78話 せめて……“要塞”の方にして……!
「トラップその一、スライムだ」
Eランクの魔獣。
「最弱の魔獣だが、その体液は特殊な薬物を含んでいる。興味本位で接触しないことを勧める!」
───……薬物?
違和感。
「トラップその二、落とし穴」
シンプルな罠。
「穴の底には、スライムが居る」
───また、スライム……。
違和感は不安に。
「トラップその三、間欠泉」
罠というか、自然現象。
「噴出される液体には、スライム同様の薬物が含まれる」
───……まさか、ね。
不安は緊張に。
「トラップその四、テンタクロス」
八本の“触手”を持つ魔獣。
「当然だが、コイツの分泌する体液も薬物を含んでいる」
───ふざけやがって……!
やがて緊張は危機感に。
スライムは、液化した魔力の身体を持つ魔獣。武器で、物理で倒すことは困難。そして後衛職の魔法は腕輪により封じられている。
加えて、連呼される“薬物”に、“落とし穴”、“触手”。ここから連想されるのは……。
「シュート」
声を掛けられ、振り返る。
───『安心しろ。ドレスは僕が着る』
ダメだ何も理解していない。だからこそ、このクエストは不味いんだ。
俺達は、男二人ペア。他のパーティとは全く条件が違う。
それが大いに災いしている。こんな状況になるなんて、誰が予想した……!
「しかし安心して欲しい。薬物といっても殺傷能力の高いものでは決してない。ただ───」
当然、致死性の猛毒なんかに意味はない。
───やられた……!
俺は、弱者だ。
「───特定の繊維にのみ反応し、布を溶かす特殊な薬物。その程度のものだ、実力者諸君は何も案ずることはない!」
戦闘は見る専の臆病者。それなのに、この戦場にのこのこと顔を出してしまった愚か者。
「おっと、忘れるところだった! 失敗条件の三つ目だったな! 今回はパームにより全挑戦者の様子を中継する! 即ち!」
───こ、これおま……お前これ……!
危機感は怒りへと昇華された。
「放送事故を起こしたら失敗だ!」
───“エロトラップダンジョン”じゃねぇかぁぁぁあああああああ!!!
そして、負けられない戦いが始まる。
☆☆☆★☆☆☆☆
私は不満だった。
容姿に不満を抱く者は多いと思う。それは与えられるもので、自分で選ぶことができないのだから当然だ。
そして往々にして人は見た目で判断する。“思考の放棄”と切って捨てることは容易いが、それは正しく自嘲である。
見てくれの幼さ故に侮られることには慣れたつもりだった。
実力が伴っていれば評価は得られるものと考えていたし、それに見合う努力もしてきた。自信があったのだ。しかしひた隠しにしてきた自己嫌悪は、たった一つの出会いにより露呈する。
好きな人が、できたのだ。そして思った。
私、魅力無くね?
半生を魔法理論の習得に捧げた私には、恋愛における長所などまるで無かった。それは鏡を見ても明らかだった。
平坦だったのだ。定規として扱っても全く差し支えない程に。
あとシンプルに童顔で色気がなかった。
まとめると、この二点だ。戦う前に敗北を喫したのは初めての経験である。
私は、考えた。“変化”の魔法で擬態するか? いや、相手は上位の冒険者だ。それを見破れないのは寧ろ問題である。では、どうすれば?
三日三晩寝ずに考えた。役に立たない魔法ばかり研究してきた過去の自分を呪ったが、結果として私に救済の手を差し伸べたものもまた、魔法だった。
誰かが言ったのだ。「強者は結界で敵の力量を測る」と。
そして気付いた。その手があったか……!
翌日丸一日睡眠して体調を整えた私は、更に翌日、オーバーサイズのローブを纏って仕事に出る。
そうして少しずつ、慣らしていった。
冒険者であれば常に身の回りに結界を展開していても違和感はない。寧ろ、その用心深さと隙の無さを讃えられるほどだ。
戦いに身を置く中で、リアリティを研究していく。形、質感、揺れ、それらを無意識下で制御できるように。
やがて私はとある異名で知られることになる。“鉄壁のラズベル”と。
私は思った。
───せめて……“要塞”の方にして……!
名は体を表す。
彼と並び立つ実力を得て、これまでの努力に相応しい功績も立て、僅かばかりの自信を取り戻した私は、やっとの思いで今日を迎えたのだ。
だからこそ、不満だった。
なんなんだ、あの女は……!
今日出会った女、リアムは、おおよそこの世のものとは思えない美貌の持ち主だった。血か。エルフの血が格差を生んでいると言うのか……!
そして問題は他にもあった。あの女、私よりも定規だったのだ。
あれ程綺麗に空間に直線を描ける女も少ないだろうとすぐに思った。しかし、彼女はそれを全く意に介さないどころか、寧ろ胸を逸らしているようにすら感じたのだ。それが私の劣等感を強烈に刺激した。
───女は顔か!? 顔なのか!?
このままでは私の半生そのものを否定されてしまう。
実力でなら上回れるだろうか。リアム……名も知らぬ冒険者だ。エルフとはいえ、知識も技術も戦闘に絞れば或いは……。
そんな淡い期待は開会式で粉々に粉砕される。
───空から……降ってきただと……!?
派手過ぎる演出。地に降り立つ妖艶な様は天使そのものだ。そしてこれだけ破格の待遇を、無名のルーキーには与えないだろう。
ただならぬ実力を秘めている。そう確信するには十分だ。
そして始まったクエストの概要説明。ほとんどの内容は聞き流したが、一つだけ、どうしても無視できないものがあった。
「そしてこの腕輪に付された魔法式とは、“魔力変調”だ」
───馬鹿な……!! 私の……奇跡のプロポーションを……暴こうと言うのか……!!
運営の策略に憤慨した。
これは、そう、試練である。
魔法に全てを捧げた小娘が、それを取り上げられて自身の価値を示せるか。
こうして有史以降類を見ない程苛烈で愚劣な戦いは、若干二名のエントリーをもって幕を開けた。
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