高い」


「ごあっ……は……!」


「ハンズ!───」


 踵を振り下ろしてハンズの脳天を叩いた。


 この一撃でハンズは失神。戦闘不能と判断された彼は、パートナーのコリン共々光に包まれ、やがて転移し姿を消した。


「……痴れ者が」


「ふむ。魔力の脈動が激しいな。枷がなければ殺していたのではないか?」


「はい。魔力の乱れは精神の乱れ、鍛錬の不足を恥じるばかりです」


 男の言葉に、女性は膝をついて返答した。


「何、責めてはおらん」


 男は笑みを浮かべる。


「昂っておるのだろう? これは単なる興行なのだ、貴様も気を抜いて、楽しむが良い」


「はい。次の機会あれば、あの下郎を地平線の果てまで殴り飛ばすことを約束致します」


「……過激だな。話を聞いていたか?」


 女性は俯き奥歯を噛み締め、憎々しげに表情を歪めていた。まるで、親の仇を取り逃しでもしたかのように。


「張り切るのは良いが、適切に手加減してやれ。今回の興行(イベント)では、殺しは趣旨に反するようだ」


 そんな女性を見て、男は困ったように口を開く。


「それと……シエル。“殿下”と呼ぶのは辞めるようにと言ったはずだ」


 彼は、イベントに招待された冒険者。その程度の身分だ。そんな人物に対し“殿下”などと、この国の王族が聞けば黙っていない。


 シエルと呼ばれた女性。栗色の髪を肩まで伸ばした彼女は、自身が“殿下”と崇め付き従う男の言葉を聞き、顔を上げる。


 そこに、仇敵を逃したような険しさはない。ただ、真剣そのものの眼差しがあるだけだった。


「はい。いいえ殿下、殿下の御命ある限り、我が主は貴方様の他にありません」


「返答になっていないようだが……まぁ良い。苦労をかける」


 男は溜息を漏らした。


「先を急ぐとしよう。貴様が先に述べた、三名の“特異戦力”のことも気に掛かる」


「はい。仰る通りにございます。私が先行しますので、殿下はご自衛いただきますよう」


「それは、賢い策とは思えぬな……」


 シエルは美しい純白のドレスに身を包み、手首に枷を嵌めている。


 “魔力変調”。


 それは罪人を拘束する際に用いる技術だ。しかし今回、運営はそれを娯楽に転用している。そして国民はそれを楽しんで受け入れているというのだ。


 凄まじいカルチャーショック。異国の文化、恐るべし。


 この国を初めて訪れた時の衝撃は、今でも鮮明に思い出せる。美しい街並み、優れた文化と魔法技術、晴れやかな市民の表情(かお)


 そして、それを守り抜く強き王と国民の信頼関係。


 もしやこの国では、鎖に繋ぐべき罪人が不在なのだろうか。平和過ぎて、枷が余っているのだろうか。


 だとしても、どちらにしても狂っている。


「却下だ」


 今の彼は、自由を手に危険と対峙する冒険者。


「余が……いや、俺が先行する。ついてこい」


「はい。足手纏いとならぬよう、全霊をもって追従いたします」


「……そう気を張るな」


 苦笑と共に、男はシエルの肩に手を置く。


「気安く接して良い。俺のことも、親しみを込めて“フレディー”と呼ぶが良いぞ」


「ありがたきお言葉。ではその様に、フレデリック殿下」


 シエルの言葉に苦笑いを浮かべる男、フレデリック。


 元は黄金の輝きを宿していた長髪も、今は「市井に紛れるため」黒く塗り潰され切り揃えられオールバックにまとめられている。


 そんな姿に、シエルはまたも奥歯を噛み締める。悔しいのではない。彼の覚悟に心を奮わされているのだ。


 フレデリックは一言「行くぞ」とだけ告げ、シエルを伴いダンジョン深部を目指す。


「聞くが、シエル。先に述べた三名の“特異戦力”とやら───」


 そんな彼らの進行方向、暗い通路の奥から複数の魔力反応を察知する。


「───あれのことか?」


「はい」


 クエストは、既に中盤。この先は佳境となりそうだと気を引き締める。


「警戒せよ。エンカウントするぞ……!」




☆☆★★★☆★☆




「クエスト挑戦者二十名の内、特筆すべき戦力は三人いる」


 言って、俺は指さす。


「まず、一人目がエルディン(きみ)


 彼は“剛刃”の異名を持つハルバート使い。


「純粋な白兵戦でエルディンに勝てる挑戦者は居ないはずだよ」


「だ、そうだぞエルディンよ。過分な評価ではないか」


「……」


───よしよし、反応はまぁ上々だな。

 シュート式対人関係(パーフェクト・)構築術(コミュニケーション)初対面(ファースト・)攻略(アプローチ)編、その一。“事実を称賛する”。


 俺の評価は事実だ。一対一の白兵戦でエルディンに敵う者は、今回のクエスト挑戦者の中には居ない。


 もちろん後衛職が魔法を使えたら話は別だけど、少なくとも俺では素手のエルディンにすら勝てないだろう。


 しかし俺の評価に対し、ハウライネは軽口で返答したがエルディンは口を開かない。


 彼は今も、難しい表情で何事かを考えているようだ。


───正直、ハウライネが想像以上に明るい人格で助かったよ……。

 俺は何としてもこの二人と良好な関係を築かなければならない。


 その点、エルディンは全くと言っていい程隙が無い。


 彼と打ち解けるには、年単位の努力が必要になりそうだ。無表情が標準(デフォルト)の彼は感情が読めない。


 しかし、彼と親しいハウライネが居れば話は別だ。


 俺の対人関係(パーフェクト・)構築術(コミュニケーション)の効果は彼女のリアクションで検証すればいい。


「てな訳で、運営の方針には舌を巻いていたんだよ。ルールが無ければ正直、君達二人の独壇場になっていたかも知れない」


「何を言う。お主、先にも言っていたではないか。強者は他に二人おるのだろう?」


───おや、褒め過ぎたかな?

 俺の言葉に、ハウライネはごく自然に異議を唱えた。


「君こそ何を言ってるのかな? その枷がなかったら、今頃俺達は控室で寝てたはずだよ」


───だが! ここで引く訳にはいかない!


「……ほう」


 シュート式対人関係(パーフェクト・)構築術(コミュニケーション)初対面(ファースト・)攻略(アプローチ)編、その二。“一人を褒めたらもう一人も褒める”。


 ここでエルディンだけを過剰に持ち上げるのは得策じゃない。ハウライネの心象が悪くなる可能性がある。


 彼女は魔導士、“白麗”のハウライネ。名の知れた実力者だ。


 白過ぎる肌、薄く青みがかった長髪、穏やかな言葉とは裏腹に今も注がれる鋭く冷たい視線。


 彼女は涼しい顔をしているが、本心では魔法を封じられた現状を口惜しく感じているだろう。


 それを汲み取りつつ、エルディンとは別の角度で称賛する。そうすることで、“こちらはあなたの事も認めていますよ”と誠意を示すんだ。


 認められたければ、まずは自分が相手を認めること。


 称賛することで相手の気を良くし、結果的に自分を認めさせる。そんな下心を隠すため、称賛の根拠は事実で固める。


───行ける! 勝ち筋が見えたぞ!!

 叡智対決(ちえくらべ)と洒落込もう。そっちが魔法理論を打ち立てて世間から称賛されている間、俺は一人寂しく『紳士仕草』で自己啓発していたんだ。


───高慢な魔導士め、骨抜きにして完落ちさせてやるよ……!


「君達は、相性が良過ぎる」


 シュート式対人関係(パーフェクト・)構築術(コミュニケーション)初対面(ファースト・)攻略(アプローチ)編、その三。“相手が所属するチームを褒める”。


 大人とは得てして仕事に誇りを抱きがちだ。だからそれを肯定してあげる。


 ここで重要なのは、“その重大な仕事において、あなたは必要不可欠な存在ですよ”と殊更に強調する事。


 “凍結魔法”。ハウライネが得意とする魔法であり、人間の得意とする火属性魔法の対局に位置する概念。


 エネルギーを与えて熱を生む火の逆、エネルギーを奪い同時に熱をも奪う氷の技術。


 速度もエネルギーだ。機動力の高い魔獣も、熱を奪われれば本領を発揮できない。


 そして動かない相手ならどんな者でも粉砕できる破壊力を、エルディンは持っている。


───理想的なパーティ、対峙する者からすれば最悪の相乗関係(シナジー)だね。

 薄く微笑むハウライネを真っ向から見据える。まるで時が止まったかのように瑞々しさを保つ彼女の美貌。


 故に、“白麗”。


 そんな彼女の容姿にも、凍結魔法は何かしら関係があるのかも知れない。


「ふむ。お主の戦略眼も大したものだな」


 ハウライネは神妙に頷く。


───完っ璧だ……。

 俺は二人を褒め、ハウライネは俺を褒め返してくれた。つまり、そういう事だ。


 俺の対人関係(パーフェクト・)構築術(コミュニケーション)を三重に仕掛けて褒めちぎってやったのだ。


 澄ましているが、二人とも内心舞い上がって小躍りしている事だろう。確信がある。


「そこで、提案なんだけど───」


 俺は年上の二人に随分馴れ馴れしく話しているが、今回に限って目を瞑るしかない。協力関係を目指す以上、多少背伸びしてでも“対等”を強調したかった。


 後でめちゃくちゃ謝ろう。俺が、個人的に、達成しなければ枕を濡らして後悔するであろう目的のために。


「───共同戦線を張らない?」


 だから、後で一つだけお願いを聞いて欲しい。


「協力してあげるよ。君達の勝利にね」


───絶対に二人からサイン貰う! これは譲れん!!

 そのために、今は全力で二人の勝利に貢献してあげる。


面白いと思って頂けたら下の☆マークを押して評価をお願いします。執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ